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第十三節 複雑な鬼心 ――翠玉


「いやあ、まさか薬の置く位置で気分が悪くなるなど想像もしなかったよ」


 一通りの作業を終え、カウンターに戻ってきた店主殿は、開口一番にそう言った。


 時間はそれほど経っておらず、まだまだ日は高い。

 幸い、すぐに移動しなければならない薬の数は少なく、作業事態はすぐに終えることができた。

 もしかしたら問題をひとつ解決できるかもしれない店主殿はニコニコしている。


「おじさん。今度、商人ギルドから亜人の子を紹介してもらえないか聞いてあげるよ」

「本当か!? それはありがたい!」

「その代わり、約束、忘れないでね」


 ノエルにそんな伝手があったのかと驚いていると店主殿も驚いたらしく、ノエルの言葉にもの凄い乗り気だった。

 こうして一緒に出かけて思うのだが、ノエルはいったいどんな貴族の娘さんなのだろう。

 爺様には護衛を頼まれるし、お金の感覚も危ういみたいだし……下手な貴族ではないのは間違いない。


 ノエルの身の上に戦々恐々としていると、店主殿がカウンター越しに身を乗り出す。


「しかし、薬師の話しはすぐに無理ですけど、本当に噂程度でよろしいので?」

「もちろん! できれば確実性が高い方がいいけど、魔力酔いの話だって確実に儲けが出るって話ではないからね。選り好みはしないかな」

「そうですかい。といっても噂なんて最近なにかあったかな……」


 店主殿は悩んだ仕草を見せ「ああ、これなんかはどうですかい?」と手を叩いた。


「最近、外からの客にえらい態度の大きいのが居るって噂ですぜ」

「外からの? っていうと砂国とか湿地の国とかの人?」

「ノエル。その者が若い亜人じゃないなら、たぶん流れの傭兵か冒険者だと思う」

「傭兵か冒険者?」


 外国の態度が大きい人と聞いて、昔あったことある集団を思い出して思わず眉根が寄ってしまう。

 店主殿もどうやら外の人間を知っているらしく、余の言葉に大きく頷いた。


「角の嬢ちゃんは察しが良いみたいで。どうやらそいつら、帝国か間の国か分かりませんが、その辺の兵士か傭兵だったらしくてですね」

「へえ、そこら辺の人たちって態度悪い人多いの?」

「……少なくともあの辺の人間は、あまり良い噂は聞かない」


 余があったことあるのは帝国の人間だったが、何といえばいいか、あの者たちは非常に(おご)っているといえばいいか。

 間の国は亜人も雇ってくれるが、帝国や教国では、亜人ではなく人間の冒険者や兵士が魔物の対応をしている……亜人たちにはあまり回されないので、こういってはあれだが態度が非常に大きい。


 だから、人間以外を嫌っている教国はともかく、帝国はプライドが高く実力を鼻に掛けている節がある。

 余の認識は正しかったのか、店主殿も頷いてくれる。


「そいつらは魔物の駆除依頼が安すぎる! だのなんだの、酒場でくだを巻いてる連中とか、魔物対峙をしてやってる自分たちが歓待されないのはおかしい! と豪語してる輩がいるらしいとか……奴らは表通りしか興味ないらしいんで、ここはめっきり静かなんですがね」

「まさか。このローゼンはそんなに魔物駆除が安いの?」


 ノエルが深刻そうにつぶやいたので、冒険者ギルドの張り紙を思い出してみる。

 余でも安全マージンを取って銀貨数枚……半月の生活費を稼げる依頼はあったはずで、安い気はしない。

 魔物対峙をしてやってると言うことは、亜人が依頼を受け辛い帝国だろうと思うが、帝国ではもっと高いのだろうか。


「まあ、ここでも聞こえるくらいの噂なんで、迷惑をこうむってる酒場もあるんじゃないですかねえ」

「帝国人かあ。最近あんまりいい噂聞かないからなあ」

「ええ、まあ。それはともかく帝国人ですから、ここを自分のお国と間違えているのでしょう。そういう輩ですので、綺麗な身なりの嬢ちゃんたちは気を付けた方がよろしいかと」

