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第十二節 魔力薬とノエルの商談 ――翠玉



「おじさん、この薬って何に使うの?」



 ドア越しの、くぐもったノエルの声が聞こえて、襟巻をきゅっと首に巻き付けながら耳を澄ませる。


 ノエルが手を引いて行ってくれたのは、中流層の中で薬が売っている小さく少しボロボロな店だった。

 大通りからそれほど離れてない路地。

 薬屋の看板を見つけたノエルが入りたいと言ったのだが、ローゼンの町は亜人に厳しい。余が行けば交渉が(とどこお)ると店に入ったすぐの場所で背筋を伸ばして待っていた。


 ノエルと店主殿のやり取りを見つめながら、暇な時間でついつい爺様のお願いを思い出し、表情に出そうになってしまう。


(ノエルはどうして余から力仕事を取り上げたんだろう。どうして、ノエルは余の事をそこまで優先してくれるんだろう。それに、この胸のドキドキは……。もう、なんなんだ、これ……)


 ノエルと一緒で嬉しいという歓喜と、ノエルの役に立てないという悔恨が混じりあって、今自分がどうしたいんだろうって、ずっとずっと分からない。

 ……ノエル。余はどうしたらいい。

 店主殿とやり取りをするノエルに視線を移す。


「おじさん、こっちの薬は? 他と比べると随分高いだけど」

「ああ、それは亜人に効く魔力薬って薬だよ。亜人で処置が早ければ刀傷くらいは後も残さず消えるらしいって噂だ。なんでも魔法塔からの輸入らしい」

「へえ、魔法塔ってことは中立地帯産かあ。亜人に効くってことは、人間にはあんまりって感じ?」

「さあなあ。でも人間に効くか分からない物は上じゃ売れないってんで、数も少なくてこの値段だ」

「なるほど。じゃあ、こっちは――」


 真剣に店主殿の話を聞くノエルの横顔が見える。

 薬が本当に好きなのか、交渉が好きなのか。

 余には分からないけど、余に向けてくれる優しさとは別の、彼の表情が胸に響く。

 ぽおっと見つめていると、頬がまた熱くなって、んっと喉が詰まりそうになったので慌てて目を閉じ背筋を伸ばすことに集中する。


(変なことを考えるより、今はノエルとの時間が大事。集中集中)


 心の中で頬叩いて、自分に喝を入れる。

 音を極力出さないように鼻で深呼吸をすると、薬屋の独特なツンと来る匂いに眉をしかめそうになり、ちょうど商談が終わったらしいノエルが頷いた。


「うん。この軟膏と、これがいいかな。それじゃあ、おじさん。お願い」


 満足いく品物を見つけたらしいノエルを観察していると、両手に抱えんばかりの薬の瓶や箱を抱えて居てギョッとしてしまう。

 慌てて駆け寄り、彼女の手が空くように幾つかすくい取っってカウンターに並べていく。


「持ち過ぎだぞ、ノエル」

「あ、スイ。ありがとう。おじさん、お代はこれで大丈夫?」

「あ、ノエルその量は……」


 ノエルが空いた手を使って持参していた袋から、支払いよりもだいぶ多い銀貨数枚をカウンターの上に並べる。

 指摘するべきか悩んでいると、店主殿が訝し気な顔をして一枚一枚確認していたので、口を閉じて店内の様子を見ていく。


 使いこまれている棚には、余でも知っている薬や、発光色の軟膏や小瓶。人間よりの薬よりも亜人寄りの薬が多くて面食らってしまう。

 どの薬もいつもお使いに行く上流層には売っていない多種多様な薬が置かれていた。

 ただ……。


(うぅ、店の入り口じゃわからなかったけど、質と色がバラバラで魔力酔いしそう……)


