レイ㉕ 訓練
王都の大通りを埋め尽くす群衆から歓声が沸き起こる。
純白の馬車には金色の装飾が施され、その上には王国最高の職人たちが丹精を込めて作り上げたヴェールが風に揺れていた。
「見て!勇者さまよ!」
「ああ!隣にいるのが噂の聖女さまか!」
人々の目線の先には、黄金の騎士服に身を包んだユリウスと、真珠のように輝く純白のドレスを纏った聖女がいた。
ユリウスの金髪は太陽の光を受けて煌めき、腕の中には大きなバラの花束がある。
(あいつらしいセンスだな……)
一方の聖女はピンクブラウンの髪を波打たせながら、彼の肩に頬を寄せる。その慈愛に満ちた笑顔は、まるで絵画そのものだった。
俺は平民の服を着て物陰から、二人――ユリウスとミリアを見ていた。
(幸せそうだ……)
嬉しいはずなのに、なぜか胸は重たい。
気がつくと、黒い影が体にまとわりついていた。
冷たい何かが肌を這い、次の瞬間、影は俺を闇の底へと引きずり込む。
(やめろっ……!)
声が出ない。
体温が奪われ、抵抗する間もなく全身を呑み込まれていく。
視界は闇に閉ざされ――俺は、落ちた。
*
目を覚ますと、いつもの寝台の上だった。
「……はぁ」
(変な夢を見た。予知夢じゃない。ただの……不安の表れか)
今日は闇の魔力の訓練がある。
このモヤモヤした気持ちが消えないのは、そのせいだろう。
「どうせ見るならもっといい夢がいい……」
朝日はまだ上がっていない。
俺はまた溜息をついた。
*
臨時の診察院の奥――昼間だというのに厚布で窓は覆われ、部屋全体が薄暗い。
師匠が結界を張り、さらにノアが防音の魔術を重ねると、外界から完全に切り離された。
「これで音も魔力の揺らぎも外には漏れません」
淡々とした声に、胸が強く高鳴る。
(……本当に、今から始まるんだな)
「最初から闇を扱うことはしません。まずは僕の魔力で作った氷を“闇”に見立てて練習しましょう。……見ていてください」
ノアが掌をかざす。
瞬間、小さな氷の粒がふわりと浮かび、その周囲を赤い炎が薄く覆った。
氷は炎に抱かれているのに溶けず、ただ静かに、安定したまま漂っていた。
「闇を粒に砕き、光で包む。こうして“分けて保持”するのです」
俺はごくりと唾をのむ。
震える指先に魔力を込め、光の膜を作って小さな氷片を覆おうとした。
しかし――
「くっ……!」
膜が途切れ、氷片が爆ぜた。小さな衝撃で指先に痛みが走る。
「もう一度」
ノアが新たな粒を生み出す。
――そこから失敗が続いた。
膜が厚すぎて粒が潰れる。逆に薄すぎて破れる。汗が額を流れ、呼吸が荒くなる。
「力をかけすぎています」
「今のは集中が逸れました」
ノアの指摘は冷たいが、決して見捨てない。
淡々と、何度も粒を用意し続ける。
「もうやめな!」ヘルガ師匠が声を荒げる。
ノアは静かに首を振り、遮った。
「ここで終わらせれば、恐怖だけが残り、次はもっとできなくなる。……続けさせてください」
声音には一切の迷いがなかった。
その根気強さに、胸の奥で小さな火が灯っていった。
――まだ諦められない。
そして。
「……できた」
粒は淡い光の膜に包まれ、静かに脈動している。崩れない。溢れない。
俺は思わず息をのんだ。
ノアが短く告げる。
「……合格です」
冷たい声音。それでも確かに“認められた”のだと分かった瞬間、少しだけ胸が熱くなった。
「次は複数の粒を同時に保持する。それが次の課題です」
ノアの掌に、また新しい氷片が生まれる。
訓練は、まだ始まったばかりだった。




