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紫の影


ルシエルの城、その中腹にある一室。

彼女はベッドの上で、ゆっくりと身体を起こした。


窓の外からは、微かな鳥のさえずりが聞こえてくる。

ひとつ大きく伸びをして、深呼吸。


そして、勢いよくカーテンを開いた。


朝霧に濾された柔らかな光が室内へ差し込み、部屋を満たす。

ベッドシーツは淡いピンク色に染まっていた。


「ふぁ~。よく寝た!」


彼女は戸棚から、少し大きめの鈴を取り出して軽く鳴らす。

すると、部屋の隅の影が揺らぎ――そこから長身の男が姿を現した。


「おはようございます。朝食をお持ちいたしました」


その手には、湯気の立つ朝食の盆。


「わっ! 美味しそう!」


執事は静かにテーブルへ朝食を並べる。


「今日もぉ~、勇者パーティに会いに行くんだ~」


無邪気にそう言う彼女に、執事は一瞬だけ視線を伏せ――そして口を開いた。


「勇者パーティですか……。そういえば、少し“面白い話”を耳にしまして――」





宿の水場で、ノアは顔を洗っていた。


顔を上げた、その瞬間。

背筋を、冷たいものが走る。


(……?)


空気が――いや、魔力の流れが、わずかに歪んだ。


(……来る?)


振り向くよりも早く、背後の影が不自然に濃くなる。

影は、にじむように壁から剥がれ落ち――そこから、紫の髪の少女が姿を現した。


ノアは、息をのむ。


(宿の……店員……?)


「……ふーん。君が教会の犬、ノアくんかぁ」


少女は値踏みするようにノアを眺め、くすりと笑う。


「なるほどねぇ~。たしかに……罪悪感とか、あんまり感じなさそうな顔してる!」


「……」


ノアは、言葉を返せない。


少女はすっと距離を詰め、耳元に囁いた。


「杖が欲しいんでしょ。――私が、手伝ってあげよっか?」


「……っ」


「――森には、あなた一人で来てね~」


妖艶な笑みを残し、少女の姿は影の中へと溶けるように消えた。


ノアは、しばらくその場から動けず――

ただ、彼女が消えた影を、じっと見つめていた。



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