くりもとちゃん
私の名前はくりもと。クリモトユイ。
かつて何と呼ばれていたかは、もう思い出せません。けれど旅先で出会った一人の絵師が、私にこの名を与えてくれたことだけは、今も鮮やかに覚えています。彼が描いたのは私の肖像画でした。粗い筆致ながらも、そこには確かに私が私として存在する姿があり、その横に書き添えられた文字が「クリモトユイ」。それ以来、私は自らをそう名乗るようになったのです。
姿かたち
私の見た目は人からすれば「獣人」と呼ばれるものらしい。創作世界では珍しくもないはずですが、現実に出会えば、誰もが一度は視線を止める存在。
ハクビシンを思わせる白い毛並みが頭の中央を走り、後頭からは猫に似た耳がのぞく。尻尾は猫のように細長い棒状で、感情によってはぴくりと動いてしまうのが癖みたいなものです。長身のせいで、一緒に旅をするドリルには「羨ましい」と妬まれることもしばしば。
服装は魔女協会に届け出をして得た、濃い緑色を基調とした魔女服。その上に、どういうわけかエプロンを重ねています。腰には四角形の魔法鉱石が吊り下げられ、そこから魔力が溢れ出ている――と説明するのが一番簡単でしょう。
魔女でありながら
私は魔女です。
協会で習った基本の魔法くらいは使えますが、派手で殺伐とした魔法攻撃はどうにも苦手。炎の矢も氷の刃も、私が唱えると大抵は霧散してしまう。もしかしたら「性に合わない」からなのかもしれません。そもそも人を傷つけるための力なんて、私には要らない。
では何ができるかといえば――例えば、地面に穴を開けておにぎりを生み出す、という不思議な魔法。
「そんなもの何の役に立つのよ、バカね」とドリルは鼻で笑うけれど、私は少し誇りに思っています。だってこの魔法で敵を誘き寄せ、アジトの見張りを手薄にさせたことだってあるんですから。世の中、殺傷だけが役に立つわけじゃない。おにぎりだって、時に命を救うんです。
旅のはじまり
――なぜ旅をしているのか?
その問いに、私はいつも答えに窮します。
気がついたとき、私は黄金色に波打つ小麦畑の中に立っていました。風が吹けばざわめき、まるで世界が呼吸しているような景色。そこから麓に降りると、不思議な洋館が一つだけ建っていて、私はいつの間にかそこに住み着いてしまったのです。
その館には古い図書室がありました。
そこで私は一冊の本に出会います。背表紙にはただ「とある冒険譚」とだけ記されていて、詳細は分からない。けれどページをめくれば、ひとりの旅人が各地を歩き、世界を渡っていく日々が綴られていました。英雄の伝説でもなければ、国を救う話でもない。けれど読んでいると、胸の奥が熱くなって仕方がありませんでした。
「私も、旅をしてみようかな。」
そう思ったのは、夕暮れ時のことでした。理由はそれだけ。深い使命も、逃避もなく、ただ憧れと気まぐれに近い思いつき。それがすべての始まりです。
ドリルとの出会い
やがて、私は浜辺で一人の少女を見つけました。波打ち際に打ち上げられ、ぐったりとしていた子。縦ロールの髪型が特徴的で、後に「ドリル」と名乗る彼女でした。
私はその子を抱えて館に連れ帰り、手当をしました。目を覚ましたドリルは、開口一番「なんで海なんかから拾ってくるのよ、あんたは!」と怒鳴りましたが、それでも次の日からは当然のように私の隣に座っていました。
不思議なものです。出会いに理由などなかったはずなのに、今では彼女が隣にいるのが自然になっています。
車に乗って
館のガレージには、ボロボロの二輪駆動の古い車――シトロエン2CVが置かれていました。長いこと動かされていないはずなのに、エンジンは不思議と一発でかかりました。
少し修理を施すと、なんとか旅の道具を積める程度には走れるようになり、そのまま旅の相棒となりました。
「これで旅に出よう」と言ったときのドリルの顔は、呆れ半分、諦め半分だったように思います。
こうして私たちの旅は始まりました。
目的はなく、行き先も決まっていない。ただ道があるから進む。世界の景色を見たいから走る。それだけのこと。
旅人といえばバイクで世界を巡る人もいると聞きますが、私たちは大量の荷物を積める車を選びました。年単位で旅を続け、時には宿に長逗留し、時には野宿もする。そういう生活には、やっぱり車が最強なのです。
魔法の免許
もちろん私は魔女なので、ほうきに乗って飛ぶこともできます。一応「魔法乗用具免許」も所持していますが、私が持っているのは低空飛行限定の免許です。
高度飛行免許は未取得。都市部で飛んで検問に引っかかれば免許提示を求められ、捕まることもあるため、普段は控えています。飛べなくはないけれど、そこは大人しく車に頼るのが現状です。
過去には免許更新を放置して、車すら運転できなくなったこともありました。その後ようやく再取得して、今では2CVとほうき(低空飛行限定)を両方扱える身になっています。
武装について
攻撃魔法が使えないとはいえ、旅の道中で命を狙われることは珍しくありません。エリアによっては物騒な土地もある。
魔女協会では「自己防護は必須」とされており、体質的に攻撃魔法を使えない者には代わりの護身手段が義務づけられています。
そのため、私は二丁の銃を携帯しています。
古式の自動拳銃・モーゼルC96、そして遠距離狙撃用のSVDドラグノフ。
魔女の身で銃を持つことに、違和感を覚える人もいるでしょう。けれど私にとっては、魔法の不在を補うための“杖”のようなものなのです。
旅の道すがら
私とドリルの旅は、特別な目的地を持たない放浪です。
空の色が変われば立ち止まり、町の匂いに誘われれば寄り道をする。そんな風に適当で気ままな道行き。けれど時折、思いがけない出来事に巻き込まれます。盗賊団の抗争に居合わせたり、崩れた橋の修復を手伝わされたり。そういう時、私の「おにぎり魔法」が役に立つ場面もあるのです。
不発だらけの攻撃魔法ではなく、誰かの頬を緩ませるような、ちょっと不思議で優しい魔法。私はそれを信じたい。
魔女協会の基準から見れば落ちこぼれかもしれない。けれど、ドリルと共に旅を続けていると、そんな自分でもいいんじゃないかと思える瞬間があるのです。
独白
「強い魔法が使えなくても、きっと大丈夫。
私は私のままで、この世界を歩いていく。」
そんな風に、夜の焚き火を見つめながら心の中で呟くのです。
炎に照らされた尻尾が、ゆるやかに揺れるのを感じながら。




