紫の影
ルシエルの城、その中腹にある一室。
彼女はベッドの上で、ゆっくりと身体を起こした。
窓の外からは、微かな鳥のさえずりが聞こえてくる。
ひとつ大きく伸びをして、深呼吸。
そして、勢いよくカーテンを開いた。
朝霧に濾された柔らかな光が室内へ差し込み、部屋を満たす。
ベッドシーツは淡いピンク色に染まっていた。
「ふぁ~。よく寝た!」
彼女は戸棚から、少し大きめの鈴を取り出して軽く鳴らす。
すると、部屋の隅の影が揺らぎ――そこから長身の男が姿を現した。
「おはようございます。朝食をお持ちいたしました」
その手には、湯気の立つ朝食の盆。
「わっ! 美味しそう!」
執事は静かにテーブルへ朝食を並べる。
「今日もぉ~、勇者パーティに会いに行くんだ~」
無邪気にそう言う彼女に、執事は一瞬だけ視線を伏せ――そして口を開いた。
「勇者パーティですか……。そういえば、少し“面白い話”を耳にしまして――」
*
宿の水場で、ノアは顔を洗っていた。
顔を上げた、その瞬間。
背筋を、冷たいものが走る。
(……?)
空気が――いや、魔力の流れが、わずかに歪んだ。
(……来る?)
振り向くよりも早く、背後の影が不自然に濃くなる。
影は、にじむように壁から剥がれ落ち――そこから、紫の髪の少女が姿を現した。
ノアは、息をのむ。
(宿の……店員……?)
「……ふーん。君が教会の犬、ノアくんかぁ」
少女は値踏みするようにノアを眺め、くすりと笑う。
「なるほどねぇ~。たしかに……罪悪感とか、あんまり感じなさそうな顔してる!」
「……」
ノアは、言葉を返せない。
少女はすっと距離を詰め、耳元に囁いた。
「杖が欲しいんでしょ。――私が、手伝ってあげよっか?」
「……っ」
「――森には、あなた一人で来てね~」
妖艶な笑みを残し、少女の姿は影の中へと溶けるように消えた。
ノアは、しばらくその場から動けず――
ただ、彼女が消えた影を、じっと見つめていた。




