⑥②
浦尾徹也それが多摩川で見つかった水死体の男の名前だった。
警察は歯の治療痕から本人に辿り着いたらしい。ネットで生前の写真が公開されたが、僕が知っている奴とはまるで別人のようだった。
それもそうだ。その写真は学生時代のものだったからだ。
確かに面影はあるが目鼻立ちは全然違っている。浦尾は整形していたのかもしれない。
顔写真だけだから、女装癖があったのか本当にオカマやオネエだったのかまでは当然わからなかった。
そのネットで公開されていた写真も何故か直ぐに削除されてしまった。一瞬、保存しとけば良かったと思ったりしたが、死んだ奴に今後僕が犯される心配はない事を思えばやはり保存の必要はなかったと思う。
名前がわかったという事は、やがてこの街にも捜査の手が伸びるという事だ。スクラップ工場で発見された死体の奴等との関連性まで警察が辿れるかわからないけど、辿れた所でそこから僕に迫れる事はないと思う。ただ心配なのは、恐らく茂木の死体もあったと思われる事だった。
今の報道では全員が園原という男に殺された事になっているが、果たしてそれを警察が本気で信じているかは疑問だった。だってあんな大人達と16歳の少年の接点なんて、そうあるものじゃない。家出少女ならまだしも茂木は男だ。男色趣味の集まりで、茂木はその男娼だろうと見立てるとは大の大人の刑事達が簡単に言うとは思えない。言うとしても、それは証拠が出て来た時だ。
となればやっぱり偶々、殺害現場を目撃した為に茂木は殺された、見るのが一番納得が行く。
運が悪かった少年という事で片付けられるかも知れない。僕はそれはそれで良いと思った。どんな間違った見立てだろうが、茂木が帰って来る事はないのだから。
でもそれにより僕達はここ数日の内に学校に呼び出しを食らうだろう。そろそろ茂木の身元もわかってもおかしくない頃だと思うから。ひょっとしたら既に両親に連絡が行っている頃かも知れない。となれば近日中には連絡が来て親御を含めた全校集会が開かれると思われた。
僕にしたらそれは大して気にするほどじゃないけど、ただ皆んなの前で哀しめるかが心配だった。
それよりも心配なのはお父さんの方だった。スクラップ工場の園原という人と会っていたのなら目撃されている可能性もないとは言えないからだ。2人は深夜に密会していたわけじゃないし、ただそれでもお父さんは周りの目には充分、気をつけてはいただろう。
でなきゃ今もこうして家にいるわけがない。
余計な心配をした後で僕は飛田にLINEした。
まだ田舎にいるのか?とか茂木から連絡は来た?などだ。勿論、僕は茂木が殺されてしまった事を知っている。が、飛田は両親の実家が気に入っているのか、夏休みに入ってからはほとんど茂木とは連絡をとっていないらしい。
という事はまだ茂木の死は両親の所で止まっている状態か。もしくは学校でストップされている状況かも知れなかった。
とりあえず僕の出来る事は早朝の魚釣りと筋トレと宿題と予習復習だった。
それと新たに買った文庫本を読むくらいだ。
文庫本は赤津が選んでくれたからと言っても、余り読む気はしなかった。元々はホラー小説を読みたかったのだ。それがどんなジャンルかもわからない本なんて、気まぐれを起こさない限りずっと本棚にしまわれたままになるだろう。
僕もとりあえずはなるべく外出を控えようと思った。数年前に起きたコロナ禍のように、事件が落ち着くまでは大人しく目ただぬよう夏休みを過ごそう。ただそれでも処理人の仕事はしたかった。
この事件によってお父さんが会社から何を言われているかは、僕にはわからない。
お父さんの雰囲気から察すると近日中に何かしらのアクションが起こるとは思えなかった。
それでも僕は研いだばかりの手斧の切れ味を試したい気持ちがあった。それは日に日に強くなって行く。そんな時は衝動に突き動かされないように、筋トレに汗を流した。
肉体が疲れれば同時に脳も疲弊して思考が緩慢になってある程度、衝動を制御出来るからだった。ただ、そう言う時は、まるで衝動がペニスに集まったかのように長時間勃起した。その度に僕は久家綾乃や赤津を思い出しペニスをしごいた。
学校に呼び出される事になったのは死体発見から6日を過ぎた頃だった。僕の想像からは少し遅いくらいだった。何故そこまで遅くなったのか僕にはわからない。他の奴等の身元ならまだしも茂木の身元なら直ぐに分かって良さそうなものだからだ。だが、そうはならなかったようだ。
連絡網を使って家に電話が来た時、僕は筋トレの後で、つかれて昼寝をしていた。
電話にはお母さんが出て、慌てて僕を呼びに2階まで駆け上がって来るほどだった。
「圭介!同級生の茂木君って子、知ってる?」
寝ぼけ眼を擦りながら僕は頷いた。
「その子、殺されたって」
「え?」
「スクラップ工場の事件があったでしょう?どうやらその茂木君って子は被害者の1人だったらしいのよ」
そう聞いて僕は大袈裟に驚いてるみせた。
「嘘でしょ?茂木とはクラスメイトで友達だよ?一緒にゲーセン行ったりしてたし」
「夏休み中、茂木君と遊んだりした?」
僕は首を横に振った。
「遊んではないけど…そういえば夏休みに入ってからは、LINEの返信も全く来なかった」
お母さんの表情が少しだけ強張った。
「そうなのね。わかった。あ、それで急遽、明日の午前中、全校集会があるから学校に行く事になったからね?」
「わかった」
「お母さん達は、夕方に保護者会が行われる事になったから、明日の夕飯は、出前でも取って適当に済ませて」
「うん」
そう言うとお母さんは僕に近寄りゆっくりとそして力を込めて抱きしめて来た。
「圭介大丈夫?」
お母さんは僕を抱きしめながらそう言った。
「うん。大丈夫。心配いらないよ」
僕の頭を撫でながら
「辛かったらお母さんに言いなさいよ?」
と言った。
僕は頷いた。辛い事は辛い。けど茂木以上に辛い事が僕にはあるのだ。僕はお母さんが部屋から出て行った後、手斧を取り出し、何度も振り続けた。




