レイ⑬ 割れた聖女
赤い空が広がる。
城壁が崩れ、教会が爆ぜる音が響く。
人々の悲鳴。子どもの泣き声。空を裂くような黒い翼。
(……また、この夢か)
だが今回は違う。
俺は、これは夢だと自覚していた。
夢の中で――もう一人の俺、セフィリアは礼拝堂でエリスと何かを話している。
けれど、声は聞こえない。
セフィリアがふいに顔を上げ、空を見て、叫んだ。
視線を追うと――
ステンドグラスが割れ、砕けた破片がエリスの上に降り注いだ。
(危ない……逃げろ、エリス!)
叫んでも、声は届かない。
血だまりの中、エリスが静かに倒れていた。
*
「――っ、エリス!」
飛び起きた瞬間、心臓が激しく脈を打っていた。
今日の夢は最悪だ……。
「……はあ……」
顔を手で覆い、ゆっくりと呼吸を整える。
ふと、視界の端に――左手首の青いブレスレットが映る。
ユリウスが、無理やり着けてきたあのブレスレットだ。
*
「いや、あのさ……今日はちょっと浮かれすぎたからさ。だから……その、お詫び?」
「……は?」
気まずそうに笑いながら、ユリウスはポケットから小箱を取り出す。
「たまたま見つけてさ。好きそうだなって思って……いや、偶然なんだけどね?」
「最初から言い訳が多いんだよ」
訝しげに箱を開けると、中には深い青の紐に、小さな銀の輪が通されたブレスレットが入っていた。
(……なんだこれ。すごく俺好みじゃねぇか)
派手じゃないけど、上質な作り。俺が好きな落ち着いた青。
――正直、ちょっと欲しいと思ったのが悔しい。
「これ……買ってきたのか?」
「うん。お詫びと、あと魔力耐性もちょっとだけ付与してある。寝るときも付けてて平気だよ」
「いや、だからって、こんなのもらう義理は――」
返そうと手を伸ばすが――
「まぁまぁまぁ!」
ユリウスは笑顔のまま俺の手首を掴んだ。
「返されると思って、対策済み。さ、装着完了っと!」
「って、おい……やめっ……!」
俺の抗議もむなしく、ひんやりとした感触が手首に巻きつく。
「ほら、似合ってるじゃん!」
「……はあ……」
「嫌なら明日外してもいいから。な? 安心して」
俺はため息をひとつ吐き、肩を落とした。
「……お前、ほんと強引だな」
「えへへ。でもさ、レイには絶対似合うって思ったから」
まるで子どもみたいに笑う顔を見ていると、もういいか……って気になってくる。
(……まあ、一晩くらいなら)
*
「ふっ……あの時のあいつ、めちゃくちゃ必死だったな」
(……思い出すだけで、少し落ち着く)
俺は左手首のブレスレットにそっと指を添えた。
「……でも、あの夢だけは現実にしたくない」
エリスには、しばらく礼拝堂に近づかないように言っておこう。
どんな理由をつけてでも――あんな未来だけは、絶対に避けたい。
*
翌日。
セフィリアとして礼拝堂で祈りを捧げていたそのとき――
バリィンッ――!
上から鋭い音が響き、頭上のステンドグラスが砕け散った。
鮮やかな光の破片が宙に舞い、静かに降り注ぐ。
そこに描かれていた聖女の姿は、粉々に砕けていた――。