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レイ④ 無力だから


ユリスと別れた後、教会の壁をよじ登り、外に出た。

あれほどの騒ぎだったのに、奇跡的に誰にも見つからなかった。


「さて……これからどうするかな」


久しぶりの自由な街。行き交う人々は誰も聖女だなんて気づかないだろう。

この白いドレスさえ脱げば……


「ん? 待てよ……」


ポケットを探る。財布がない。一文無しだ。


「はぁ」


腹が鳴った。教会の食事は見栄えはいいが、量は少ない。

しかも今日は昼を抜いていた。


「とりあえずどこか座りたいな」


近くの広場の噴水に腰掛けて周囲を見渡すと、市場は活気に溢れていた。美味そうなパンや果物の屋台が並んでいる。金さえあれば……


「仕方ない……やるしかないか」


立ち上がり周囲を見渡した。病気や怪我をしている人はいないか探す。金持ちそうなのに足を痛めている老人を見つけた。ちょうどいい。


「お困りですか?」


丁寧に声をかけると老人は振り向いた。この格好を見て少し驚いたようだが、警戒心はなかった。


「ああ、昨日から膝が痛み出してね。医者に行くのも面倒で……」


「お任せください」


杖を取り出し小声で詠唱した。老人の膝に柔らかな光が宿る。


「これは……」


老人の膝に光が集まるのを確認しながら小さく唱え続けた。

基礎的な治癒魔法。師匠から最初に教わった術式だ。


「ほう……これは素晴らしいな」


老人の顔が和らいでいく。膝の痛みが引いたらしい。


「ありがとうございます」


恭しく頭を下げると老人は穏やかに微笑んだ。


「なんとお礼を言えばいいか……」


差し出された小さな銀貨袋。十分すぎる金額だ。これでしばらく食いつなげるだろう。


「いえ、当然のことをしたまでです」


再び丁寧に会釈すると急いでその場を離れた。


その後もいくつかの治療を行い小銭を稼いだ。

人々の感謝の言葉や驚いた表情を見る度に複雑な気持ちになった。


「これでとりあえずは……」


路地裏に入り込んだ時だった。背後で聞き慣れた声がした。


「セフィリア様」


冷たい声。振り返れば数人の騎士と神官が立っていた。


「……何の用だ」


「帰りましょう」


有無を言わさぬ口調。反射的に後ずさった。


「断る!」


声を荒らげると騎士たちはすぐに取り押さえにかかってきた。

抵抗したが多勢に無勢だった。




教会の大門が見えた瞬間、足が鉛のように重くなる。


「無様ですね……」


騎士の冷たい声が耳朶を打つ。


「あなたは自分の要求がなぜ通らないのか分かりますか?」


答えられない。喉が乾ききっていた。


「自分の要求を通すだけの力がないからです。」


「なっ……」


反論しようとした声が掠れる。騎士の言葉が、鋭く胸をえぐる。


「力もないのに逆らってばかりでは、そのうち痛い目にあいますよ」


「……」


言い返せなかった。現実を突きつけられた気がした。


「さあ、帰りましょう。セフィリア様」


名前を呼ばれた瞬間全身に鳥肌が立つ。だが逆らう勇気はもうなかった。





自室に着いた途端ベッドに倒れ込んだ。シーツに顔を埋め涙を堪える。


「情けねぇ……」


拳を固く握って呟く。悔しい。惨めだ。何もかもが思うようにいかない。


だがそれ以上に腹立たしかったのは騎士の言葉だった。


「力がないから……か」


確かにそうだ。今の自分には何もない。地位も名誉も権力も――そして力すらない。だから押し付けられた役割から逃れることができないんだ。


「だったら……」


拳を固く握り締めた。爪が掌に食い込み血が滲む感触。


「力があれば……」


その夜眠れず考え続けていた。自分が本当に求めているものは何なのか。どうすればそれを手に入れられるのか。


答えは簡単だった。力があればいい。物理的な力だけではなく精神的な強さも必要だ。


翌朝目覚めると早速行動に移った。


まず最初に向かったのは町医者の診療所だった。


「師匠!頼みがある」


扉を開けるなり大声で叫ぶ。年老いた医師が驚いた顔で出てきた。


「なんだ騒々しい」


「……戦い方を、教えてくれ」

決意を込めた目を見て、師匠は一瞬だけ眉をひそめた。


沈黙が流れた後、


「お前みたいな小娘が戦うなんて無理だ」


「それでも強くなりたいんだ!お願いします」


頭を下げる俺を見て師匠は複雑そうな表情を浮かべたがやがて肩をすくめた。


「まあ好きにするといい。ただし厳しいぞ?」


「!」

「よろしくお願いします!」


こうして新たな日々が始まった。


朝は鍛錬夜は勉強といった規則正しい生活。正直辛かったが決意は揺るがなかった。


そして数週間後――


「なかなか筋がいいじゃないか」


師匠の言葉に思わず頬が緩む。


「ほんとかよ」


「ああ、筋がいいからって調子に乗るんじゃないよ!」


師匠はなんだか楽しそうだった。



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