崩壊寸前のパーティ
(なんでこうなっちまうんだ……)
俺の目の前には聖女サマと勇者様――いや、ユリウスが絶妙な距離を保って歩いている。
聖女サマは無言。ユリウスはちらちら様子をうかがっては、下を向いてうつむく。
(これはひどい)
いくら空気が悪かろうが、討伐に出ちまえば少しはマシになるだろうと連れてきたのに、このありさまだ。
*
聖女サマに手を払われた直後、ユリウスは青ざめながら謝った。
「ごめん、君がそんなに怒るとは思わなくて……ちょっとからかうだけのつもりだったんだ……」
「……」
聖女サマは黙ったまま、床をじっと見つめる。
(今は不用意に近づける感じじゃねぇな。ユリウスもなんで今日ちょっかいを出すんだ。ここに来た時から様子がおかしかっただろ)
とにかく、なんとかしねぇと。
周りのやつらもチラチラこっちを見てきやがる。
俺は聖女サマの様子を見ながら、少し落ち着いただろうタイミングで声をかけた。
「大丈夫か?聖女サマ。今日は討伐やめとくか?」
「いや、大丈夫。行く」
その声はいつもの聖女らしい声じゃなかった。
(なんか傷ついた少年って感じだ)
「そうか。じゃあ予定通り、『ゴブリン』討伐依頼を受けるか!」
俺は軽く言って、受付に向かった。
ギルドの受付は慣れた手つきで依頼票を整理している。
「えっと、この依頼票って……どうやって出すの?」
ユリウスは紙を手に取り、手が震える。くるくると巻き上がる紙。
「ユリウス、落ち着け……落ち着いて提出するんだ」
俺は肩を叩くが、ユリウスは緊張で目をパチパチさせるだけ。
一方、聖女サマは腕を組んで立ち尽くす。掲示板を見ながら、低い男口調でつぶやいた。
「……初めてだろうが、紙はまるめねぇだろ」
心の中で絶句した。
いや、普段の“聖女サマ”はこんな男っぽい感じじゃなかったはずだ。
「……お、おい、今のは……誰だ?」
ユリウスはますます焦る。
「名前を書いて、サインして……え、ペンはどこ? あ、あった!」
手が震え、サインはぐにゃり。依頼票は少し斜めに出される。
受付嬢はにっこり笑い、優しく手直ししてくれる。
「大丈夫ですよ、初めてならよくあることですから」
聖女サマはそれを一瞥し、短く吐息を漏らす。
「……まさか勇者パーティー初依頼が、紙一枚でこれほど混乱するとはな」
ユリウスは頭を抱え、聖女サマは掲示板を凝視。
(戦場より心臓に悪いって、まさにこのことだ)
*
森に出てからしばらく経ったころ、ユリウスが意を決して聖女サマへ話しかけた。
「あのさ、ミリアのことだけど……」
名前を出しただけで、聖女サマから不穏な空気が流れだした。
「確かにミリアは優秀でみんなから好かれるようないい子だけど、君にいなくなってほしいわけじゃない……ただ、君が楽になれると思って――」
(おいやめろ!なんでわざわざ地雷を踏むんだ!)
その瞬間、聖女サマの拳が軽く震える。
「俺が楽になるってことは、俺はもう用済みってことか」
低く、怒りを抑えた声が森に響いた。
俺は思わず後ずさった。
「そ、そういうつもりはないんだ」
ユリウスは慌てて訂正しようとするも――
「それ以外ねぇだろ。あと、言っとくが、俺は別にミリアにいなくなってほしいわけじゃない。ただ、お前の発言と態度が癇に障るだけだ」
視線は鋭く、ユリウスの全身を射抜くようだ。
「この話はこれで終わりにしろ」
ユリウスは頭をかきむしり、言葉が出ない。
(……ああ、またやっちまったな、ユリウス……)
だが、その緊張の隙間に、森の奥から低いうなり声が聞こえた。
ユリウスは剣を握り、聖女サマは無言で前へ一歩踏み出す。
俺はため息をつきつつ、新調した盾を構えた。
「……初依頼で、もうパーティが崩壊寸前だ……。俺の盾も、初戦がこれじゃ泣いてるぜ」




