ほうき星との出逢い
運命を変える出逢い、人生を変える出逢い──────そんなものは、そうそうあるものではない。
恩師。親友。関係性は多々あれど、そこに如何なる意味を見出すかはそれぞれだろう。
血の臭い、焼ける肉の臭い、ガスの臭い。それらを一緒くたにした死の臭いが茹だるような熱気や降りしきる雨の冷たさと共に漂うそこは、正に地獄という表現が相応しい空間だった。
家屋をゆうに越す巨体を持つ黒い怪物が我が物顔で闊歩し、それらにより打ち壊された瓦礫から火の手が上がる。そこかしこから悲鳴が響いており、良く耳をすましてみれば命乞いや身内を見逃すよう頼む声、他者を売り渡そうとする醜い声が入り交じっているのがわかる。しかし、その凄惨たる空間を作り上げた怪物にはどうでもいいこと。請願も狂気も絶望も纏めて踏み躙り、周囲を赤く彩った。
そして、そんな地獄の中。綺麗に舗装されていたはずが、見る影もなく荒れた石畳を走る子供がいた。
齢10歳、数十分前に天涯孤独となったばかりの少年。『ママに似ているな』と父親に褒められた蒼い瞳。その目尻と『パパに似ているわ』と母親に褒められた黒い髪を、血と雨の混ざった淡い赤が伝う。
吐き気を飲み干し、噎せ返るような悪臭を吐き捨てて。それでも生き伸びるために走っていた。走る度に酷使される心臓が悲鳴を上げ、その痛みで思考がぼやけ、ぼやけた思考で足どりはままならない。一年前に心臓の手術を受けたばかりの肉体は、とうに限界を迎えていた。
「あぐっ……!」
そんな中、少年は何かに蹴躓いて地面を転がった。……咄嗟に手をつくことで重傷は避けられた。だが、走っていた勢いのせいで手のひらと脛に擦り傷を負ってしまった。
「痛つつ……くそっ、なんだよ」
転けたことで出来た傷の、鈍痛と鋭い痛みが混じった特有のそれに顔を顰め、悪態をつきながら蹴躓いたものを見る。……しかし、そこには。
「──────は」
赤、赤、赤。血の赤、瓦礫の赤、炎の赤。それらが綯い交ぜに散らばり、その中に骨や髪が僅かに窺える極小の地獄があった。
そして、少年は理解した。今自分が何に蹴躓いたのか。足が何に引っかかったのか。自分を転ばせたそれが一体何なのか。
──────瓦礫の下から突き出た、人の腕だった。
「っぐ、おげぇっ……!」
堪らず嘔吐する。頭痛と胃液の酸味が遠ざかる少年の意識を繋ぎ止め、ふわふわとした現実味のない感覚が状況を俯瞰させた。
そうして再認識する、命の危機。再度逃げるために駆け出そうとして──────最大の危機が訪れた。
「は、えっ……?」
家屋を平に踏み潰し現れたのは、黒の巨人。頭部と思しき場所には鼻や口、耳といったパーツはなく、さながら日本の妖怪『のっぺらぼう』のような丸みだけで起伏のない形をしていた。しかし、目と思しき器官はある。黄緑色に発光する三つの点……いや、『点』と表現するには大きく、最早『円』と言える『眼』がこちらに向く。
──────目が合った。死んだ。
そう錯覚してしまうほどの恐怖。檻の外に抜け出た獅子と道端で相対したとしてもこうはならないだろう。それだけの『確定した死』と『絶望』が、少年に牙を剥く。
「……が、ぐ……っ!」
歯の根が合わない。カチカチと震えながら音を鳴らす顎が恨めしいほどだった。そんな少年を見て、巨人は──────何もしない。ただ眺め、凝視し、困惑する。
「……?」
そうして、この状況を切り抜けられるのではという淡い期待を少年が抱き始めて……巨人が、少年を殺す腕を振り上げた。
「……ひっ!」
ダメだ、今度こそ死ぬ。せめてその恐怖に身を任せ、振り下ろされる腕を直視しないように目を閉じたその瞬間。
ザシュ、という音が響き……腕は、振り下ろされなかった。
「……?」
未だに命が続いていることに困惑しながら、目を開く少年。──────そこには。
「──────大丈夫?」
星があった。……いや、違う。星ではない。でも、その少年にとっては星のように鮮烈なそれがあった。
その『星』の後ろで、頭部が欠けた黒い巨人が崩れ落ちていく。そして、身を起こした少年を見て無事……とまでは行かなくとも。少なくとも問題がないことは理解したのだろう。『星』は変わらぬ無表情で、こう述べた。
「──────奴らは、私が屠る。だから安心して」
その『星』は、鋼だった。少女だった。刃だった。翼だった。
それは、星の外から飛来する災厄に対抗するために人が作り出した鋼の鎧。そして、それを身に纏い戦う者。
───降下強襲型惑星侵略生命体。
通称『EPITAF』と呼ばれるそれは、1908年6月30日……現地時間にして7時2分頃に初めて地球に飛来。ロシアの地にて現れ、僅か一日で二千万平方キロメートルを越える当時のロシア帝国領土の4割を破壊し尽くした。
そして、その厄災に対抗するために人類が作り出した力。人の生存圏を守護し、外敵を屠る鋼の鎧にして刃。それもまた、この世に存在していた。
『対星侵略生命体迎撃機構』。通称『ASICS』と呼ばれるパワードスーツで、人々は厄災に立ち向かった。
そして、今。少年の眼前に、その『ASICS』を身に纏い宙に佇む少女が居た。少年に伝えるべきことを伝え終えた少女は、身を翻し次の『EPITAF』を屠るべく飛び立つ。その背へと反射的に手を伸ばし──────この凄惨な地獄の中で、少年の未来が定まった。
礼河・イングスタッド、10歳。生まれて初めての初恋だった。
そして、惨劇から五年の月日が経った。
少年は一回りも二回りも大きく成長し、ある施設の門扉を叩く。それは、『EPITAF』と戦うための戦士……軍人を養成するための士官学校。この学校で、少年の戦いが始まる。
これは、星に憧れた者の──────愚直なまでの、物語。
礼河・イングスタッド
主人公。15歳。日本人とノルウェー人のハーフ。




