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第七節 ドキドキする余 ――翠玉


 微睡(まどろ)みの中でほのかな熱を感じ、ゆっくりとまぶたを開く。

 艶のある金髪が目の前に広がってて、髪を目でたどると、肩に髪をかけたノエルの顔があった。


「ん、ノエル?」

「あっ、起きた。おはよう、スイ。ごめんね、疲れてたのに待たせちゃって」

「つかれ……?」

「あ、もしかしてまだ寝ぼけてる?」

「ん……」


 目を開けると天井ではなく、申し訳なさそうなノエルの顔が目の前いっぱいに広がっている。

 寝ぼけ眼で起き上がると、余が寝ていたベッドに腰掛けて居るノエルに窓から入る光が差し込んでいた。

 窓の外を見れば、余が来たときより日が傾いてしまっていた。


「ノエル、仕事……」

「ちゃんと終わらせたよ。スイがすやすやしてるうちに」

「そっか」

「うん。それよりも……」


 ノエルはそう言うと、手を浮かべてワキワキと何度も握りったり開いたりする。

 そのしぐさに嫌な予感を覚えて後退ろうとしたけど、ベッドの上だったから下がることは出来なかった。


「それよりも……? ノエル、その手はなんだ?」

「よくも……よくも、仕事をしてる僕の隣ですやすやと眠ったな!」


 ジリジリと迫っていたノエルの手が、逃げ道を失った余の脇腹に差し込まれ、くすぐられる。


「のえ、なにをす――くふっ、あはっ! あはは! ちょっと、やめて。やめてってば、ノエル!」

「一応僕だって上司なんだからもっと反省しなさい!」

「ご、ごめっあはは! ノエルやめ――」


 気を付けてはいた。

 でも、くすぐられたせいで魔力の加減を間違えてしまって、ノエルの腕をほんの少しだけ強く引っ張ってしまう。


「わっ、力つよっ――」


 バランスを崩したノエルの体が倒れこんできて、避けるわけにはいかず抱きとめると、思ったよりも重い体に押されて、二人して倒れこんでしまった。

 ノエルの温かい体が覆いかぶさり、自分の体で髪の毛を下敷きにしてしまったせいで少し痛かった。


「いつっ。の、ノエル、大丈夫か?」

「ご、ごめん、スイ!」


 温かかったノエルの体がすっと離れる。

 ノエルの腕が余の顔の横を突き、ノエルが余をベッドに押し倒したかのようになってしまい、眼前にノエルの綺麗な顔と、ノエルの金髪がたらりと余の頬に垂れてきた。

 色っぽいノエルの唇が近くにあって、思わず息を呑んでしまう。


「な、なんでノエルが謝ってるんだ?」

「だ、だってなんか、押し倒しちゃったみたいになっちゃったし……」

「それは、余が寝ちゃったからで、ノエルが悪いわけじゃないぞ?」

「でも、退屈させちゃったんだよね?」

「退屈……ちがう、退屈じゃなくて……」


 寂しかった。

 そう言おうとして、不意に頬が熱くなる。

 どうして? ただ、事実を言おうとしただけなのに、口元がわなわなと震えて言い辛くてしようがなかった。


「スイ?」

「ちが、よ、余はただ……さ、寂しい、なって」

「寂しい?」


 余がそう言うとノエルがきょとんとする。

 意外そうなノエルの顔を見ると段々と頬の熱が上がり、恥ずかしくなって顔を隠したくなったけど、上にノエルが乗ってるからあんまり感情に任せて動きたくなかった。


「ノエルが仕事してるの、偉いと思うし、すごいと思う。余は、何も出来ないから。でも、仕事の邪魔したくなくて……でも、一人で放置されたら寂しいなって……」

「スイ……」

「だから、ノエルが悪いなって思う事、ないぞ? 余が寂しくて勝手に寝ちゃって、余が引っ張っちゃっただけだから」

「……もう、スイったら」


