レイ⑲ 今後について
(……ここは……)
まぶたを開けると、白い天井。薬草と消毒液の匂い。
視線を動かすと――エリスが椅子で正座しながらこちらを凝視していた。
「……おはようございます、レイ様!」
「うわっ!近い!」
「目覚めてくださって……本当に……よかった!」
涙ぐみながら手を握られ、思わず戸惑う。
「お、おい……俺、どれくらい寝てた?」
「二日です。その間に町の被害状況がだいたい分かりました」
エリスの表情が曇りながら、手を離さず続けた。
「即死された方以外は全員命は無事です。ただ……ゲートが開いた北地区は建物が半壊、壊滅的な状態です」
「……そうか」
胸の奥がずしりと重くなる。命が残った人もいるが、消えた命は戻らない。
「あと、ユリウス殿下からお手紙が届いています。お見舞いに行けないこと、とても悔やんでおられました」
封を開くと、端正な字でこう綴られていた。
――王宮で事情聴取と復興作業に追われ、しばらく会いに行けない。
――町を守れなくてすまない。
(……お前のせいじゃないだろ)
苦笑しつつ、手紙を折りたたむ。
感情を整理する暇もなく、診療院のドアが開いた。
「お、やっと起きたかい。レイ」
師匠だ。腰の曲がった小柄な老婆なのに、その存在感は鋭い刃物みたいだ。
「戦いの影響はないようだね。だが無茶しすぎだよ」
師匠の手が額に触れると、温かい魔力が体内を巡る感覚があった。
「アンタは魔力量は大きいが、コントロールが甘い。自己治癒への意識が薄いね」
「はい。師匠、ありがとう」
「礼なんかいらないよ!」
つっけんどんに言ってから、出て行こうとした師匠がふと振り返る。
「次は無理するんじゃないよ」
珍しく柔らかい声だった。
*
診療院を出ると――入口で腕を組んで立つ男がいた。
「よ。生きてたか、聖女サマ」
飄々とした口調で片手を上げる長身の影。
ディランだ。笑みは軽いが、その目の奥は真剣だ。
「話がある。ついてきてくれるか」
宿屋の一室に入り、ドアを閉めた瞬間――ディランは深く頭を下げた。
「悪かった。俺たちがもっと早く動けてりゃ、町は守れた」
頭を下げたまま、ぎゅっと拳を握りしめている。
「……悪いが、報酬は受け取れねぇ」
俺は慌てて椅子から立つ。
「顔を上げてください! あなたたちがいなければ、被害はもっと大きかったはずです!」
「……半分は町の復興費に充てて、半分はあなたたちのパーティにお支払いする。これでいかがでしょうか? 命を懸けて守っていただいた方に、何もお渡しできないのはこちらも心苦しいものがあります」
ディランが低くうなる。
「あいつらのこと言われたら……もう頷くしかねぇな。分かった」
そして真顔のまま続けた。
「それと――聖女サマ、ユリウス皇子、そして俺。あの白い男に目ぇつけられてる。次は命が危ねぇ。生き残りたきゃ、強くなるしかねぇ」
空気が一段と重くなる。
「……強くなるしかないってことですね」
「そういうこった」
「ユリウス様が戻ったら、三人で話し合いましょう」
エリスが口を開く。
「では三人で、今後について話し合う場をご用意いたします」
「おう。今度は守り切るためにな」
軽い口調なのに、部屋の温度が少しだけ熱を帯びた。
窓の外では、夕暮れの中、人々が瓦礫を片付けている。
その光景を見下ろしながら、俺は静かに拳を握った。
(次は……守りたい)
*
「……さて。重い話は終わりだな」
「そうですね」
「じゃあ、ちょっと軽い話をしようぜ。病み上がりに暗い顔ばっかじゃ、治るもんも治らねぇ」
そう言ってディランが椅子を前に引き寄せ、やたら距離を詰めてくる。
「な、なんでそんなに近づくんですか?」
「人の顔見て話すのが礼儀だろ?」
「顔、見すぎでは?」
「観察だよ観察。……この前、町の見回りの合間に見かけたんだが、あんた路地裏で菓子かじってただろ」
「……見てたんですか?」
「見える位置にいたんだよ。あの時の顔、完全に油断してたな。甘いもん食ってる時が一番素が出るタイプだな?」
「……補給です」
横でお茶を飲んでいたエリスが、カップを置きながら小さく笑った。
「甘いものの時は確かに顔が緩みます」
「エリス、余計な証言しないで」
「事実ですから」
「へぇ、補給ねぇ。じゃあ、俺がこれ持ってきたらどうなる?」
ディランがポケットから小さな包みを取り出す。甘い香りが漂った。
――焼き菓子だ。俺の視線が一瞬で釘付けになる。
(……見ない。見ないぞ)
「ほら、食うか?」
「……いえ、結構です」
「遠慮すんなって。それとも俺が信用できないか?」
「……いただきます」
結局受け取ってしまった。
一口かじると――うまい。
「お、ちょっと顔ほころんだな。今のが素の顔か?」
「……違います」
「へぇ〜? まぁいいや。そういう顔のほうが、俺は好きだぜ」
「……(なんなんだこの人)」
エリスはにっこり笑ってうなずいた。
「私も好きです。貴重ですし」
「……二人して何なんだ」
ディランは軽口を叩きながらも、どこか満足げに俺を見ていた。
その視線は、茶化し半分、本気半分だった。
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