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第十五節 スイの好み ――ノエル

少しだけ戻って、ノエルがスイを椅子に座らせた当たりからです。




「じゃあ、いい子で待っててね、スイ」




 僕はそう言って、半ば無理やりスイの元から離れる。



 今日は、いつも頑張ってるスイが暇だと言うので、じゃあ僕の任務に付き合いを免罪符にして休んでもらおうと、町へ誘った、その日。

 中流層に入った途端、中朝するみたいに止まったスイの手を引いて、治安の調査対象である中流層に来ていた。

 ……まあ、スイと一緒に出掛けたかった、って言うに言うのは嘘じゃないけど。


 それで、薬屋を出てから、スイの様子がおかしいな、と感じた僕は、この前視察をしたときに見つけた広場の休憩スペースに彼女を座らせた。

 本当はもっと喋りたかったけれど、スイがなにを隠しているのかは良く分かるため、おそらく悩む原因になっている僕と一緒じゃない時間を作った方がいい、と判断したから。

 スイのために何が良いかなと広場の屋台を見回しながら、スイの様子がおかしい"原因"にムッとする。


(まったく、爺も余計なことをしてくれたなぁ)


 あの僕のお世話係でもあるお節介執事。

 きっと、僕が町に出るから、その護衛を何とかしてつけようと画策した結果、スイに事情を話すことにしたんだろうなって言うのは分かる。

 爺も馬鹿じゃない。たぶん、僕が気づくと分かっててやっている。

 そこまでして、僕の護衛をつけたいと言うのは……まあ、わからなくはない。


(でも、スイにあれだけ悩ましちゃうのは周りを考えて無さすぎるかな。僕が乱心したらどうするつもりだったんだろ。……荒ぶるわけがないって高を括ってるのかもだけど)


 お節介な従者にため息をつきたい気分になりながら、スイのお腹を満たすものを探す。

 屋台に群がる元気な子供と、昼間からお酒を飲む酔っ払い。快活な看板娘のおばさんも居れば、亜人も上流層と比べればまあまあ見かけられる光景が目に入る。


(やっぱり、中流層って亜人も多いんだなあ。ってことは、スイは中流層で食べられるものの方がすきなのかな?)


 正直、中流層は僕の管轄外だし、この広場を見つけたのも偶然だ。

 スイが何が好きかも把握できないから、何を差し入れればスイは喜んでくれるのだろうと、貴族間ではなかなか経験できないワクワクを感じてしまう。

 同時に、もっと外の人を集められる娯楽のアイデアが無いかなと仕事混じりに子供の数が多い屋台に向かった。

 屋台の近くまで来ると鼻先をスポンジ生地に使うような安っぽい小麦のにおいが満たす屋台があった。

 屋台の足元には木製の看板に書かれたメニュー表が置かれていて、詳しくない僕を熟考させるには十分な彩りを持っていた。


「焼き菓子は色んな果物のテールトに、亜人から仕入れた食用卵で作ったふわふわスポンジのネーチ。エセトのジュース? は、たしか、甘酸っぱい赤い果物だっけ? すごいな、思ってたより豪華かも」


 屋台に近寄り、出きるだけ全部を見渡せるように足を止めて悩む。

 どれも色は綺麗だし、娯楽に飢えている中流層だから質もある程度は高いはずだ。

 でも、問題そこじゃない。

 

「うーん、どれがスイの好みに合うかな……」


 それがなによりの難題だった。

 考えてみれば、彼女はなんでも幸せそうに飲み食いをするし、好みの調査……は、たぶん直接聞いた方が早いだろうけど、してこなかった。

 スイを思いながら屋台を観察していたのだが、それにしても、と屋台で出回っている内容を見る。


(首都であるローゼンは戦争も魔物被害も少ないから栄えているのは分かるけど、卵なんて高級品よく中流層で手に入るなあ。亜人から仕入れると安いのかな? 御上は絶対に認めないだろうけど、歴史的にやっぱり亜人と繋がってる商人ギルドは重要視されてるだけはあるってことか)


 スイのために来てみたんだけど、治安維持の方向性を決めるのに役立ちそうだった。

 思わぬところでスイが役に立ってくれるな、と結構酷い事を考えてしまう。


 ただまあ、商人ギルド様様のおかげで、思わぬ強敵がいっぱいなのはどうしようか。

 そもそも普通の昼食にするべきかと悩みながら屋台を眺めていると、とある屋台……エセトっていう赤い果物のジュースと銘打った屋台からクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 なんだと思って視線を向けると、明らかにポツンと孤立した屋台で、僕の方を見て笑っているのが分かった。


(不躾だなあ、いきなり知らない人を笑うなんて)


