レイ⑫ デジャブ
細い路地に差し込む夕陽が、建物の壁を赤く染めていた。
「……夕方の市場って、意外と騒がしいんだな」
ぽつりと呟いた俺と、隣を歩くユリウス――いや、“ユリス”は、今日もお忍びで街へ出ていた。
人波に紛れながら、庶民たちの喧騒がぶつかってくるのを感じる。
パンを売る声。子どもの笑い声。通りすがりの楽器の音。
ふと、ある角の手前で俺は立ち止まった。
「レイ?」
「……こっちの道じゃなかった気がする。いや……どうだったかな……」
脳の奥が、きしむような感覚。視界の端が、赤く染まる。
血のように、夕陽のように。いや――あれは、夢の中で見た空だ。
(この角を曲がれば……)
夢で見た光景――人々が叫びながら走り去る。崩れ落ちる建物。赤く染まった空。逃げ惑う群衆。
そして――
――黒い翼が、上空を裂くように飛んでいた。
「……ユリウス、この道、通ったことあるか?」
「あるよ。けど……何か気になるのか?」
「ああ。この先、ちょっと見てもいいか?」
「もちろん」
その先には、何もなかった。
ただ、初めて来たはずなのに、建物の配置も、通りの匂いも、どこか知っている気がした。
「ありがとう。……見ておきたかっただけだ。戻ろう」
「……了解」
歩き出しながら、俺はユリウスの隣で静かに息を吐く。
(あの夢が気になる――)
「……なぁ、ユリウス」
「ん?」
「“黒い鳥”が王都で目撃されたって話……聞いたことあるか?」
ユリウスは、わずかに眉を動かして俺を見た。
「……ああ。最近、城の塔の上を飛んでいたって噂があったな。珍しい渡り鳥だって話してたけど……何か気になるのか?」
「……いや。そうだといいなって、思っただけ」
夢に見た、あの“翼”の記憶が脳裏をよぎる。
鋭い刃のような羽。夜空を引き裂くような、巨大な黒。
俺は何気ない顔でフードをかぶり直した。
――もし、あの夢が何かの予兆だとしたら。
あんな結末だけは、絶対に現れてほしくない。
そう、強く胸に刻みながら、俺たちは再び人の波へと身をゆだねた。