「き、綺麗……ノエル、確かに綺麗だからな……うん」


 思わず言われなれてない言葉を反芻して呟いてしまうと隣に居たノエルからムッとする気配を感じた。

 薬の袋を受け取りながらノエルの気配に首をかしげていると、ノエルに強く腕を掴まれ引っ張られてしまう。


「の、ノエル?」

「それじゃあ、おじさん、またね。ナンパはほどほどにね」

「え、ええ、そりゃまあ、こっちもドロースに馬車みたいに引っ張られたくはないので、ほどほどに」

「ふふん、よろしい」


 余の位置からは見えなかったが、ノエルが店主殿に顔を向けた瞬間、店主殿の顔が真っ青になって手を振っていた。

 いったいなにをしたのだろうと悩ませていたが、ノエルに引っ張られてそのまま店を出ることになってしまった。


「の、ノエル! そんなに引っ張られると荷物を落とす!」

「……スイ、一ついい?」

「む、む? なんだ、ノエル?」

「スイは可愛んだから、無防備はダメ! いい!」

「え? う、うん、よく分からないけど、分かった」


 可愛いと言われても、ノエルの方が可愛いと思うからノエルの方が気を付けた方がいいと思う。

 ただ、余が頷かないとノエルが納得しそうになかったので、あまり納得いかないまま頷くと、ノエルは満足したようにうなずいて手を差し出された。

 差し出された手と笑顔のノエルを交互に見つめ、最後にメイドのはずなのに獲物……


「ノエル? この手は……?」

「うん? ああ、ごめん。薬、重いでしょ? 僕が持つよ、スイ」

「……むぅ」


 あまりにも自然にノエルが、余の盛っている荷物……唯一の仕事を奪おうとするノエルのささやかな叛逆をするために足を止めて荷物を高い高いした。

 一向に荷物を渡されないことを不思議に思ったらしいノエルが、人形のようにゆっくりとした動きで余を見上げると「あっ」という顔をして、荷物に手を伸ばそうとする。

 でも、ノエルの身長は余よりも低いので、余の盛ってる荷物には届かず、背が高い事に初めてちょっとした優越感を感じた。


「……スイ! それ、僕の!」

「ふん。すぐに余から仕事を奪うノエルへのお返しだ」

「う、奪うって。そんなことしないってば。すいーすーいー」


 なおも反抗するノエルがぴょんぴょんと可愛らしく飛び跳ねて、どこか餌をねだる動物のようで愛らしい。

 嗜虐心(しぎゃくしん)(うず)くと同時に、ノエルの可愛らしい仕草にドキドキとしてしまう。


(……どうして、余はノエルにまで意地悪をして。余はなにがしたいのだろう)


