レイ⑥ 必要とされる力
この教会から、いつでも逃げ出せる――
そう思えた瞬間、心に巻きついていた鎖が、ひとつほどけたような気がした。
いままでは無理やり連れてこられて、
セフィリアになれと言われるたび、自分の存在が消えていく――
そんな恐怖に、焦りと怒りがごちゃ混ぜになっていた。
今は、嫌ならやめられる。
師匠の教えを、もう少しだけ受けていたい。
そう思えた。それだけで、この場所が少し優しく感じた。
*
少し経った頃、教会から呼び出しがかかった。
「セフィリア様。お話があります」
司祭長の重々しい声。
「はい」
以前なら震え上がっていただろうが今は違う。堂々とした態度で応対できた。
部屋に入るとそこには国王陛下まで居合わせていた。
(これは……)
一瞬、背筋が冷たくなった。だが顔には出さない。
表情だけは“聖女”としての仮面をかぶったまま、言葉を待った。
内容は要約すればこうだった。
『近隣の村で疫病が流行っている。治癒能力を持つセフィリアに患者の治療を頼みたい』
(つまり俺を使役したいってことか)
内心苦々しい思いを抱えつつも表向きは従順に返事をした。
「分かりました。喜んで――お引き受けいたします」
(また“セフィリア”として使うつもりかよ。でも、苦しんでる人を放っておくなんて、俺にはできない)
複雑だった。
*
村へ到着するとさっそく治療活動が始まった。
初めは半信半疑だった住民たちも次々と治る姿を見るうちに態度が変わっていく。
そして何より嬉しかったのは感謝の言葉だ。
「ありがとう。本当に助かったよ!」
「あなたが来てくれて、本当に救われたわ」
そんな言葉を受け取るたび、胸の奥でこわばっていた何かが、そっと緩んでいった。
熱いものが込み上げ、知らぬ間に目が潤む。
(ああ……こんなふうに、誰かに必要とされるって……)
人々を癒し幸せにする力。それは自分にとって大事なものだと気づいた。
そして、
(教会のやつらを、無理に拒否するんじゃなくて上手く利用してやればいい)
受け入れることで、自分が少しずつ自由になっていく気がした。
もちろん根本的な問題は何も解決していない。
聖女としての偶像が重たいし、ドレス姿にも抵抗がある。
だが以前のような拒否感は薄れていた――
窓の外では夕陽が美しく輝いていた。遠くで子供たちの笑い声が聞こえてくる。
「……あー、疲れた」
窓から差し込む夕陽の光に目を細めながら、思わず笑みがこぼれる。
まだ迷いも怖さもある。
でも――
少しずつ、俺の人生は“自分のもの”になり始めていた。