 あははと目の前のノエルに苦笑されてしまう。

 それでも申し訳なさそうなノエルの顔が笑顔になってほっと胸をなでおろしたい気分だった。


「でも、スイは反省してね」

「う、たしかに力を入れ過ぎたのは……」

「違うよ。スイは女の子なんだから。こんな感じにベッドに倒れこむようにしちゃダメだって話」

「? なんでダメなんだ?」

「そりゃダメでしょうだって……あ、うーん……」


 何か困ったように考え込んでしまったノエルに、余もうーんと考える。

 ノエルが同性の女の子に手を出すような人柄じゃないのは、屋敷で働かせてもらっていて理解しているし、ノエル以外にこんな力加減を間違える事なんて花瓶くらいにしかない。

 それに……。


「余は、別にいいぞ」

「……え? いいって、なにが?」

「ノエルになら、何をされたって、余はいい。余はノエルに何をされたとしても、余はいい」


 だって、余はノエルに救われたんだから。

 へらっと笑って見せると、ノエルは口をパクパクと動かして声にならない声を出したかと思うと、素ッと真顔に戻る。

 綺麗な顔のノエルが真顔になってちょっと怖かったけど、ノエルの片手が動いて髪に触れられて肩が跳ね上がる。

 

「スイってば、僕になにされてもいいんだ」

「の、ノエル?」


 いつものノエルじゃない。

 様子がおかしいと察して、起き上がろうとすると、太ももの間にノエルの足が差し込まれる。

 動こうと思ったらノエルを突き飛ばさなきゃいけなくなって、ぐっと力がこもらないように押さえるので手一杯になってしまう。


「の、ノエル。顔が怖い、ぞ? それに足をどけてくれないと立ち上がれなくて……」

「ねぇ、スイ」


 なんとか退いてくれるようにお願いするつもりがノエルの顔が近寄り、黙らされてしまう。


「スイ。君が優しいから、僕を傷つけないように動かないでいてくれてる。でも、スイがここまで無防備だと、僕困っちゃうな」

「そ、それはだって、ノエルに怪我させたくないからで! そ、それに困るって言われても……」


 の、ノエルはいったいどうしてしまったんだ!?

 様子のおかしいノエルに困惑していると、ノエルの顔がだんだんと近づいてくる。

 思わずキュッと目を閉じると、頬にノエルの息がかかるほど近づいて、ふっとノエルの吐息が首筋に流れていった。


 長い……ノエルの三つ編みが垂れるのを感じ、ノエルが無造作に三つ編みを掻き分けるのが気配で伝わってくる。

 目を閉じていると、ノエルが耳元まで動き、ノエルの吐息が耳元から首筋へ吹きかけられ、意思に反して体がビクンと跳ねる。


「ひゃっ! にゃ、なにをするんだノエル!」

「あはっ、スイは近づかれることにな慣れてないんだね」


 クスクスと、余の上でノエルが笑う。

 やや、やっぱり、ノエルが変だ!

 予想もつかないノエルの反応と、回らなかった自分の口が恥ずかしくなって頬に火が灯りそうだった。


「ねえ、スイ。本当になにをされてもいいと思ってる?」

「やっ、ノエル。首元で喋らないで……」


 耳朶で感じていたノエルの熱が耳たぶを通って首筋に。

 首筋から傷の上を辿って襟元から胸元に息を吹きかけられ、くすぐったさが恥ずかしさを上回っていく。


「の、ノエル。くすぐったい。止めて……」

「スイ。スイは僕の事、どう思ってくれてるの?」

「ど、どうって……だ、んぁ! ん、ノエル、お願い……」


 どうもこうも、ノエルは命の恩人で、大好きだ。

 でも、今日のノエルはなんだか怖い。

 くすぐったさの向こうに言いようのない怖さを感じて、手で防ごうとしたらいつの間にかノエルの大きな手で腕を抑えられていて、本気で拒絶したらノエルを傷つけてしまいそうで……。

