【番外編】ミルア
冒険者ギルドの窓口に座って、もう五年になる。
魔王がいなくなってからというもの、モンスター討伐の依頼が増え、冒険者たちはせわしなく戦い続けている。
そんな忙しいギルドに、ちょっと困った“名物コンビ”がいる。
「おーっと! またやってるんですかぁ? お二人ともぉ!」
カウンター越しにふたりの姿を見つけたとき、思わず声が出た。
片や、勇者ユリウス。輝く金髪に誠実な笑顔――でも、ちょっと無神経。
もう一方は、“漆黒の死神”レイ。フードの奥から鋭く睨むような目。けれど本当は、とても繊細な人。
このふたり、顔を合わせるといつも揉めてばかり。
「もう手続きしちゃいまーすっ!」
依頼票を受理箱に放り込んだその瞬間、ギルド全体がしんと静まり返った。
そしてすぐに、にわか拍手と笑い声が沸き起こる。
……レイさんは、ムッとしていた。でも、
彼は、“拒絶”しているわけじゃない。
*
その夜、私は珍しくギルドの裏口から抜け出し、街の外れにある見晴らしのいい丘に立っていた。
足元にランタンを置き、そっと空を見上げる。
星が降るような夜だった。
レイさんたちが向かった古代竜の巣は……あの森の奥。
どうか、無事でありますように。
レイさんは、ギルドに来たばかりの頃、夜な夜な一人で残滓地帯の掃討に出ていた。
報酬も受け取らず、ただ黙々と――
少しでも犠牲者が出ないように、誰にも言わず戦っていた。
ユリウスさんは、人前ではよく笑っている。
けれどふと、何かを遠く見るような目をすることがある。
魔王との戦いで、聖女様はユリウスさんをかばって大怪我を負い、そのまま姿を消した。
……彼は、忘れられないんだ。彼女のことも、自分の過去も。
ふたりとも、悪い人じゃない。
なのにどうして、いつもケンカばかりなんだろう。
レイさんが周りの人――特にユリウスさんを遠ざけようとしている。
理由はわからない。けれど、ときどき怯えたような表情をすることがある。
そしてレイさんが距離を取るせいで、ユリウスさんが不器用に突っかかって……
そんなふうに、いつも揉めてしまう。
今回の依頼で、何かが変わってくれたら――
*
翌朝。朝焼けに染まるギルドに戻ると、机の上に一枚の報告書が置かれていた。
――雷牙、討伐成功。負傷者なし。依頼完遂。
手書きの報告には、レイさんの筆跡でひとこと。
《追記:今回の連携は必要最低限で済ませた。問題なし。》
……こんなふうに書いてはいるけれど、
きっと途中でユリウスさんをかばったりしたんでしょ?
だって、ほら。ページの端には、小さな血の跡がついている。
私はふっと笑って、その報告書をファイルに挟んだ。
そして、静かに心の中でつぶやく。
「おかえりなさい」
*
昼休みの頃、ふたりがギルドに戻ってきた。
「……何を見てる」
レイさんが、フードの奥からじっと私を見てくる。
その顔色は、ほんの少しだけ穏やかだった。
ユリウスさんは、いつものように片手をひらひらと振って笑っている。
「仲直りでもしました?」
「するも何も、最初から何もない」
「じゃあ、“不仲のフリ”はおしまい?」
「……面倒くさい奴だな、お前は」
私は笑って、いつも通りの調子で手続きを始める。
依頼達成の印を押し、報酬を手渡す。
ふたりのやりとりに、あえて言葉を挟むことはなかった。
*
古代竜討伐から、少し経った頃。
あの“困ったふたり”は、ほとんどケンカをしなくなった。
たまにユリウスさんがレイさんにちょっかいを出しすぎて、レイさんが怒るくらい。
けれどすぐに仲直りして、ふたりでどこかへ出かけていく。
ギルドの騒がしさが少し減って、ちょっと寂しい気もするけれど――
ふたりが、笑って隣を歩けるようになって。
本当に、よかった。