第2皇子
ユリウス視点の話です。
晩餐会は形式通り、粛々と進んでいく。
料理は豪華絢爛、会話はどれも退屈で、誰ひとり本音を語らない。
(はぁ。今日も仮面舞踏会みたいなものか)
父上の隣で紹介を待つあいだ、ふと視線を会場の中央へ向けた。
そこにいたのは、近頃ずっと噂になっていた“聖女セフィリア”。
彼女は静かに、スープを口に運んでいた。
(……あれ?)
隙のない所作。誰の言葉にも微笑みを浮かべて耳を傾ける態度。
その笑顔は、見事なほど完璧だった。
媚びず、冷たくもなく、ただ慈愛と品位だけを張りつめたような微笑。
「さすがだ」「やはり本物の聖女だ」「王妃候補にふさわしい」
貴族たちがひそひそと囁く声が、あちこちから聞こえてくる。
そこに混じるのは賞賛と期待、そして――わずかな警戒心。
(やっぱり、あの子だよな?)
記憶が鮮やかに蘇る。
高そうなドレスを着て、一人称は「俺」、ため口で話して、
そして――木の上から俺の胸に、膝蹴りを食らわせたあの子。
(キャラが濃すぎて、忘れようがなかった)
自然と、口元が緩む。
だが、今目の前にいるのは“完璧な聖女”。あのときの子とは別人のようだった。
(――これは、作られた仮面だ)
「皆に紹介しよう。こちらが我が次男……ユリウスだ」
父の声が響き、俺は一歩前へ出る。
そして、視線が交わる――聖女と、俺。
一瞬、彼女の表情がかすかに引きついた。
でもすぐに、あの完璧な笑顔が戻る。
(間違いない。やっぱり、そうだ)
確かめたくて仕方がなかった。
あの「俺にぶつかってきた子」と、今の聖女が、本当に同じ存在かどうか。
――そして、食後。
彼女が一人になっていたのを見計らって、俺は自然と足を向けた。
「木の上、好きなの?」
顔は笑ってるけど、内心大荒れなのがよく分かる。
完璧に取り繕おうとしている彼女に、俺はワクワクしながら言った。
「セフィリア様、いや――“レイ”って呼んだほうがいいかな?」
脳内で彼女が床を転げ回っている姿がありありと浮かぶ。
俺が見たかった“彼女らしさ”が、ふと滲む瞬間でもあった。
「君さ、あのとき面白かったよ。誰にも見せない顔なんじゃない?」
ふっと力が抜けて、自然と笑みがこぼれる。
建前だらけのこんな場所では、あんなありのままな人間なんて、そうそういない。
しかも今はこんな風に完璧に仮面をかぶってる。
(そんなの、もっと見たくなるに決まってる)
「……また話そう。今度は落ちてこないでね?」
彼女の顔はひきつったままだったけど、俺は満足して背を向けた。
(また“レイ”に会えた)
さっきの、彫像のように隙のない笑顔。
それを見れば見るほど、あの木の上で見せた無防備な表情を思い出してしまう。
――あの仮面の奥に、また“あの顔”を引き出してみたい。
そんな欲が、静かに胸に灯った。