 単純に水の精霊様を信仰する余としては興味深いが、あまりにも雑多すぎて酔ってしまいそうで、このお店が少し古いのも分かってしまいそうだった。


「スイ、顔色悪いけど大丈夫?」

「ノエル……」


 顔には出さないように努力していたけれど、ノエルが目ざとく余の様子に気がついてしまって声をかけられてしまった。


「ごめんね、気配を消してくれてるのは分かってたんだけど、気分悪そうだったから。どうかしたの?」」

「ううん、すまない、ノエル。薬の魔力が喧嘩してて、酔いそうで……」

「薬の魔力で酔う?」


 ノエルが棚に目を向けるけれど、分からないらしく首をかしげていた。

 ノエルは人間だから、こういった魔力を感じることが無いのかもしれない。


「色……薬に込められてる魔力の特徴と、質がバラバラで……。大丈夫な人もいるんだが、余はこんなに集まったの魔力を近くで見たことなかったから……」

「あ、もしかして人間じゃない種族の人にはお店の中がきつかったりする?」

「ん……。あんまり長居はしたくはないかもしれない」

「お嬢さんたち、こんなに魔力薬を買うなんて、物好きだねえ。それに金銭にも緩いと見える。もしかしてどっちかは上流層の子かい?」


 深呼吸して気持ちの悪さを追い出そうと努力していると、銀貨をチェックしていたらしい店主殿にそう言われてドキッとする。

 慌ててノエルの後ろに隠れたが、店主殿にはバレていたらしく、余の角と余を庇ってくれるノエルを交互を興味深そうに見ていた。


 視線に嫌なものを感じてつい、下がってしまうとノエルはニコッと微笑んで余の前に出る。

 一触即発みたいな空気が流れ、内心でひやひやしていると、おじさんはへらへらしたまま両手を上げて、カウンターにさっきの銀貨の山から、三枚の銀貨を分けて寄せられて、思わず声を上げてしまう。