 それだけは本当に怖くて、動けなくなってしまう。


 くすぐったさを我慢した吐息を漏らさないよう、きゅっと唇を引き結んでいると、ノエルの気配が離れ、恐々と瞼を開くと、悲しそうなノエルが余を見下ろしていた。


「はあ、はあ……ん、ノエ、ル……?」

「ごめん、翠玉。僕は……」

「ノエル?」


 真剣なノエルの表情が広がる。

 余の視界いっぱいにノエルの整った顔が近づいていき、思わず息を止めると余を押さえつけるようにノエルの手に力がこもる。


 長いまつ毛にきめ細やかな栄養の行き届いた肌。

 真摯に見下ろしてくる青い瞳には困惑した余の翡翠色の髪と目が映り込んでいて、ノエルとは違う種族という証の角も見える。

 その頬は、赤く紅潮しているようにも見えて……。

 ノエルの瞳には、頬を赤らめ、押し倒されている、余の姿が映っているんだろうって分かった。


 その途端に、心臓がドクン、ドクンと大きな音をたてて体が火照っていく。

 肺が息を求めているのに、呼吸が難しくなってノエルの瞳に映る余が、どんどん

 このまま、ノエルは、どうするのだろう。

 余は、ノエルの思うままにさせて……。





「失礼します。納品の数合わせを――おや、お邪魔でしたかな」





 突然、部屋の中に爺の声が響き渡った。

 ノエルの体がばねが入ってるみたいな勢いで飛び起き、余もノエルに触発されていそいそと起き上がる。

 扉の方を見ると、爺様がものすごい良い笑みでそこに立っていて、ドキドキしていた心臓が今度は口から出そうなほど早鐘を打っていた。

 余が何も言えずに居ると、ノエルが慌てたように爺に駆け寄っていた。


「じじじじ、爺! いつからそこにいたのさ!」

「はて、爺は今しがた部屋に入ったばかりで、いつからと言われても……強いて言えば……」

「ま、待った。言わなくていい」

「おや、言い訳を口にされなくてよろしいので?」


 爺様、それだと余たちは悪いことをしてたみたいになるし、ほとんど最初から聞いてたみたいに聞こえると思う。

 現にノエルはより一層嫌な顔を爺様に向けていた。


「爺! その手には乗らないからね! どうせ全部知っててとぼけてるのは分かってる。これ以上爺を喜ばすのは得策じゃないってことも!」

「それはそれは。誠に残念でございます。ノエル殿とスイ殿のすきゃんだるをこの耳でしかと聞き届ける所存だったのですが、難しそうですな」

「爺ってば、案の定歪曲使用してるし……」

「あ、あの爺様。余たちは別にそんなことをしてたんじゃ……」

「噂は庶民にも暇なメイドにも一大イベントですので。それはそれとして、スイ殿」

「ひゃ、はい!?」


 爺様に怒られるような呼びかけをされ、反射的に立ち上がって背筋を伸ばしてしまう。

 でも、爺様は片手を上げて余を制すと、上げていた手をノエルに手を向ける。


「ノエル殿をお借りしても?」

「ノエルを?」

「ええ、スイ殿がこの爺を「せっかくノエルといいところだったのに、邪魔だな、この爺」と、仰るのでしたら、この老骨、奮起し一人で仕事を片付ける腹積もりですが……」

「ちょ、爺! その言い方は!」

「も、問題ないです、爺様! 仕事なら、仕方ありませんから」


 爺様の提案にいち早く飛びついた。

 ノエルも爺様も忙しい。余も構ってはほしいけど、ただでさえ忙しい二人を邪魔をするわけにはいかない。


 それに……。余の心臓は、未だ痛いほど音をたてている。

 このままここにノエルと残されたんじゃ、せっかくノエルに生かしてもらったのに、死んでしまいそうだった。


「スイ、君が気にする必要は……」

「ノエル殿。……申し訳ありません、スイ殿。ノエル殿をお借りいたします」

「気にしないでくれ、爺様。余なんかより、仕事は優先するべきだから」

「スイ……。ごめんね、また時間ちゃんと作るから」

「うん、待ってる」


 申し訳なさそうにするノエルに、頭を下げてくれる爺様を残してハウスキーパーの部屋を出る。

 廊下に出てドアが閉まるのを確認してから、余はほうっと体の中に溜まっていた熱を吐き出し、まだ鼓動がうるさい胸を抑えた。


「っっっっ! な、なんなんだ、このドキドキは……」


 ノエルにのしかかられてから、余の胸はドキドキがうるさくて、呼吸もし辛くてしょうがなかった。

 でもでも、ノエルは女の子だし、そもそもそんなことをするわけないし、でも、お腹のあたりにクッと力が入って、胸のドキドキも収まらなくて……。



「余は、どうしたんだ……?」



 どうしてか分からない胸の高鳴りに混乱しながら、余は自分の部屋に戻るのだった。



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