レイ㉓ 大事な話
土砂崩れで大勢のけが人が出た。
俺とミリアは臨時の治療所に詰めて、ひたすら治療に追われていた。
血の匂いと呻き声が満ちる中、ミリアの周囲には不思議と笑顔が絶えなかった。
「大丈夫ですよ。すぐによくなりますから」
彼女がそう言うだけで、患者の顔から強張りが抜け、安堵の色が浮かぶ。
まるで、声や仕草そのものに癒しの力が宿っているかのようだった。
(……やっぱり、ミリアは“聖女”だ)
人を癒やすのは回復魔法だけじゃない。
彼女の笑顔や雰囲気そのものが、人の心を包み込む。
それに比べて俺は――。
「処置完了です」
「あ、ありがとうございます!」
俺はただ淡々と治療をこなす。
最後に、形だけの笑みを添える。だが、そこに安心や温もりはない。
ただ“仕事を終えました”という報告に過ぎない。
(俺にはあんなふうに優しくはできない……)
胸の奥が重く沈み、無意識に視線を落とす。
その時だった。
「ミリア様は、聖女らしい方ですね」
背後から低い声が降りてきた。振り返ると、ノアが立っていた。
その一言に思わずうつむく。
だが彼は、間髪入れず続けた。
「ただし、それは“教会が望む聖女”という意味です。一人ひとりに寄り添う姿勢は美徳ですが、戦場でやれば救える数は限られる。感情移入すれば、判断も鈍るでしょう」
息をのんで顔を上げる。
「あなたは違う。優先順位をつけ、迅速に、確実に処置する。そのやり方なら救える命はより多い。……救える命は、一人でも多いほうがいいはずです」
冷静で、理屈だけの言葉。
けれどそこには否定ではなく、別の肯定があった。
重く沈んでいた胸に、ひとすじ光が差すような気がした。
ノアの目は揺れず、淡々と告げる。
「あなたに話があります。大事な話です。可能なら、あなたの師匠ヘルガ様にも同席いただきたい」
「……分かりました」
*
診察院の個室。
俺とノア、そして師匠が椅子に腰を下ろすと、室内の空気はひどく張り詰めていた。
ノアが静かに切り出す。
「単刀直入に言います。このままでは、魔王に勝てません」
胸が強くざわめいた。
「文献を調べても、“魔王を討った”記録は一度もない。それほどの存在です。従来の修行だけでは、まず勝てないでしょう」
冷たい声。だが、虚飾はなく事実だけが突きつけられている。
「聖女は常に狙われる。あなたも例外ではない。……最悪、命を落とす」
さらに、ノアは続けた。
「ここから先の話は、あなたの生死に関わります。ヘルガ様と相談し、どうするか決めてください」
彼の瞳が鋭く光る。
一呼吸置き、ノアは告げた。
「――あなたには、闇魔法を扱える可能性があります」
「……えっ」
思考が止まり、体が凍りつく。
「闇の魔力は有用ですが、人体に甚大な負担をかける。制御を誤れば寿命を削り、最悪の場合は死に至る。……さらに知られれば、聖女でいることはできなくなる」
死。寿命。聖女でいられなくなる――重すぎる言葉ばかりで思考が追い付かない。
「それでも、勝つためには全ての可能性を探らねばならない」
静かに、確実に突きつけられる。
「――この話を続けてもいいですか?」
息が詰まり、言葉が出ない。
けど、救える命を思い浮かべると逃げ道は消えた。
「……問題ありません。続きを聞かせてください」
声は出せた。だが胸の奥は重いままだった。
(本当に……俺にできるのか)
自分でも止められない小さな震えが、指先から伝わっていた。




