酒
村人たちの呻き声と、治療の光。
オーガを倒した後も、勇者パーティは休む間もなく負傷者の手当を続けていた。
そこへ、豪奢な鎧をまとった若い男が護衛を従えて現れる。
マルコス伯爵の息子――ジャン・マルコスだった。
「いやぁ、見事な働きだったな! 実に勇ましい!」
胸を張り、まるで自分の手柄のように笑う。
ユリウスは治療に専念するレイを一瞥し、軽く会釈を返す。
だが、包帯を巻いていたヴァルクが顔を上げた。
「……ふざけんな」
低い声が場の空気を張りつめさせる。
「アンタが魔法をぶっ放したせいで避難が遅れたんだ! 子供や老人が死にかけたんだぞ!」
ジャンは肩をすくめ、悪びれもせずに笑った。
「む? 結果的に助かったのだから細かいことはいいだろう」
その足先が無造作に負傷者の体を蹴るように当たった。
呻き声が漏れるも、ジャンは気づかない。いや、気づいていても意に介さなかった。
「悪いけど、話はそれだけかな? 俺たちはまだ救助の途中なんだ」
ユリウスの声は穏やかだったが、冷たい響きを帯びていた。
「な、なんだと……無礼な! この俺が直々に話しかけているのだぞ!」
ジャンが負傷者を足で押しのけようとした瞬間、ユリウスが立ち上がった。
笑みは消え、声色も冷え切っている。
「……君こそ無礼じゃないかな」
ポケットから取り出されたのは、王家の紋章が刻まれた黄金の指輪。
ひらりと指先で掲げられた瞬間、陽光を受けて金色が煌めき、空気が凍る。
「これが何か、分かるよね?」
ジャンの顔色がみるみる蒼白になり、護衛たちすら息をのむ。
「こ、これは……王家の……」
「話は終わりだ。――帰ってくれる?」
指輪を雑にポケットへ戻すと、ユリウスは一瞥だけくれて背を向けた。
その冷ややかな声音は余韻を残し、誰も言葉を挟めなかった。
ヴァルクは心の中で毒づく。
(……皇子とは知らずに威張り散らすか。哀れなもんだ)
ジャンは顔を引きつらせ、護衛を引き連れて足早に立ち去った。
*
西の村の治療が終わり、勇者パーティは次の町へたどり着いた。
ユリウス以外の三人は夕食を共にする。
ノアはいつものように手を使わず、魔力で食事を操って口に運びながら分厚い魔術書を開いている。
ディランは横目でそれを見ていた。
食事を終えるころ、ディランはほろ酔いの顔で首を傾げた。
「……んで、ユリウスはどこ行った?」
「さあ」ノアが首をかしげ、レイも椅子から立ち上がる。
三人で探しに出ると、物陰から淡い光が漏れ、くぐもった笑い声が聞こえた。
「フフッ……もっといけるだろ……?」
恐る恐る覗き込むと――
ユリウスが満面の笑みで聖剣に酒を浴びせていた。
聖剣はふわふわと光を揺らし、まるで酔っ払いのように強まったり弱まったりしている。
「……は?」
三人同時に固まる。
「フフッ、美味しいね!」
ユリウスは剣に話しかけながら、自分も酒をぐいっとあおる。
足元には空のグラスが山のように散らばっていた。
そこへ紫髪の店員が軽やかに登場する。
「はい、ご注文のワインで~す」
「ありがとう!」
ユリウスはワインボトルを受け取ると、まず聖剣にぶっかける。
聖剣の光が一層激しく揺らめき、酔いどれのようにふらふらと明滅した。
「……もう帰るか」
ディランが肩を落とし、レイとノアも黙ってうなずく。
三人が呆れ果てて立ち去った後も、ユリウスは聖剣と楽しげに酒盛りを続けていた。
やがて彼自身も飲みすぎてふらふらと宿に戻り、そのままベッドに倒れ込む。
*
目の前に、淡い光景が広がる。
石畳の街道を、二頭の馬が並んで駆けていた。
右を走るのは金髪の少年――背に聖剣を負い、まだ小さな体に似合わぬほど堂々としている。
隣を走るのは銀髪の少年。馬を操る手は落ち着いていて、時折、楽しげに金髪の少年へ声をかけていた。
町に入ると、二人は馬を降り、出店で串焼きを買う。
噴水の前で並んで座り、言葉は聞こえないのに、笑い合う表情だけが鮮やかに焼き付く。
――その光景は、やがて淡くかすれて消えていった。
朝。ユリウスは目を覚ます。
(あの夢は……聖剣の記憶?)
問いかけても、枕元の聖剣は静かに淡く光を揺らすだけだった。




