北の魔法学校
北の国の片隅にある古びた魔法学校。旅の途中でガス欠になった魔女くりもとと、その同行者ドリルは、ひょんなことから“臨時講師”を引き受けることに。
けれど、学校は荒れ放題。生徒たちは魔法に興味を失い、教師たちも疲れ切っていた。持ち込んだ魔法はどこかズレていて、授業は毎回大混乱。それでも少しずつ、笑いと光が教室に戻っていく――。
放浪の魔女と高慢な相棒が紡ぐ、北の国の静かな一週間の物語。
第一章 雪の町の学校
舗装が切れた山道を、薄灰色のシトロエン2CVがのろのろと登っていた。
秋の山は赤茶けた落葉に覆われ、風が冷たく、
湿った匂いが車内に入り込む。
ハンドルを握るのは、淡い髪の魔女――くりもと。
助手席では、金のドリル髪を左右に束ねた少女――ドリルが、眉をひそめて燃料計を睨んでいる。
ドリル:「ねぇ、くりもと。針が完全に“E”に張り付いてますわ。」
くりもと:「うん。見えてる。」
ドリル:「うん。じゃない。見えててスルーする意味が分かりませんの。」
くりもと:「ここ、高いんだよぉ。ガソリン。」
ドリル:「次のスタンドがどれだけ先か分かって言ってますの?ここ山道ですのよ!」
くりもと:「看板出てたし。あと十キロもないって。」
ドリル:「あなたの“たぶん”ほど信用できないものはありませんわ。」
その直後、エンジンが「ぷすん」と鳴り、車がわずかに揺れて沈黙した。
ハンドルに伝わる震動が消え、静寂が戻る。
くりもと:「……あーあ。来ちゃったね。」
ドリル:「“来ちゃった”じゃありませんわ!燃料切れですのよ!」
くりもとは軽く息を吐き、ブレーキを強めに踏み込んだ。
いつもより重く、くりもとの足に確かな抵抗が返ってきた。
金属の軋む音とともに、車は惰性で前へ転がり、やがて静かに停止する。
くりもと:「よし、止まった。」
ドリル:「“よし”じゃありませんわ!止まるのは当然ですの!」
風が強くなり、落ち葉がフロントガラスを滑った。
山の稜線の向こうに薄曇りの空。人の気配はない。
くりもと:「……とりあえず、路肩まで押そうか。」
ドリル:「はぁ!?押すって――あなたが!?」
くりもと:「他に誰がいるの。」
くりもとはシートベルトを外し、ドアを開けて外に出た。
冷たい風が顔を撫でる。ドリルは半信半疑でハンドルに手をかける。
くりもと:「ハンドル、左に切って。路肩側に寄せる。」
ドリル:「わ、わかってますわ……っ!」
くりもとが車の後ろにまわり、両手を車両後部に当てて押す。
2CVは軽い車体ゆえ、少しの力で動き出した。
ドリルはニュートラルのまま、なれた手つきでハンドルを操る。
ドリル:「……ふぅっ、ちょっと動きましたわ!」
くりもと:「そのまま、ゆっくり左。」
車体が路肩に寄り、傾斜の少ない場所で完全に止まる。
くりもとは手のひらでバンパーを軽く叩いた。
くりもと:「はい、おつかれ。」
ドリル:「おつかれ、じゃありませんわ……腕が限界ですのに。」
くりもとは後部のトランクを開け、携行缶を取り出して振ってみた。
……音がしない。空だった。
くりもと:「……空っぽか。あれまぁ。」
ドリル:「“あれまぁ”じゃありませんわ! 補給分くらい入れときなさい!」
くりもと:「いやぁ、前に使ったとき、たしか入れたつもりだったんだけど。」
ドリル:「“つもり”でガソリンは湧きませんの!」
くりもとはだるそうに肩をすくめ、車内から三角表示板を取り出した。
膝をついて、舗装の割れたアスファルトに慎重に立てる。
くりもと:「よし。これで、まあ……“止まってますよ”アピールにはなる。」
ドリル:「まった・・・そんな呑気な言い方……」
そのときだった。
山の下の方から、低く響くエンジン音が聞こえた。
「ごろろろ……」と地を這うような重低音。
遠くのカーブの向こうに、銀灰色の車体が現れる。
角張った長いヘッドライト、鈍く光るメッキグリル――
黒に近いグレーの初代日産シーマ・タイプⅡだった。
ドリル:「……まあ、よく動いてますこと。まるで往年の大臣車ですわね。」
くりもと:「いい音だね。エンジン、古いけど生きてる。」
ドリル:「そんな感心してる場合じゃありませんわ。」
車は二人の前で停まり、窓が静かに下がる。
