呼ばれた聖剣
ギルドの一角。
ユリウスの騒ぎが収まった頃、レイは静かに口を開いた。
「……夢を見た。知らない町が、魔獣に襲われていた」
声は淡々としていたが、その赤い瞳にはかすかな揺らぎがある。
悲鳴。崩れ落ちる建物。血の匂いすら漂うほどの光景――。
「そりゃ、マズイな。前の予知夢も当たったしな。白いやつも出てきた」
ディランが腕を組んでうなる。
「……何か特徴はありますか? 地形や建物は?」
ノアがすかさず問いを重ねる。冷静で、まるで証言を検証するかのように。
「川はなかった。石畳の広場に……二頭の馬の像と噴水があった」
ノアは地図を開き、無駄のない動きで一点を示した。
「特徴が一致する。おそらくこの町です」
「本来なら夢など信じませんが、あなたは王都のゲート発生をも予知した。無視できません」
「行こう、みんな! 人が襲われるのは止めたい!」
ユリウスの声に、全員の視線が重なった。
決断は、すぐに下された。
*
街道を進む四人。
先頭を歩くのはユリウスとノアだった。
ユリウスが歩み寄るたび、ノアはほんのわずかに間合いを取る。
その妙な距離感を、後方のレイとディランが眺めていた。
「……あいつ、またノアを困らせてるのか?」
レイが小さく呆れ声を漏らす。
「ハハッ、ユリウスも懲りねぇな」
ディランは肩を揺らして笑った。
「そういやノアの前でも、“聖女サマ”口調はやめたんだな」
レイは前方の背中を見やり、少しだけ目を細める。
「……ノアは本気で人を守ろうとしてる。そんな相手に、上っ面の仮面をかぶったまま接するのは不誠実だと思ったんだ」
ディランは「なるほどな」とうなずき、しばし考え込むような顔をした。
だがすぐに、にかっと笑って横目を向ける。
「なぁ、俺もいつまでも“聖女サマ”って呼ぶの、やめていいか?」
「……?」
「いや、名前で呼びたいんだが、二つあるだろ? どう呼んでほしい?」
短い沈黙の後、レイは答えた。
「……レイ、でいい」
「よし、決まりだな。じゃあ――レイ!」
ディランは軽く肩を叩き、屈託のない笑みを浮かべる。
胸の奥がほんの少し、温かくなる。
(なんか仲間って感じだ……)
――その時だった。
ユリウスの腰の聖剣が震えだす。
眩い光が迸り、ユリウスの手を離れて宙を駆けた。
「なっ……!? 待ってくれ!」
ユリウスが思わず叫ぶ。
聖剣は誰かに呼ばれるように、光の尾を描いて先へと飛んでいった。
四人は顔を見合わせ、一斉に駆け出した。
*
白い青年は高い塔の窓から、遠くの町を見下ろしていた。
傍らには執事クラウスが控えている。
「ルシエル様。そろそろ御力を示さねばなりません。下の魔物たちは、強さを示さぬ者には従いませんゆえ」
青年は黙したまま、眼下の景色を見つめる。
「……あなた様のお手を煩わせるほどでもありません。私が動きましょう」
クラウスは恭しく頭を下げ、姿を消した。
次の瞬間、町に黒い靄が広がり、魔獣の群れが解き放たれていく。
ルシエルは影の中からその光景を見ていた。
女の悲鳴、崩れ落ちる建物、飛び散る血。
絶叫が町を埋め尽くす。
だが、子供が魔獣に爪を振り下ろされそうになった瞬間――思わず手が伸びた。
闇の刃が魔獣を弾き飛ばす。子供は転んで逃げていった。
自分の手を見下ろし、青年は戸惑う。
「……弱いものをいじめても、面白くないだけだ」
自分に言い訳をするように呟いた。
そして心の中で、遠くにいる存在へ語りかけた。
(ねぇ、聖剣。町が襲われてるよ? 勇者を連れてきて。面白くないから)
*
聖剣は光を裂いて飛び続け、やがて導くように止まった。
レイたちが辿り着いたのは、夢で見た町だった。
悲鳴。暴れ回る魔獣。逃げ惑う人々。
聖剣が手元に戻ったユリウスは迷わず町へ駆け出す。
レイは歯を食いしばる。
(――間に合ってくれ)
勇者パーティは、燃えさかる町へ踏み込んでいった。




