レイ⑧ 再会
王宮の晩餐会。
透き通るシャンデリアに大理石の柱、耳に馴染まない弦楽の旋律が静かに流れている。
「理想の聖女」として招かれた俺は、セフィリアの仮面をこれでもかと張りつけて、その場にいた。
(あーもう。どこ見ても気疲れしそうな顔ぶれだな……)
きらびやかなテーブルに、誰が食うんだってレベルの豪勢な料理。
肉はナイフを入れた瞬間にほろっと崩れるし、スープは香りだけでお腹いっぱいになるし、菓子なんて芸術品か?ってくらい小さくて繊細で、食うのが申し訳ない。
(それにしても、貴族たちの視線が刺さる……)
表向きは微笑を浮かべながらも、油断すれば背筋が凍るような視線がそこかしこから飛んできていた。
「美しき聖女」だの「神託を受けた奇跡の子」だの、好き勝手に崇められておきながら、裏では何を噂されているか分かったもんじゃない。
だからこそ、笑顔は欠かせない。演じ切らなきゃならない。
(俺は“セフィリア”。今日は完璧にやりきって帰るだけ)
フォークを優雅に持ち、まるでこれが日常ですと言わんばかりの仕草でスープを口に運ぶ。
実際、ここ最近はこれが“日常”になりつつあるのが恐ろしい。
そうして静かに時が過ぎていた。
——やがて、会場の奥に控えていた国王が立ち上がる。
「皆に紹介しよう。こちらが我が次男……ユリウスだ」
(ん?)
ゆっくりと視線を向けると、入ってきたのは――見覚えのある金髪の青年だった。
さっきまで完璧だった俺の頭が、一瞬で空白になる。
……あれ?
あれあれあれ?
(いやいやいや、ちょっと待て)
顔面の筋肉は微笑を保ったまま、脳内では警報が鳴り響く。
(あいつ……あのとき俺が木の上から落っこちたやつじゃん!?)
「――――」
その瞬間、時間が止まった。頭の中で警報が鳴ってる。
――あのとき、俺は教会の壁を越えるため木に登ってたんだ。
そこそこ高い木だったけど、まあ運動には自信あるし、って調子に乗ってた。
で、着地でミスって、下にいたアイツに真上から落ちた。
顔面か胸か、どこかに膝をぶち当てながら。
しかも、その後ため口で失礼なことも言ったようなきがする……
(あれ、やばくね?)
今さら顔から血の気が引いていく。
それでも、俺の顔は聖女スマイル。
どれだけ動揺しても、筋肉が勝手に動くように訓練されているからな。
でも内心では絶叫中。
(やばいやばいやばいやばい!! あれってつまり皇子にぶつかったってこと!? 俺、処刑!?)
エリスじゃないが、そんな恐怖が頭をよぎった。
晩餐会は粛々と進行していく……。
――食後。
気を緩める暇もなく、金髪の皇子――ユリウスが、こちらに歩いてきた。
(お願いだから話しかけないで。話しかけられたら絶対顔がひきつる)
「木の上、好きなの?」
(……詰んだ)
「な、何のことでしょうか、ユリウス殿下」
「セフィリア様、いや――“レイ”って呼んだほうがいいかな」
(うわああああ……!)
頭の中で俺が床を転げ回ってる。なのに口元は完璧な笑顔だ。笑うな、俺の顔面。
「君さ、あのとき面白かったよ。誰にも見せない顔なんじゃない?」
ユリウスは、ふっと気を緩めたように微笑んだ。
どこか親しげで、皇子の顔じゃない、素の笑みだった。
「……また話そう。今度は落ちてこないでね?」
そう言って、彼は軽く笑って去っていった。
その場を離れて、俺は深く息を吐いた。
(バレた。ていうか、めちゃくちゃ覚えられてた。もう終わったかと思った……)
その夜、ベッドの上で何度も寝返りを打ちながら、ぽつりとつぶやいた。
「もう二度と、正体不明の男に馴れ馴れしくしねぇ……」
(でも、あいつ、“セフィリア”じゃなくて、“俺”に笑ってた)
なんでか胸のあたりがじんわり温かい。
……あいつなら、また会ってもいいかもな。