幕間 我慢できてえらい ――ノエル
走り去っていくスイの背中を眺めて、体重を背中のドアに預けた。
先ほどまで、彼女の日に多少焼けた、健康的でも柔らかいはに降れていた指先を見る。
白魚のような、ほとんど苦労していない人間の指先。
それが、つい先ほどまで、おっちょこちょいで、ドジなメイドの傷跡に触れていたと、夢を見るような気分で見つめる。
まだ彼女の感触が残っているような気がして指に伝わってきた肌を思い出し、ほうと息を吐く。
(スイの肌。すべすべだったな)
あれが魔力を持ってる亜人種の肌、なのだろうか。
すべすべで、肌触りが良くて……気を緩めてしまうと、永遠と触っていたくなるような肌で、つい彼女の声も相まって指を滑らせてしまいそうで――。
警戒もせず、自分に身をゆだねていた、鬼の少女の、赤らんだ頬が瞼の裏に浮かぶ。
自分なら、彼女の秘部に手を伸ばしたとしても許されるのではないだろうかという甘言と、慢心が脳裏をよぎった。
自分の思考が煩悩に呑まれてしまいそうだったので、慌てて邪な考えを追い出して後頭部をドアに当てる。
痛かったけど、何とか現実に戻ってこれた。
「はあ、危な……」
まったく、ただスイの傷の治療をしたかっただけなのに、こんなに我慢を強いられることになるなんて思わなかった。
走り去ったスイが僕に見えているのを知らなかったのか、恥ずかしそうに頬に手を当てたりするのは嗜虐心が刺激されてしまうのでやめた方が良い。
「それにしても、恥ずかしそうなスイも、可愛かったなあ。っと、何を馬鹿なことを考えてるんだか」
そう口にしてしまって自嘲する。
自分でもあまり良い性格とは言えないけど仕方ない。
ああでもしないとスイはまた人前で肌をさらしそうだった。彼女の為に悪者になるくらいはなにも痛くない。
せいぜい、僕が色々な意味で我慢しなきゃいけないくらいだ。
(さすがに無警戒で胸元を見せられた時はすごい焦ったけど)
目の前でスイが無防備に胸元を開いたときは本当に焦って、止めそうになってしまった。
でも、女の子の間ではあれが普通なのだろうか。
それともスイは女の子相手だとあんなに警戒心が薄いだけなのか。
いや、自惚れだけど、まだ寒さのただなかだったあの日、行き倒れていた彼女を雇ったノエルという僕を全面的に信用してくれているのかもしれない。
信用してくれているんだなと嬉しくなる半面、本当の事を口にできていない罪悪感で胸中複雑になる。
彼女のように胸元のボタンを外して、自分でその中を覗き込んで苦笑した。
「僕男なんだけどなあ……」
僕の言葉が誰も聞いていないはずの廊下に流れて、彼女を拾った時の寒さを思い出してしまいそうだった。