 ノエルは……ついつい、意地悪をしたくなってしまう、可愛い人間の女の子。

 このドキドキは何だろう。女の子にドキドキしてしまう余は変になってしまったのだろうか。

 もし、もしノエルが余を見てくれるなら、なんて、在りもしない未来を考えてしまうくらいには、ノエルの事を考えてしまっていて……。

 余は、ノエルの事を……。


「スイ?」


 気がつけば、ノエルの青い瞳が不思議そうに余を見上げていた。

 慌てて手元を見ると、持っていたはずの薬はもう彼女の腕の中にあった。

 ぼうっと考え事をしているうちにノエルに取り上げられてしまったらしい。

 意地悪をしてしまったとばつが悪く思っていると、ノエルが困ったように笑った。


「スイ、また変なこと考えてるでしょ」

「え? そんなこと……」

「無いって言える? スイってば、結構どうでもいい事でも真剣に考えちゃって節あるし」

「そ、そんなことないぞ」

「……本当?」

「……! だ、ダメだ! 今日のだけは絶対ノエルには言えない!」


 いつもの心配そうにのぞき込まれてしまうけど、今日だけはと耐える。

 同性のはずのノエルが可愛くてドキドキしてしまうなんて、本人に向かって言えるわけがない。

 ノエルの追及を必死に耐えると、ノエルは呆れながらも引いてくれる。


「分かった。スイったら強情なんだから」

「強情って言われても……」

「……スイ、これから一つ大事なことを言います」

「う、うん? なんだ、ノエル」


 ノエルが荷物を「よっ」と抱え直し、流し目に微笑む笑顔にローゼンの暗い路地だと言うのに、光が差し込んだかのように見入ってしまう。


「忘れないで。スイが自分の事をどう思って用途、僕は君のこと好きだよ」

「はにゃ!? にゃ、なにを言うんだ、ノエル!」

「あはっ、あはは。スイ、いくらなんでも動揺しすぎだって」


 突然、何を言うんだってぎゅっと襟巻を持ち上げにやけてしまいそうになる口元をおおう。

 驚きと興奮で体中に魔力と血が回ってしまい、ものすごく一気に熱くなる。

 きっと今、鏡はないけど、顔も真っ赤になっているんだろうなって分かるほど、体が熱かった。

 ノエルはそんなの余を見て動揺してるだけだと思ってくれたのか、悪戯に成功したリャーディのようにケラケラと笑っていた。


(こ、これ、余がからかわれている! 間違いない! ノエルってば、こっちの気も知らないで!)


 からかわれていたと分かってさらに頬が熱くなる。


「ノ! だって、ノエルが突然!」

「どうどう、落ち着いて。赤い布はぶら下げてないよ、ほら、薬だけ」

「ノエル! それはすごく侮辱だぞ! 余は牛人種(ミノタウロス)じゃない! それに胸だって大きくないだろう!」

「え? ……あ、ごめん、スイ」


 さっきまでからかっている風だったのに、ノエルが余の方を見た途端、すいと視線を逸らされてしまう。

 彼女の視線を追うと……余の体、ううん、胸の部分見た途端、顔を反らされていた。


「っっっ! ノエル! 謝るのはそこじゃない! そ、それに余だって希望ある! 姉はもっと大きい!」

「そっか。そうだよね、スイ。うん、諦めちゃ駄目だよ」

「ノエル! いくら上司でも駄目だぞ!」


 からかうにしてもあまりにいきすぎていたので、ついかっとなって大声で反論してしまう。

 相手が目上で貴族の可能性が高かったことを思いだしてハッとしたが、ノエルなはまた悪戯っぽく笑われる。


「あはは、大丈夫。僕はどんなスイでも好きなのは本当だよ?」

「むぅ、ノエルはまたそんなのとを言う。もう騙されないからな!」

「あちゃー、そうとられちゃうか……」


 余が悪戯に引っ掛からない姿勢を見せて胸を張ると、ノエルは肩を落としてため息までついていた。

 すっかりドキドキは消えてしまったけれど、ノエルはそんなに悪戯を続けたかったのだろうか。


「まあ、冗談はともかく、スイが不快なことを言ったのなら謝罪するよ」

「む、むぅ。本当に分かってるのか?」

「もちろん、スイは綺麗だし他人を慮れる優しい人だって分かってるよ」

「っ! ち、ちが、余は別にそう言うことを言ったわけでは……」

「まあまあ、とりあえず僕が言いたかったのは、変なこと考えて自信を無くさないでね、ってこと、ね?」

「うぅ、わ、分かった」

「うんうん。それじゃほら、いつまでも突っ立ってないで、次のお店を探そ? スイもお腹がすいてきたでしょ?」


 なんだかは荷物の事とか気持ちの話とか、色々ぐらかされた気がするが、後ろに回ったノエルに頭で背中を押されてしまう。

 たしかにいつまでも路地で止まっているわけにもいかないので、仕方なく歩き始めた。



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