「あ、それは……」

「そっちの角の嬢ちゃんは気づいてたってことは、そっちの金髪の嬢ちゃんが上流層の子か」

「だったら、なに」

「そうだよ、おじさんは上流層に対して良く思ってない人?」

「の、ノエル。そんな喧嘩越しじゃ……」

「まさか。何も知らない御下がり様と比べたらお嬢さんたちは賢い方でさ。でも、銀貨の使い方は気を付けた方がいい。上流層だって手を振って歩くこたないでしょう」

「……そっか、銀貨って高いんだ。銅貨の単位しか注意してなかったけど……忠告、覚えとくよ」


 やっぱり指摘すればよかったかとノエルの苦い顔を見ながら後悔していると、薬を並べつつ店主殿は悩ましげな表情を見せる。

 薬を受けとろうとするとノエルが考えるように顎に手を当て「ねえ」と口を開いた。


「おじさん、中流層はある程度分かるよね」

「そりゃあ、住んでるし商売してるからある程度は分かるが……。見てのとおり、うだつの上がらない店に期待されても困りまさあ」


 店主殿が肩を竦め、ノエルがにやりと笑う。

 いきなり何の話をし始めたのだろうと思いながらも、傍らで薬を袋に詰めていると、ノエルがカウンターに身を寄せる。


「おじさんは薬に詳しい人を知ってる? 魔力薬とかにも詳しい人だと嬉しい」

「魔力薬? そりゃあ、仕入れの伝手で一応いないことはないですが……」

「じゃあ、それと最近で回ってる中流層の噂とか事件の話とかも教えて。代わりに、おじさんの店がある程度回るアドバイスとか、どう?」

「どう、と言われましてもねえ。上流層の知識となると中流層で使えるかどうか……」

「そうだねえ。じゃあ、亜人の話は? ソースはあっちの亜人の子だけど」

「あの角の嬢ちゃんが?」


 店主殿の訝し気な目とノエルの青い瞳に見つめられ、袋に詰めてた薬を片手に目をぱちくりとさせてしまう。

 話半分で聞いていたが、ノエルはどうして余の事を話題に出したのだろうか。

 何が何だか分からないという顔をしていると、店主殿も不思議に思ったようで、ノエルに無言の抗議を向けていた。


「スイ、さっきの話してあげて」

「さっき? ……あ、魔力酔いの話か?」

「まりょくよい? お嬢ちゃん。魔力酔いっていうのは……?」

「えと……」


 さっきの話と言われ、さっきしたばかりの魔力酔いの話を思い出す。

 話していいかの確認をノエルに求めると、いい笑顔で頷かれてしまった。

 仕方なく薬をカウンターに置いて店の棚をいくつか見て、喧嘩している魔力がある商品を指さす。


「あそこと……あそこの棚。それとあそこ。魔力が喧嘩してて、近くを通ると酷く体が圧迫される。それこそ、魔法塔とか魔法を学んでる人間以外は酔ってしまう、と思う」

「魔力が喧嘩? 聞いたことないな」

「魔力が無い人間には見えない……と最近知った。から、人間様は知らないんだと思う。魔力薬が効きやすい亜人の町や、扱いを知ってる集落では、最低でも同じ属性の薬を商品として並べているから、あまり知られてないんだと思う」

「はあ……。その魔力酔いをするとどうなるんだい?」

「少なくとも余の……自分の話になるが、この店に一分一秒でも居たくない、と感じてしまうかもしれない。強い魔力は運命を捻じ曲げると魔力を持っている種族の中では有名だし、なにより、魔力酔いをしたら、体の中と外がぐるぐる回って眩暈(めまい)に似たような感じがずっと続く……とか、そういう症状が出る」

「ちょ、す、スイ!? そんなこと教えてくれなかったけど、大丈夫!?」

「余は、戦いに慣れてるから、ちょっとは大丈夫だぞ」

「そ、そっか……」


 ノエルがすごく慌てて心配してくれて嬉しくなりかける。

 でも、あんまり心配させるために話した事じゃなかったので余も慌てて手を振って否定すると、ノエルは本当に安心したみたいに息を吐いていた。

 どうやら、心当たりがあるらしく、店主殿は納得したようにうなずいていた。


「なるほど。それでうちに来る亜人のお客さんはいつも嫌な顔をして帰っちまったのか……」

「……ねえ、スイ。話を聞いてて思ったんだけど、そう言う事情って商人ギルドの人たちって知らないのかな?」

「え? 商人ギルドは亜人がメインのギルドだから知ってると思うけど……」

「へえ。じゃあ、おじさん。商人ギルドから説明はされなかったの?」


 ノエルの疑問に、確かにと目からうろこが落ちる。



 商人ギルド……いわゆる商業ギルドとか、商業組合と言われる、商人の太刀のためのギルドだ。行商や店を開くうえで登録すると、急務や防衛のために冒険者の派遣や様々な支援を受けられる組合なのだが、本部があるここローゼンカッツェはあまり亜人を好ましく思ってる人が少ない。

 そのため、力は国王並みに持っているが、民事や戦争などには不介入を決めていると聞いているが、魔力酔いの話なら確かに商業ギルドは知っているだろう。



 しかし、店主殿は気まずそうに目を逸らした。


「俺もしようとはしたんだが、角の嬢ちゃんには悪いが、亜人薬を売るって商人ギルドに登録しようとしたら、町の奴らから嫌がらせを受けてたんだ。町の資金を亜人に流すつもりかあってな具合で」

「それはまた。まあ、仕事を取られる人もいるから気持ちは分からなくはないけど……」

「ってなもんで、組合に伝手も無くてな。流れの旅人や行商人から仕入れてきたから、そう言う事情は知らなかったんだ」

「おじさん、よくそれで生活できてたね」


 余はさすがに言わなかったのに、ノエルが至極もっともなことを言ってしまった。

 店主殿も痛いところを突かれたのか、本当に気まずそうだった。

 しかし、気を取り直したかのように店主殿は「角の嬢ちゃん!」と声を上げる。


「すまねえ、お礼は言われた通りに考えるから、薬の並び替え、手伝ってくれねえか」

「え? よ、余は構わないが……」

「してあげて、スイ。僕も気兼ねなく情報をもらえるみたいだから。僕のためだよ」

「ノエルのため……! じゃ、じゃあ、店主殿。まずは店の入り口の方にあるあの薬を早急に動かした方がいい。正直、吐きそう……」

「分かった! こりゃ久しぶりに気分が上がるねえ!」


 ノエルの役に立てると心が浮足立った余は、さっそく店主殿に移動をした方がいい薬の指示を出し、移動させてもらう。

 結局、ノエルの商談は、薬屋の店主殿の手伝いになったのだった。



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