第十節 役に立てているのだろうか ――翠玉
余はずっとずっと考えていた。
迷惑ばかりをかけている余に、意味はあるのかって。
ずっとずっと考えている。
ノエルの傍に居て、仕事をもらって……ノエルの役に立てているのかって。
故郷でも、戦いが嫌いで、傷を治す術と魔法を学んでも上手くいかない。
いざ戦っても周りにいる者を巻き込んでしまう……。
戦場でも治癒士としても役に立たない、落ちこぼれの鬼。
そんな鬼が、恩人のノエルの役に立てているのかなって。
ずっとずっと、不安だった。
役に立たなければ、また捨てられてしまうんじゃないかって。
里みたいに。冒険者の仲間みたいに。
それがずっと怖くて……。
どうにかしたくても、余が頑張れば頑張るほど何もするなって、戦いだけでいいって言われて……。
余には、それが出来ないのに……。
どうすれば、良かったんだろう。
どうすれば、余は――。
「……イ……ス……スイ?」
ずっと考え事をしながら歩いていると、肩を揺さぶられる。
ハッとして顔を上げると、そこには多くの人が行きかう、中流層の市場が広がっていた。
ここは、ノエルと働いているお屋敷から少しだけ歩いた場所。
王城からまっすぐ伸びた通りを進んでいくと下流層へ続く関所があり、ここはその途中にある"市場通り"と呼ばれる通りだった。
"市場通り"はその名のとおり、たくさんの人が行きかう一番大きな通りになっていて、通る人をターゲットにした市場が広がっている。
右を見れば果物の屋台が、左を向けば干物や研磨された武具や出回るのが多い金属の装飾品が。
下級層の方へと行けば冒険者ギルドが。上流層の方には商業組合がある……いわば、王都ローゼンで最も人が多い、王都の心臓部ともいえる場所だった。
市場通りの入り口。そこで歩きながら考え事をしていたら、ノエルに肩を揺さぶれていたらしい。
目をぱちくりとさせていると、このままじゃ危ないからって脇に避けて、ノエルが余の顔を覗きこまれてしまう。
蒼い瞳を心配そうな形に変えて、人形のように整った可愛らしい顔立ちの横で、日の光を受けて金髪がキラキラと揺れていた。
お人形さんのように美しいノエルに見惚れ、またぼうっとしてしまい……。
自分が呆けていると自覚して思考が軽くなって、頬が熱くなった。
「あ……。ううん。どうしたんだ、ノエル」
「スイ、大丈夫? ぼうっとしてたみたいだけど、疲れた?」
「ううん。ちょっと考え事をしていただけだ」
「そう? よかった。いつもみたいに虚空を眺めてただけなんdな」
「む、むぅ。いつもボケッとしてるみたいに言われるのは心外だぞ、ノエル」
「え、いつもしてるよ?」
「そ、そんなことはない! はず……。よ、余だっていつもぼうっとしてるわけじゃない!」
「あはは、ぼうっとしてるだけならよかった」
「だから、ぼうっとなんて……」
まだからかってくるノエルに言い変えそうとムッとしてノエルを見返すと、目を見た瞬間にふっと微笑まれてしまった。
また、その瞳にドキドキとしてしまって……。
きゅっと唇を引き結び、固まっていると、ノエルは恭しい仕草で一歩下がり、手を差し出された。
「ほら、素敵な鬼のお嬢さん。僕が案内しますよ」
お屋敷で習った紳士の仕草で、ノエルが……メイド服のノエルが紳士のように腰を折って手を差し出してくれる。
顔の良い男の子みたいなノエルがするとあまりにも様になっている所作と、彼女が今着ている上等なメイド服との不和があまりにおかしくて……。
その姿に思わず吹き出してしまって、ノエルにムッとされてしまった。
「あー、スイ、笑ったな?」
「あはっ、ごめん、ノエル。あまりにも似合わなくて」
「ぐっ、似合わな……。って、ああ、そっかメイド服か。うーん、ならしょうがないかなあ」
ノエルが何やら難しそうな顔をして悩んでいるけれど、やがて仕方なさそうにため息をつかれてしまった。
……似合っていると言った方がよかったのだろうか。
機嫌を損ねたかと少し心配をしていると、ノエルが余を見てもう一度手を伸ばしてくれる。
「ほら、行こっか、スイ」
「……うん、行こう、ノエル」
差し出されたノエルの手を取る。
すると、今まで考えていたことが軽くなるような気がしてホッとした。
「ほら、今日はせっかくもらった休暇で、市場調査と買い物に来たんだから、スイも楽しんで」
ノエルはそう言って余の手を引っ張ってくれる。
嬉しそうに手を引くノエルを見ながら、余は今日の事を思い出して、少しだけ複雑な気持ちになるのだった。
* * *
きっかけは、今朝。
余が目を覚ました後の事だった。
屋敷内の静かな音で目を覚まし、窓から入ってくる光を目を擦って遮ると、体にかけていた布がズレ、朝の冷たい風が吹き込んでくる。
体は布からはみ出ていないのに、角が風を直接受けて体が冷えてしまう。
こういう時は本当に鬼に生まれたことを恨んでしまいそうになった。
「んぅ、あさ……?」
ぼうっとした頭でつぶやいて、のっそりと体を起こす。
