奪われた聖剣
街道沿いの歴史ある町。
広場にそびえる二頭の馬の像は“守護の象徴”として知られ、旅人や行商人に長く親しまれてきた。
だが今、その町は魔獣の群れに蹂躙され、人々の悲鳴がこだましていた。
町に入るや否や、ノアが氷で高台を築き上げる。
その頂に立ち、両手を広げると――光の粒子が舞い、町の俯瞰図が空中に浮かび上がった。
「赤の印は人間……青は魔獣です」
「任せろ!」
隣にいたレイが指を走らせる。瞬く間に印の周囲に光の結界が展開し、路地裏に潜んでいた人々を魔獣の爪から守った。
背中合わせの二人は息を合わせ、次々と結界を張っていく。
集中砲火を浴びる高台は、ディランの盾が支え、ユリウスの聖剣が閃光を描いて魔獣を切り裂いた。
「俺たちが来たから、もう大丈夫だ!」
ユリウスの叫びに、人々の顔に希望の色が戻る。
結界の中へ避難が進み、魔獣も半数以上が討たれた。
「……助かった」
誰かがそう呟いた、まさにその時――
――音が、消えた。
炎の爆ぜる音も、獣の咆哮も、すすり泣きも。
すべてが嘘のように掻き消える。
広場の奥、崩れた路地の闇から、一人の青年が歩み出た。
白い衣をまとい、微笑みを浮かべたまま。
だが背には濃密な影をまとい、その足音ひとつで空気がざわめいた。
魔獣たちは道を開け、人々の恐怖は広がる。
沈黙。
ただ、彼だけがゆっくりと歩を進めていた。
――緊張の糸を切ったのは、一人の町人の叫びだった。
「魔物の手先め!」
震える腕で剣を振り下ろした瞬間――
青年は微笑みを崩さぬまま、指先をわずかに振った。
破裂音と共に男の腕が吹き飛んだ。
「くっ……!」
レイはすぐに駆け寄り、治癒の光を注ぐ。
その瞬間、白い青年――ルシエルの影が伸びた。
「させねぇ!」
重い衝撃音。ディランが盾でそれを受け止める。
「へぇ……今日は割れないんだ」
ルシエルの視線が揺れる。
気づけば、その足は氷に囚われていた。ノアの魔力が次々と凍結を広げていく。
ユリウスが跳び込み、聖剣が閃光を放った――。
だが次の瞬間、氷は粉砕され、光はかわされた。
「前より使えるようになったね。でも、それ、もっと使えるよ」
「おいで」
ルシエルが伸ばした手に、聖剣が吸い寄せられるように渡っていった。
「なっ……!」
「聖剣って、こう使うんだよ」
お手本とばかりに、ルシエルが魔獣へ剣を振るう。
その所作は舞うように美しく――そして恐ろしい。
眩い閃光と轟音が町を覆い、魔獣は一体残らず消え去った。
だが建物は壊れず、人々も傷ひとつ負っていない。
「……あっ、そうだ。聖剣で勇者の体は斬れるのかな?」
残酷な笑みとともに、ユリウスへ刃が向けられる。
――しかし次の瞬間、聖剣はルシエルを拒むように彼の手を離れ、ユリウスの元に戻った。
「なんだ。つまんない」
彼は肩をすくめ、けれど子供のように微笑んだ。
「でも今日は前より楽しかった。じゃあね」
ルシエルが背を向けた先に、二頭の馬の像が立っていた。
「……?」
彼はわずかに動きを止め、不可解な感覚に眉を寄せる。
だが次の瞬間、影がその身を覆い消えた。
残されたのは、崩れかけた建物とすすり泣く人々の声だけだった。
聖剣は再びユリウスの手に戻っている。
だが――その輝きは、ルシエルの手にあった時ほどの光ではない。
握る手は、かすかに震えていた。
(……俺じゃ、まだ……)
悔しさと恐怖が胸を締め付ける。
だが――目に映った仲間の姿が、その心をつなぎ止めた。
崩れ落ちる瓦礫を必死に支えるディラン。
凍りつく大地を睨み、次の手を探るノア。
血にまみれながらも治療を続けるレイ。
皆、それぞれの力で人を守ろうとしている。
ユリウスは息を吸い、震える手に力を込めた。
(……俺も、この剣で必ず応える)
その決意とともに、聖剣が淡く光を帯びた。




