ヴァルク
その夜。十五の俺は家を飛び出した。
父さんの後を継いで鍛冶屋になるなんて、考えられなかった。
ただ「英雄」という響きに酔いしれ、初めて握った剣の重さに、自分は特別だと信じて疑わなかった。
――幻想だと知るのは、すぐのことだった。
最初の三年は、生き延びるだけで精一杯。
先輩冒険者に蹴られ、仲間の失敗魔法で焼かれ……
それでも辞めなかったのは意地か、それとも単に引き返せなかっただけか。
やがて俺はBランクパーティ「鉄槌」の一員となり、
新人の教育を任されるほどにはギルドから信頼を得ていた。
そんなある日――西の村にオーガが現れた。
俺たちは村人の避難を確認してから討伐する予定だった。
だが、そこへ現れたのはマルコス伯爵の息子、ジャン・マルコス。
華美な鎧を纏い、「余興として討伐を見せてやろう」と豪語する。
村長が泣いて止めても聞かず、避難途中の村に火炎魔法をぶっ放した。
「やめろ! まだ避難が終わってない!」
俺の叫びも虚しく、瓦礫の中で子供や老人が逃げ惑う。
俺たちは救助に奔走するしかなかった。
――その混乱の中で、本物のオーガが姿を現した。
ジャンは護衛に守られて高台へ撤退。
黒光りする肌、ねじれた角。
振り下ろした斧の一撃で家屋が崩れ落ちる。
盾役イリアンは首を裂かれて即死。
魔法使いエレナは足を潰され泣き叫ぶ。
俺は半狂乱で剣を構えた。
「ヴァルク、逃げろ!」
リーダーのガレンが叫んだ瞬間、斧が俺の横腹をかすめた。
肉が抉れ、血が吹き出る。地面に転がった俺の視界に映ったのは、父さんが作ってくれた防具が砕け散る瞬間だった。
(ああ、壊れちまった……。これだけは大切にしてたんだが……)
血がとめどなく流れ、視界がにじむ。
(こうなるなら……一度くらい親に顔見せるんだったな……)
目の前が暗くなり、意識が途切れかけた――その瞬間。
体が温かな光に包まれた。
目を開けると、金髪の女性が俺の上に手をかざしている。
まばゆい癒しの光が、裂けた肉を、流れ出る血を、次々と塞いでいった。
命をつなぎ止めるや否や、彼女はすぐ次の負傷者のもとへ駆けていった。
(一瞬……天使が迎えに来たのかと思ったぜ)
そして――視線の先で、俺は見た。
白銀の剣を握る青年。その刃から眩い光が迸る。
迫り来るオーガを赤髪の盾役が受け止め、
次の瞬間、氷の針が巨体の両目を貫く。
最後に、白い閃光が大地を裂き、オーガの巨躯を跡形もなく吹き飛ばした。
(これが……本物の“英雄”ってやつか……)
*
その光景を、少し離れた木陰から見つめる影があった。
淡い紫の髪を夜風になびかせた女が木にもたれ、妖艶に微笑む。
「へぇ……なかなかやるじゃん。これが“勇者パーティ”か」
女は軽い足取りで立ち上がり、影に溶けるように闇へと消えていった。