運転席から現れたのは、白髪混じりの紳士だった。
古びたスーツの上にロングコートを羽織り、穏やかな声で言った。
紳士:「おや、困っておるようじゃな。」
くりもと:「ええ。ガソリンが尽きてしまって。」
ドリル:「まさかこんな所で止まるとは思いませんでしたの。」
紳士:「ふむ。ちょうど上にわしの職場がある。牽いていってやろう。」
男はトランクからロープを取り出し、まるで慣れた整備士のような手つきで結び目を作った。
ドリル:「……ずいぶん慣れてますのね。」
紳士:「年を取ると、こういうことが多くてな。」
くりもと:「助かります。私たち、登り坂はちょっと無理そうで。」
紳士:「坂を登る間、どちらかがハンドルを握っておかねばならん。もう一人はうちの車に。」
くりもと:「では、そちらにお邪魔します。」
ドリル:「ちょっ……なんで当然のように助手席放棄してますの!」
くりもと:「ハンドル、あなたのほうが軽いから安定してるでしょ?」
ドリル:「ぐぬぬぬ……!」
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ロープがピンと張り、シーマが低く唸った。
静かな力で、2CVをゆっくりと引き上げていく。
ドリルは運転席に座り、慣れない手つきでサイドブレーキを解除する。
クラッチを踏み込み、そろそろとハンドルを動かす。
ドリル:「……これでいいんですのよね……?」
ブレーキは軽すぎる。少しでも気を抜けば、シーマのリアバンパーに突っ込む。
短い脚でペダルを押さえ込み、体を前のめりにして姿勢を保った。
ドリル:「ひぃぃ……! これ、完全に筋トレですわぁぁ!」
サスペンションがぎしぎしと軋み、2CVが左右に揺れる。
クラシックな車体は悲鳴を上げるように金属音を響かせ、ドリルはそのたびにハンドルを握り直した。
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一方そのころ、シーマの車内では。
古い革シートの匂いと、ほんのり漂う甘いタバコの香り。
オートマのシフトレバーが「カチ、カチ」と軽く動くたびに、年季の入った機械音が響いた。
くりもと:「よく整備されてますね。この車。」
紳士:「三十年ものじゃが、まだまだ走れる。新しい車にはない落ち着きがある。」
くりもと:「分かります。私の車も、遅いし気まぐれだけど、愛着があります。」
紳士:「ふふ……“気まぐれ”とは上手い言葉じゃな。」
くりもと:「ええ。走るのも止まるのも、気分次第なんです。」
マクレーと名乗るその紳士の口調は柔らかく、どこか教師にも似た余裕を感じさせた。
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坂を登りきるころ、2CVが大きく軋んで止まった。
ドリル:「っっっ……はぁぁぁぁ……もう……腕が震えてますわ……!」
彼女は両足でブレーキを踏み抜き、シートにもたれかかるようにして呼吸を整える。
くりもとはシーマのドアを開けて外に出た。
くりもと:「止まったね。さすが、ブレーキ担当。」
ドリル:「もう二度とやりませんわこんな仕事……!」
紳士:「――見事な連携だった。」
男は軽く笑みを浮かべ、校舎の方を指さした。
紳士:「ここが、わしの勤め先じゃ。北方魔術学院。……まあ、古い学校だが。」
くりもと:「魔術学院?」
紳士:「ああ。人手が足りんのだ。ちょうどよい、話を聞いてもらえるかね。」
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学院長室に通されたくりもとは、紅茶を受け取りながらマクレーの話を聞いていた。
マクレー:「実はな、来週からの授業を担当できる者が見つからん。県の教育委員会とギルドの魔女協会に依頼を出したところじゃ。」
くりもと:「なるほど。」
マクレー:「一週間だけ、非常勤講師をお願いできると助かる。報酬は一週間で一か月分の生活費ほど。」
くりもと:「……悪くない条件ですね。」
ドリル(ドアを開けながら):「ちょっと待ってくださいまし!? なに勝手に契約話進めてるんですの!」