部屋はガラっと空いた部屋の中。シンプルな造りになっていて、化粧が置いてあるテーブルと、皆にもらった襟巻きと服が入っているタンス。
ドア横のフックには、洗濯された支給の白いエプロンドレスがかかっていて、その下には草木を編んで作られた洗濯物を入れる籠が置かれていた。
どの家具も焦げ茶色に統一されていて、部屋の中が落ち着く印象でまとめられている。
ノエルが言うには、メイド全員に与えられているという個室だという。
豪華すぎて落ち着かず、ノエルに抗議をしたら、
「僕からしたらスイはこの部屋でも全然狭いくらいだよ。それに全員に支給してる部屋だし、スイには見合う仕事をしてもらうから大丈夫だよ」
と押し切られてしまった。
もうしばらくお世話になっているけれど、余はまだこの部屋に見合うほど役に立ててないと思う。
そんな豪華すぎる部屋に辟易しながら、目をこすって今日の予定を思い出していく。
「ん、そうだ。起きなきゃダメだな。えっと、今日は朝会議で今週の予定……あさ……」
段々と事実を思い出して顔から血の気が引いていく。
慌てて窓の外に目を向ければ、薄くではあるが日が差し込んでいて、うかうかしていたらあっという間に太陽が昇ってしまうだろう。
「っ! 大変! 時間!」
従者の朝は早い。
日が昇りきる前に旦那様を起こしに行くメイドも居るはずで、そうなれば、この時間はもう朝会議が始まっててもおかしくない時間だった。
思考する時間も惜しく、ベッドから跳び起きてタンスの中にある継ぎ接ぎのワンピースに着替えるために服を脱ぐ。支給されている下着も身に着け、脱いだ服をランドリーメイドが持っていく籠に放り込んだ。
そのまま首を隠す襟巻に手を伸ばそうとして……手が止まる。
この屋敷に居る人たちは、良い人だ。
首元についた大きな傷に触れる。
ノエルも、先輩メイドも、爺も。
もう首の傷を隠さなくても余を仲間として認めてくれるだろうか。
「……ううん、甘えるのはダメだ。この傷は醜い傷なんだから」
止めていた手を動かして、ノエルがくれた襟巻を首に巻く。
今は雨がよく降る季節らしく湿気で熱くはあったが、それでもこの襟巻を手放すわけにはいかない。
手櫛で寝癖を整えつつ、忘れ物が無いかって部屋を確認してから朝会議の場所である厨房へ向かった。
急いで向かうと、厨房の壁にノエルが腕組をして寄りかかっているのが見えて、ノエルだ! と嬉しくなる半面、ピシッとした緊張感が走る。
朝会議――それは、この屋敷に住んでいるメイドや庭師といった人々が朝食前に集まり、その日や一週間の予定を大まかに決める時間だった。
そのほかにも事前に知っておかなければいけない賓客の情報を共有する時間としても用意されている。
旦那様が起きる前だったり、朝食を召し上がったりしていて時間が前後するけれど、今日は早めに集まる予定だったのだ。
今日だって厨房で開かれる予定だったのに、厨房の前にノエル……メイドの管理役が立っているということは、余も遅刻でやらかしてしまったという可能性が高い。
考えるだけで胃がしくしくと痛くなった。
余が背を丸めながら厨房に近づいていくと、ノエルが気がついたのか世に向かって手を振ってくる。
トタトタと急いで駆け寄ると、ノエルにニコッと綺麗な微笑を向けられた。
「スイ! よかった、遅かったけど大丈夫?」
「す、すまない、ノエル。起きれなくて……。あ、朝会議、間に合わなかっただろうか?」
「うん? ああ、まだ大丈夫だよ。僕はスイを待ってただけだから」
「そ、そうなのか? よかった……」
まだ大丈夫と言われほっと胸をなでおろす。
ただでさえ役に立てていないのに、朝寝坊までしてしまったら、本当にノエルに面目がたたなかった。
安心していると、ノエルが「よっ」と言って壁から離れる。
「それじゃ、入ろうか。みんなも待ってるよ」
「う、は、はい」
ノエルに促されて厨房に入ろうとする。
ドアノブ手をかけた瞬間、人の気配がしてぶつからないように下がると背中に何かがぶつかってしまう。
振り返ると、ノエルが華の頭をさすっていた。
「の、ノエル。大丈夫か?」
「うん。スイの壁にぶつかっただけだから」
「ご、ごめん、ノエル。扉が開いたから立ち止まってしまって……」
綺麗なノエルの顔に傷がついてないかとあわあわしていると、背後で「あら」と頬に手を当てたような声が聞こえてくる。
「うふふ、声がしたと思ったらノエル様とスイギョクちゃんだったのね」
もう一度厨房の方に目を向けると、先日、ノエルの要件を伝えに来てくれた"先輩"が居た。
"先輩"は名前を聞いても答えてくれない不思議な人で、やんわりとした年上のような雰囲気を感じるが、年下のような愛嬌も併せ持った不思議な人だった。
糸目であらあらと言っているイメージがあるのだが、どういう人なのかは余も良く分かってない。
「スイギョクちゃん、みんな待ってたわよ」
先輩はそう言って余たちを出迎えてくれた。




