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レイ② 教会と師匠


孤児院から馬車に乗せられ、連れていかれたのは荘厳な教会だった。

石造りの建物はどこか冷たく、高い天井からはステンドグラスを通して七色の光が床に落ちていた。ここは孤児院とは違う。もっと息苦しい場所だと悟った。


最初に待っていたのは恰幅のいい神官だった。柔和な笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。


「よく来てくれた、セフィリア……いや、レイくんだったかな?」


「俺はレイだ」


「ふむ。しかしここでは違う名で呼ばれることになる。セフィリアという名前だ」


「嫌だ。絶対に呼ぶな」


「ほう。ならばそうしよう。ただし、その口の利き方や態度は改めるべきだね。聖女にふさわしい振る舞いを期待しているよ」


聖女? 俺が?


笑わせるなと思った。急に聖女様扱いされて喜ぶわけがない。男装をやめろだって?無視することに決めた。



*



教会での生活は、孤児院とは比べ物にならないほど快適だった。

広い部屋、豪華な食事。ふわふわのパンに、滴る果汁の果物。

けれど――

満腹でも、心は空っぽのままだった。


それは自由を失ったからだとわかっていた。


数日後、回復魔法の習得度を確認されることになった。孤児院のシスターが教えただけなのに、もうかなりのレベルに達していたらしい。


そしてある日――


「君の魔法はなかなかのものだね。これからもっと高みを目指そうと思うと……」


神官は一拍置いて言った。


「ある方に師事してもらうことになった」


連れていかれた先にいたのは老齢の女性。

しかし見た目とは裏腹に鋭い眼光と圧倒的な迫力があった。これが噂の凄腕回復魔術師――師匠になる人物だった。


初対面で、つい口を滑らせてしまった。

「婆さん……か。なんだか頼りないな」


次の瞬間――目の前が暗転した。

激痛とともに理解する。地面に倒れている自分と、その上で仁王立ちする師匠の姿。


「誰が頼りないって~?!」

低く怒号のような声。痛みが全身に広がる。


「弟子入りする以上、敬意を払いな! 口答えは許さん!」


容赦ない叱責に、屈辱が走った。

それでも、この人のもとでなら、もっと強くなれるかもしれない――それなら、耐えてみせる。


痛みで涙が滲みながらも立ち上がり、睨み返した。


「わかったよ……師匠」


こうして「師匠」のもとで鍛錬することになった。厳しい訓練や規則正しい生活に反発しつつも、自分の中に宿る未知なる力を探求していく日々が始まった。


修行は想像以上に過酷だった。

師匠は朝早くから夜遅くまで容赦なかった。基礎体力作りから始まり、魔力の操作、詠唱の正確さ、精神統一の方法――ありとあらゆることが日常となった。


「いいかい! 魔法は心で使うんじゃ! 狙ったところにピンポイントで回復魔法を飛ばす! 命令じゃあないよ!」


師匠の怒声が修練室に響く。集中力が欠けると肩をぐいっと引き寄せられる。


「痛い! 師匠、手加減してください!」


「だーれが手加減しろと言った! そんな甘えた根性じゃあ一生かかっても一人前にはなれないよ!」


厳しい言葉だが、不思議と恐怖は感じなかった。むしろその言葉の奥にある熱意のようなものを感じ取っていた。



*



ある晩のことだった。

部屋に戻ろうとしていると廊下の向こうから神官がやってきた。


「セフィリア様、少しお時間を頂けますでしょうか」


丁寧な口調だが有無を言わせぬ圧力を感じ、渋々彼についていく。

応接室に通されると神官は椅子を勧めた。


「本日のことでございますが……修練室でのことです。あなたの態度が目に余ります。いくら才能があっても敬意を持たなければ――」


「俺はセフィリアじゃない。呼び方も態度も変えない」


しばしの沈黙の後、神官は嘆息した。


「わかりました。ではせめて礼儀だけは守っていただきたい。回復魔術師として他者に対する誠意こそが重要なのです」


そんなやり取りが何度かあった後、ある日の修練中だった。

師匠はいつものように厳しい指導を続けた後、唐突に言った。


「レイ、ちょっと休憩だよ」


「え?」


珍しく優しい口調に戸惑っていると、師匠は近くのベンチに腰掛けた。


「少しは楽になったろう? 最初の頃より、ずっと素直だ」


返す言葉がなかった。

確かに、以前より言葉を聞くようになった。

でも、それは諦めたからじゃない。

この人の言葉には、嘘がないと知ったからだ。


「……別に」


ぼそっと返すと師匠は笑った。


「素直じゃないねぇ。まあいいさ。ところでな」


突然表情を引き締める。


「お前さんをどう呼ぶかなんだがな。私的には『レイ』と呼び続けたいんだよ。でも周りがうるさいんだ」


「……セフィリアと呼ばれるくらいならレイの方がいい」


師匠は大きく頷いた。


「そうだろう! 私も同じ意見さ。だからこうして話してるわけさ」


その時初めて知った。この厳しい師匠も実は自分の気持ちを尊重してくれていたのだということを。


「じゃあこれからもレイって呼んでよ」


「もちろんだとも。ただし人前では控えるけどね。セフィリアなんて大層な名前じゃなくちゃならない時もあるんだろう? そういう時は仕方ないさ」


意外なほど理解があることに驚いた。


「お前さんも、疲れるだろ? 名前ひとつで縛られるのは」


師匠は空を見上げ、静かに続けた。


「私も若い頃、散々そうだったさ。だけどね――」

「自分の核だけは、絶対に手放すな。それが、生きるってことだ」


師匠の言葉には重みがあった。今まで誰も言ってくれなかった真実を突かれたようだった。


それ以来――

二人きりの時は「レイ」「師匠」と呼び合うのが当たり前になった。最初は気恥ずかしかったが、気づけばそれが自然になっていた。


「おいレイ! 今日もまたサボってたろ!」


「違う! 動きすぎて休憩してただけだって!」


「口答えするんじゃない!」


こんな風に軽口を叩ける関係になって初めて気がついたことがある。この場所にも自分の居場所があるんじゃないかという希望だ。



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