紫髪の娘
市場は朝靄に包まれ、石畳の通りに活気が溢れていた。
八百屋の店主が野菜籠を積み上げる傍ら、淡い紫の髪を後ろで束ねた娘が客へ笑顔を振りまいている。
「おじさん! その赤カブ安すぎじゃない? もっと高く売ったほうがいいよ〜」
淡黄色のワンピースに白いエプロンという素朴な装い。だが所作は洗練され、どこか隙がない。
「バカ言うな!」
八百屋の親父が大きな声で笑う。
「お前さんの買いっぷりを見込んで安くしてんだ。ありがたく受け取っとけ!」
「え〜、もう……しょうがないな〜!」
新鮮な野菜を抱え、娘は軽やかに通りを駆け抜ける。だが時折、鋭い視線で周囲を探る仕草が混じる。
人混みを抜け、路地裏に滑り込むと、誰もいないことを確かめて立ち止まった。
――表情が一変する。
獲物を狙う獣のような光が瞳に宿る。
「さて……」
影が彼女を覆い、その姿は霧のように掻き消えた。
*
辿り着いたのは、巨大な石造りの城門。
やがて華美な衣装をまとった彼女が玉座の間へ駆け込み、声を弾ませる。
「ルシエル様〜! 戻ったよ!」
玉座に腰掛ける白い青年が、薄く微笑んだ。
「楽しかった? 町娘ごっこ」
「うん! めっちゃ楽しかった! それにね……」
彼女は声を潜める。
「勇者パーティも見てきたよ。思ったよりやるじゃん! ちょっと遊んでもいい?」
「いいよ」青年は柔らかく笑った。
「今のままじゃ、まだ退屈だから……もっと強くしてあげて」
彼女は妖艶な笑みを浮かべ、再び影に溶けて消えた。