くりもと:「ちょうど人手不足だそうで。条件も悪くないし。」
ドリル:「おトク感で契約を決めるなこの魔女!!!」
マクレー:「ふむ、仲がよいことはよいことじゃ。」
そう言って、マクレーは受話器を取った。
マクレー:「……ああ、村役場かね? 非常勤講師の依頼はキャンセルで・・・」
その背後でドリルが慌てる。
ドリル:「ちょっと!バカね、あなた教員免許なんてもってないんでしょ!?」
くりもと:「まあまあ、ドリル。こういうのは経験だよ経験。」
ドリル:「経験って……あなた・・・」
マクレー:「ちょうど良い魔女が見つかった。掲載費用はこちらから負担させてもらう。手間をかけてすまない・・・」
電話を切り、受話器を下ろし、穏やかに微笑む。
マクレー:「改めて――ようこそ北方魔術学院へ。くりもと先生、そして同行のドリルさん。」
ドリル:「先生!?ちょっとどういうことよ!」
くりもと:「あはは。ま、野となれ山となれ作戦でゴーー。」
ドリル:「軽くまとめないでくださいましぃぃ!」
ストーブの火が静かに鳴り、窓の外では、薄曇りの空から小さな葉が舞っていた。
こうして、くりもととドリルの一週間限定の“先生生活”が始まったのだった。
第二章 くりもとクラス開講
翌朝。
北方魔術学院の鐘が、曇り空の下で鈍く鳴った。
中庭には風が吹き抜け、赤い落ち葉が舗道を転がっていく。
職員室では、紅茶の湯気と紙の擦れる音だけが響いていた。
くりもとは机の前に立ち、昨日の学院長マクレーと、担当教員のアメリアに向かって軽く会釈をした。
マクレー:
「さて、くりもと先生。今日からよろしく頼む。」
アメリア(眼鏡を押し上げながら):
「……本当に、引き受けてしまったんですね。」
くりもと:
「頼まれたし、断る理由もなかったので。」
アメリア:
「……あなた、根っからの楽観主義ですね。」
机の上には一枚の名簿。
「一年C組」と書かれたその紙には、殴り書きのような出席記録が並んでいる。
アメリア:
「あなたの担当クラスです。
出席率三割、平均点は全学年で最下位。
教師をからかうのが日常行事です。」
くりもと:
「なるほど、元気なクラスだ。」
アメリア:
「違います。問題児の巣窟です。」
アメリアは深いため息をつき、書類の束を押しつけるように渡した。
アメリア:
「授業計画、鍵、そして緊急退避経路。」
くりもと:
「退避?」
アメリア:
「はい。爆発物が出たときの逃げ道です。」
沈黙。
その言葉をどう受け止めたのか、くりもとは特に表情を変えないまま、
紙を丁寧にたたんでポーチにしまい込んだ。
くりもと:
「……まぁ、なんとかなるでしょう。」
アメリアは額に手を当てた。
アメリア:
「“なんとかなる”が一番不安なんですけど。」
チャイムが鳴る。
くりもとは軽い足取りで廊下を進み、
その後ろをドリルが無言でついていく。
ドリル:
「……あの担任、完全にあなたに押しつけてましたわよ。」
くりもと:
「押しつけられるうちが華だよ。」
ドリル:
「言い方の問題じゃありませんわ!」
1-Cの教室の前に立つ。
中からは、机のぶつかる音と笑い声、
そして、なぜか電子音が断続的に聞こえた。
くりもと:
「にぎやかだね。」
ドリル:
「にぎやかって言葉、便利すぎますわ。」
くりもとは静かにドアを開けた。
途端――。
チョークの粉が舞い、
教室の奥で「ピッ、ピピッ」という電子音が鳴る。
マイコー(小声で):
「起動完了……っと。」
直後、轟音。
ドカァン!
教室の壁が白煙を上げ、天井のチョークが雪のように降り注ぐ。
悲鳴と笑い声が混じり、誰かが「またかよ!」と叫んだ。
白い煙の中から、くりもとがのそのそと立ち上がる。
髪に粉を被り、まるで雪女のような姿。
くりもと:
「……えっと、出席、取ります。」
沈黙のあと、教室の奥から笑いが起こった。
最初は小さく、次第に広がり、やがて教室全体が笑いに包まれた。
廊下の隅で見ていたドリルは、額に手を当てて小さく呟いた。
ドリル:
「……この人、ほんとに何撃たれても平然としてますわ。」
こうして、北方魔術学院一年C組。
“臨時講師・くりもと”の最初の授業は、爆発音と笑い声の中で幕を開けた。




