レイ⑭ 薔薇園
砕け散ったステンドグラスを見ても、俺は不思議と冷静だった。
夢で見たとおりの位置に、破片が散らばっている。
――やっぱり、あの夢はただの夢じゃない。
だとしたら、まずい。何が原因で、何が起きるのか、まったく見当がつかない。
どうすればいい。
答えのないまま、俺はセフィリアとして神殿へ向かった。
*
午後、祈祷を終えると、ユリウスが神殿裏手のバラ園で待っていた。
白と赤のバラが風に揺れている。
この場所にはあまり来たことがなかったが、こうして見ると、たしかに美しい。
ふと目をやると、数メートル先に侍女たちの気配。
人払いはされているが、仮面を外すには少し人目が気になる。
「ここが気に入った?」
ユリウスがベンチに腰掛け、こちらを見上げていた。
「とても美しい場所です」
俺はセフィリアの顔でそう言った。
嘘じゃない。心からそう思った。
「ふふっ」
「君はきっと将来、有名な聖女になるよ。――演技が上手だから」
最後のひと言だけ、わざとこちらにだけ聞こえるような声で。
「私はまだまだ未熟者です……」
「大丈夫だ。君には特別なものがある。俺にはわかるよ」
「……ありがとうございます」
軽く照れたように言ってみせる。
ほんの少し演技だったはずなのに、なぜか本当に頬が熱くなる。
……ユリウスの耳も赤い。まさか緊張してるのか?
風が吹き抜け、バラの花びらが舞った。
顔を覆った手の甲に、ブレスレットがちらりと光る。
――あの夢を思い出す。
「ユリウス様」
一呼吸おいて、俺はそっと口を開く。
「私は……いつまでこんな穏やかな日々を送れるのでしょうか」
声にしてみて初めて、自分の声が震えているのに気づいた。
「どういう意味?」
「最近、夢を見るのです。
黒い翼を持った何かが……この王国を破壊する夢を」
空を見上げる。
さっきまで美しかった夕焼けが、今はどこか、不吉に見えた。
ユリウスはしばらく黙ったまま、横に立っていた。
その沈黙が、少し怖い。
「大丈夫だよ」
あまりに軽く、あっけらかんとした声に、思わず顔を向ける。
「……は?」
「大丈夫。レイの言った夢、起きないよ」
あまりに自信満々に言うから、呆れる前に、つい小さく笑ってしまいそうになる。
「……なんの根拠があって、そんなこと言ってんだよ」
小声で聞くと、彼は首をかしげた。
「根拠? うーん……感?」
「……感?」
「俺さ、けっこうそういうの信じるタイプなんだよね。
“予知夢”とか“悪い予兆”とか。でもさ、同じくらい“選べる未来”も信じてる」
そう言って、ユリウスはバラの茂みに手を伸ばし、白い一輪に指を添える。
「誰かが“こうなりたくない”って本気で願って、ちゃんと行動すれば――未来って、意外とそっちに動くと思うんだよね。だから怖い夢でも、願い次第で……きっと遠ざけられるよ」
何も言えなかった。
本来なら、そんな根拠のない言葉は不安を煽るだけのはずなのに――
今だけは、不思議とその軽さに救われる。
ユリウスがこちらを向いて、にこっと笑った。
(……こいつが言うと、本当にそうなる気がしてくる)
「ユリウス様が言うなら安心です…」
バラの香りに包まれながら、そっと言葉をこぼした。