 突然笑われているらしきことにちょっとだけムッとしていると、お姉さんはニヤニヤしたまま僕を手招きした。

 周りを見渡しても僕しか見ておらず、あからさまに僕を誘っているようだった。

 仕方なく屋台に近寄っていくと、お姉さんは開幕「ごめんなさいね」と接客の笑顔を見せる。


「失礼だなとは思ったけど、余りに真剣に悩んでるものだから。ねえ、メイドさん。迷うくらいならうちの飲み物を買ってくれない? 子供には人気が無いの」

「子供に人気内ならなんで出してるのさ」

「そこはほら、事情ってものがあるのさ。気にしないのが()()()の条件さね」


 お姉さんの言葉にピクっと反射的にお姉さんを観察してしまう。

 普通の人間で、多少気の強そうな顔つき。体格は細めなのを見るに、裕福、というわけではなさそうだ。

 いわゆるいたって普通の一般人って感じの印象だった。


 ……いや、屋敷の新人メイドはすぐ気がつくから、もしかしたら女性からしたらすぐに分かるポイントを見逃しているのかもしれない。

 そうなると、スイが気づいてくれないのが大丈夫なのか心配になるけど。

 スイが残念さんなのかなって考えていると、お姉さんにニコッと微笑まれた。


「ところで、純粋にうちのジュースはどうだい? なにかお探しだったんだろう?」

「んー? ん、そうだな……。鬼の子にも気に入ってもらえると思う?」

「オニ? 鬼、って亜人の鬼かい?」

「そうそう、頭に角が日本生えてる鬼の子。可愛いんだよ?」

「それを知るのは本人ばかりってね。さすがに亜人でも人によるからね」

「そこはもちろんって答えるとこらだと思うよ、お姉さん」

「あっはは、ちがいない! 亜人の味覚は分からないけど、町一番のエセトのジュースだって言うのは保証するよ!」

「じゃあ、とりあえず、一人分でいいからお願い」

「はいよ。銅貨三枚ね」

「あれ、周りと比べてもジュース一杯で三枚は高くない?」


 エセトのジュースの相場は知らないけど、周りの屋台と比べても二倍か三倍は高い。

 お姉さんは苦笑すると、屋台のカウンターに肘をのせた。


「そりゃコップの代金も入ってるからね」

「コップの代金?」

「ここいらは悪ガキどもが多くてね。飲み物を出す以上、コップも出すんだけど、そのまま持っていく人も多いのさ」

「ああ、まあ、そりゃ居そうだね、確かに」

「だから、最初に一枚、余計に銅貨をもらうのさ。コップを戻してくれれば一枚お返しする。そうすれば客は得した気分になるし、返してもらわなくてもこっちは得になるだろう?」

「ああ、面白いね、それ」

「だろう? まあ、結果は御覧の通りだけどね」


 お姉さんは自嘲したように笑うので周りをちらりと見てみる。

 子供はテールトやネーチの屋台に群がっているのを見れば、たしかにご覧のとおりみたいだ。

 値段も向こうの方が手ごろだし、順当といえば順当なのかもしれない。


「じゃあ、僕が投資しないとね。えっと、銅貨はあったかな……。あった、はい、銅貨三枚」

「はいよ、一杯ね」


 銅貨を三枚カウンターに置くと、お姉さんはしっかりと握って後ろに積んである蛇口の着いた樽を捻る。

 樽にはどうやら噂のエセトのジュースが入っているらしく、捻られた蛇口から血のように赤い何かが、ドロリとお姉さんが横から引っ張ってきたコップに注がれていく。

 ……買われない理由はシステムじゃなく、色とドロドロ具合にありそうだった。


「……なんか、見た目凄いけど大丈夫なの?」

「あっはは、さっきも言ったけど、味は保証するさ。見た目はちっと悪いけれどね」

「ちょっと……? 慣れてないと大分きつそうだけど……」


 この色、スイは大丈夫なんだろうか。

 むしろ、僕より見慣れて居たり、大好物だったりするのかも。

 そこまで考えて、ふと、真っ赤な色のエセトのジュースを飲んでいるスイを思い浮かべて、思いのほか色が似合ってるなと、一枚の絵が出来上がる。


(ああ、エセトの赤い色、もうちょっと薄くしたらスイにも似合いそう。彼女のエメラルドよりも淡い色合いの髪にピンクの髪飾りなんて似合うのかも。もし手に入れたら、スイは喜んでくれるんだろうか。それとも、恐縮する? 惜しいなあ、これで僕がメイドじゃなかったら……)


 プレゼントなり、なんなり、色々手はあったのに。

 例えば、おろおろする彼女の手を半ば無理やり手を引いて馬車に乗せ……。

 彼女の手を引いて舞踏会にまで行く妄想をしてしまい、あっ、と頬の表情金に力を入れる。


(危ない危ない、人前でニヤけるなんて、はしたないよね)


 こんな所、スイに見られたら幻滅されてしまいそうだ。

 まあ、僕をただのメイドだって思ってるから幻滅されたところでなんだけど……。

 相も変わらず、自分のせいでスイにアプローチ出来てないなと自嘲して現実に戻って――、





「おい手前ぇ! さっさとついて来いって言ってんだよ!」





 誰かが怒鳴るやかましい声と、甲高い悲鳴が轟いた。




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