レイ⑯ 依頼内容
「さて、聖女サマ。本題に入ろうか」
ディランが周囲をチラリと見回し、声のトーンを落とす。
「依頼の詳細を聞かせてもらおうか。どうして急に警備が必要なんだ?」
軽そうな口調のわりに、核心を突いてくる。
――やっぱり、この人を選んだ直感は、正解だった。
「実は……予知夢を見ました」
「予知夢?」
眉をひそめるディラン。周りにいた彼の仲間たちも驚いた表情をしている。
「この町に黒い魔獣が群れとなって襲ってくる夢です。時間は不明ですが……近い将来だと思います」
「なるほどな……でもよ」
ディランは腕を組み、しばし沈黙した。
「それほどの大事ならどうして教会に報告しない? 聖女ともあろうお方がそんな重要な情報を伏せるなんておかしくないか?」
痛いところを突いてくる。正論だ。教会に知らせれば必ず動くだろう。だが問題はその動き方だ。
「教会には……あえて報告していません。報告すれば、かえって対処が遅れると思ったからです」
「なぜ?」
「教会は常に自らの利益を考える組織です。私が予知夢を見たといえば彼らは真っ先に私を利用することを考えるでしょう」
そう。彼らにとって重要なのは「聖女が神託を受けた」という事実であり、それを如何にして自らの権威を高める材料にするかだ。
「おそらく教会は、“これは神の試練である。我ら信徒は祈りを捧げ、聖女の庇護を求めよ”。と言うでしょうが……実際に起こるかもしれない惨状に対し有効な策を講じることはありません」
「つまり教会は動かないし、被害が出るってことか」
「はい。私はそれを避けたい」
ディランは大きくため息をついた。その目が鋭く私を見据える。
「随分と苦労してるんだな聖女サマ。だけどさ……一つ気になることがある」
「何でしょうか」
「どうして俺らにその話を? それだけ重大な情報なら騎士団とか宮廷魔術師の方が適任だろ?」
「ユリウス皇子にご相談して、騎士団の方には警備していただけることになっています。ただ、夢で見た魔獣の規模に対して戦力が足りていないと感じました。そこで、あなたたちのお力をお借りしたいのです」
「……それくらいやべぇってことだな」
(当たり前だけど、このディランって人、「戦う側」の人間だな。現場の感覚を重視するタイプだ)
「あなたたちが信頼できると思いました。それに――」
言葉を選びながら続ける。
「この依頼は完全に私個人の判断です。教会を通していない以上、公的な立場ではありません。つまり」
「聖女としての報酬を使います」
ディランの目が大きく見開かれた。
「報酬……それは一体どれくらいだ?」
「王都で屋敷が購入できるくらいはご用意できます」
彼だけでなく仲間たちの表情も変わった。その意味を理解したのだろう。
「ただし」
強調するために声を強くする。
「これは成功報酬です。未然に防げた場合のみ、全額をお支払いします。もし実際に何も起きなければ半分以下になりますが……それでも通常の警護報酬としては破格です」
しばらく沈黙が流れる。ディランはじっと俺を見つめていた。
「面白いね。そういう正直なところは嫌いじゃないよ聖女サマ」
ニヤリと笑う彼の表情に戸惑いながらも安堵する。少なくとも話を聞く姿勢はできてきたようだ。
「よし決めた。この依頼、受けよう」
「本当ですか? 感謝します」
「おう。ただ、条件がある」
条件? 一体何だろう。
「まず定期的な連絡を入れてくれ。異変があれば即時報告。それと……」
ディランがニヤッと笑いながら言った。
「事が落ち着いたら、食事ぐらい付き合ってくれよな」
最後は軽いノリに戻った。これでよかったのか不安になるが今は頷くしかない。
「分かりました」
「よっしゃ決まりだ! みんな聞いたな! 各地区の警備体制を整えるぞ!」
仲間たちの歓声が上がる中、俺はそっとフードを被り直した。
(始まったばかり……まだ、気を抜くわけにはいかない)
予知夢がただの幻想ならいい。だが、街に流れるざわめきが、それを否定していた。




