レイ㉖ 訓練2
診察院の奥の部屋。
昼間でも重苦しい薄闇の中、淡い光が幾つも漂っていた。
「……っ」
俺は額の汗をぬぐい、必死に集中を繋ぎとめる。
掌の上、五つの氷片を光の膜で覆っていた。だが、一つが揺らいだ瞬間、ドンッと小さく弾け、残りも連鎖するように崩れ落ちる。
「……今のは一つに意識を寄せすぎました。全体を均等に、同じ強さで包み込むことを意識してください」
ノアは変わらぬ調子で淡々と告げ、また氷片を生み出す。
(何度目だ……)
数えきれない挑戦。成功どころか、まともに形を保てた試しも少ない。
それでもノアは一度も眉をひそめない。ただ淡々と、何度でも氷片を差し出す。
思わず、胸の奥から言葉が漏れた。
「……なんで、ここまでしてくれるんですか?」
ノアの手が止まる。
静かな瞳が、真っ直ぐこちらを射抜いた。
「あなたが一人で訓練し、制御を誤れば――命を削り、後遺症を残すかもしれない」
冷ややかな声音。だが、その裏には揺らがぬ熱があった。
「私は、それが嫌なのです。犠牲はゼロであるべきだ。たとえそれが――あなた一人であっても」
その言葉に、胸の奥で何かが震えた。
(……ああ、そうか)
この人はただ冷たいのではない。誰よりも“救う”ことに徹しているんだ。
気が付けば、セフィリアとしてかぶっていた仮面が、音もなく剥がれていた。
自然に声が変わる。
「……ありがとな、ノア」
「もう、大丈夫だ」
偽りの聖女ではなく、自分としての言葉だった。
ノアは少しだけ目を見開いた。
でも、すぐいつもの無表情に戻る。
訓練は続いた。
息を整え、集中する。
光の膜を編み――ひとつ、ふたつ、みっつ……そして、五つ。
粒が安定して包まれた瞬間、胸が熱くなった。
「……できた」
粒は脈動するように淡い光を放ち、崩れる気配はない。
その景色は夢ではなく、確かな成果だった。
ノアが短く告げる。
「できましたね」
「ああ!」
胸の奥で小さく燃え上がる光を抱きながら、俺は次の挑戦を見据えた。
その時、静かに見守っていた師匠がぽつりとつぶやいた。
「……よくやったじゃないか、レイ」
その一言が、不思議なほど胸に沁みた。




