第二話:試練と信頼の覚醒
エヴァンジェリンが落としたメモを手に、レオンハルトは独自の情報収集に乗り出した。
王子の立場を最大限に活用し、通常では知り得ない情報にもアクセスした。
彼女が残した暗号めいたヒントは、ある廃墟に眠る、忘れ去られた魔術具を示唆していた。
そこには、魔導石から放たれたものとは異なる、しかし確かに不穏な魔力の残滓が感じられた。
彼女の行動は、単なる悪意からではない――そう直感し始めていた。
しかし、彼の疑念を打ち砕くかのように、王国に新たな危機が訪れる。
リリア嬢の聖なる力が暴走し、街を破壊し始めたのだ。
王城の上空に浮かび上がった魔導石から、不気味な光が学園へと降り注ぐ。
レオンハルトは、騎士団を率いて急行した。
学園の中庭は地獄絵図と化していた。
リリア嬢は苦痛に顔を歪ませ、その身体から放たれる聖なる力は、彼の張った結界すら容易く吹き飛ばす。
「なんて魔力だ……! これでは、止められない……!」
絶望に打ちひしがれるレオンハルトの目に飛び込んできたのは、その光景の中心に立つエヴァンジェリンだった。
彼女は、民衆の罵声を浴びながら、リリア嬢に向かって黒い魔力の槍を放とうとしていた。
「やめろ、エヴァンジェリン!」
レオンハルトは怒りに駆られ、彼女を止めようと剣を構えた。
彼女は、やはり王国を裏切る「悪役」だったのか? その答えを突きつけるかのように放たれた魔力の槍は、しかし、リリア嬢の身体に触れる寸前で消え去った。
そして、エヴァンジェリンの瞳には、深い悲しみと、何かを決意した光が宿っていた。
その直後、漆黒のローブをまとった影の魔術師が姿を現した。
彼は、リリア嬢の力の負の側面であり、エヴァンジェリンの「周回」を操っていた存在だと告げる。
そして、エヴァンジェリンもまた、影の魔術師に利用された「実験台」だったという残酷な真実が明かされた。
「ふざけるな……! 私の人生を、お前の実験台にするな!」
エヴァンジェリンの怒りの叫びと共に、影の魔術師との最終決戦が始まった。
レオンハルトは、信じられない思いでその光景を見つめていた。
彼女が、自らの命を顧みずに世界を救おうとしている――その姿は、彼の知る「悪役令嬢」とはあまりにもかけ離れていた。
リリア嬢がヴェラの手に自身の聖なる力を託した時、レオンハルトの脳裏に、エヴァンジェリンの真意が雷鳴のように響き渡った。
彼女は、王国の、そしてリリア嬢の平和を守るため、自ら「悪役」という役割を演じ続けていたのだ。
影の魔術師が消滅し、戦いが終わった時、レオンハルトは彼女に駆け寄ろうとした。
しかし、公爵家の兄、ルシアンがその場に立ちはだかり、声を上げる。
「エヴァンジェリン・グランヴィル……! 貴様の魔力は、もはや王国の脅威だ。直ちに拘束する!」
それは、彼女を「悪役」として断罪し、公に追放するという、苦渋の決断だった。
ルシアンの言葉に、レオンハルトは歯を食いしばった。
(すまない、エヴァ……! 私には、君を守ってやることができなかった……!)
彼は、自身の無力さに打ちひしがれ、誰にも見られない場所で静かに涙を流した。
王国を救った真の英雄を、自らの手で「断罪」しなければならない。
この痛みが、レオンハルトの「正義」を、単なる王族の義務から、揺るぎない信念へと変えていく、決定的な試練となった。