レイ⑰ 魔獣
町はいつも通りの喧騒に包まれていた。
騎士団が巡回し、冒険者たちは街角で作戦会議。
その一方で、俺は師匠にこっそり頼んでいた。
「何かあったら、手を貸してくれ」
……本当なら、この町の全員を避難させたい。
けれど、たとえ聖女であっても予知夢なんて根拠のないもので避難命令なんて出せるはずもない。
人には生活がある。信仰の名でそれを壊すことなんて、できやしない。
「はぁ……」
ため息をついたそのとき、ふと閃いた。
(最初に見た夢……何か、手がかりはなかったか?)
思い返す――歴代の聖女たちも同じ夢を見ていた可能性は?
記録を探すなら、書庫。それも禁書庫だ。
歴代の聖女の記録は、鍵付きのその部屋に眠っている。
夕暮れ時、誰もいない廊下を抜け書庫の前に立つ。
「《透視》」
鍵の内部構造が浮かび上がる。
「《光糸》」
細く編んだ魔力の糸を鍵穴に通すと、カチャリと音が鳴ってロックが外れた。
「……やっぱり、この魔法つかえるな」
中は埃っぽく、長い間使われていないのが一目でわかる。
棚を辿っていくと革表紙の古びた日記が目に入った。
(これか……?)
ページを捲ると、達筆な文字が視界に飛び込む。
『黒い大きな翼を持つ者が人々を脅かす夢を見た。
私もその翼に命を狙われた。しかし、絶望の中――光の剣を携えた勇者が現れ、私を救ってくれた』
目を疑った。
(これ……俺の見た夢と似てる……)
さらにページを捲る。
『その黒き者は、人の形をしながらも残虐非道。容赦なく命を奪っていく』
『勇者と私は共に立ち向かった。だが勝利には届かず、勇者は命を落とした。
黒き者は闇に姿を消し、その後、何十年も現れなかった』
最後のページには、こう記されていた。
『私は生涯、あの悪夢に怯えながら生きた。
けれど、未来に繋ぐ記録だけは遺したい。
勇者の存在と、黒き脅威――決して忘れてはならない』
(まさか……繰り返される、ってことか……?)
思考を巡らせる中、突然――
ドォンッ!!
耳を劈くような爆音が、遠くから響いた。
「っ!?」
窓の外を見ると空が黒煙に染まっていた。
(来た―――!!)
考える暇もなく俺は部屋を飛び出す。
「間に合えよっ!!」
町に着いた時には、すでに混乱の渦中だった。
家々は崩れ、炎が立ち上り、逃げ惑う人々が通りを埋めている。
そして――空には、夢で見た黒い魔獣が悠然と舞っていた。
「……嘘だろ、こんなに早く……!」
呆然とする俺の横で、騎士たちが必死に応戦していた。
だが、魔獣の爪は鎧を紙のように切り裂き、絶叫が響く。
恐怖よりも、怒りが湧いた。
「来いっ!!」
叫んだ瞬間、鳥のような魔獣が急降下してくる。
黒い羽が舞い、鋭い爪が俺を狙って振り下ろされた。
「《光壁》!!」
咄嗟に展開した防御壁が衝撃を受け止める。
凄まじい力に地面が砕け、周囲から悲鳴が上がる。
そのとき――目に入った。
逃げ遅れ、泣き叫ぶ子供。
「まずいっ!!」
全力で駆け、風圧に煽られながらもその子を抱きかかえて跳ぶ。
その直後、背後で石畳が砕け巨大な瓦礫が吹き飛んだ。
魔獣は、まるでそれを合図にしたかのように、さらに暴れ出す。
(このままじゃ埒が明かねぇ……!)
周囲を見渡した俺の視界に、魔獣の背後に聳える尖塔が映る。
(……あの上なら、狙える)
子供を安全な場所へ託し塔へと駆け上がる。
階段を駆け抜け、頂上へ――
「《聖光天撃》!!」
手に光を集束させる。金色の輝きが収束し、風が巻き起こる。
(行け!!)
解き放たれた光線が空を裂き、魔獣めがけて一直線に奔る。
爆音。閃光。白一色に染まる視界。
やがて煙が晴れ――
魔獣は、血を流しながら倒れていた。
……だが。
(こいつだけ、じゃねぇよな――)




