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第八節 スイの淹れ方は芸術的だった ――ノエル



「ほ、本当にこれで良いのだよな!?」



 及び腰で陶器のポットを両手で持ったスイは、プルプルと震えながらそう言った。


 場所は、広々とした屋内のキッチン。

 日当たりは良く、遠くの国から運んできた赤レンガで組まれたかまどや、ローズウッドの長テーブルを置いたキッチンメイドたちに評判の台所。

 そんなキッチンの長テーブルには、スイの紅茶を淹れる練習用に用意されたカップが四つ置かれていた。


(ああ、力を抑えてくれてるのか、スイの手が震えてる。本当、健気だなあ。割ってもせいぜいスイの給料分くらいしかないのに)


 見ているこちらが怖くなるほど、ぷるぷる震える両手でポットを持つスイを眺めながら苦笑する。



 本来、今日のスイのお茶の訓練に僕が付き添う必要はなかった。

 爺かキッチンメイドの方が紅茶を入れるのは上手いし、それこそ男爵家のメイドの方が上手かったはず。

 だけど、爺か件の男爵家のメイドが気を利かせたのか、これからスイが練習するから旦那様がどうぞ! と仕事を押し付けてきたのだ。


 最近、スイがなんだかそっけない感じもしていたので、上司の僕が一緒じゃない方が良いのでは? と遠慮したのに、爺と結託したからか遠慮容赦なく主である僕を引っ張ってキッチンに連れてこられてしまった。

 例のごとく、メイド服で。

 迷惑かなってキッチンに顔を出した時、案の定スイは驚いていたから、帰ろうと思ったんだけど……。


「ノエルに教えてもらえるの、楽しみだ」


 なんて、とてもいい笑顔で言われてしまったら、拒否という選択肢は頭の中から消えていた。

 まあ、今日の予定は帳じりを合わせないとタダメだけど……。

 スイが喜んでくれるならいいか、と今は忘れることにした。


 

 密かに心を浮足立たせていると、スイが不安そうに僕とポットを順番に見ている。

 彼女の手はいまだにプルプル震えていて、むしろ見て居た方が不安になりそうな手つきだった。


「の、ノエル? ほ、本当に大丈夫なのか?」

「え? ああ、ごめん。えっと……」


 試しに石鹸の匂いと蒸し過ぎて薄くなってしまった紅茶の香りが漂って来る。

 後でスイが香りの薄さに気付けたら指摘してあげよう。

 それはそれとして、ずっとプルプル震えてるのはハラハラしてしまうから何とかしてほしくはある。


「そうだな……。スイ、カップに注ぐときはスープをかき混ぜる時みたいに回しながらね。そうすれば初めてでもお茶がカップの中で回ってくれるから」

「ま、回しながらだな! 分かった!」


 ものすごく真剣に頷かれ、まるで大釜でも回すみたいにポットを回し始めてしまった。

 止めようと思ったけど、カップを見ると注がれる紅茶は一滴もこぼれずカップに集中していて、まさに一週回って芸術的だった。


「わあ、カップに注ぐのはすごい上手だね」

「ほ、本当か?」

「たぶん」

「たぶん!?」

「でも、挙動が大きすぎて他のカップに肘をぶつけそうだから、ちょっと抑えめにね」

「お、抑えめ?」

「そう、抑えめに。あと、注ぐときの回しながらって言うのは中の紅茶が少し回るくらいのやり方だよ、スイ」

「中の紅茶が回る……?」


 スイが僕の言葉を復唱して固まってしまう。

 馴染みがないからか、僕の説明だと中々頭に入らないみたいだった。


「うーん、これは言うよりも見せた方が早いかな。……ポット、一回置けるかな、スイ」

「ポット、置く。分かった。置くんだな」


 カタコトになって、スイがポットを置こうとしてくれる。

 慎重に置こうとする彼女の袖が、カップの持ち手に引っ掛かり大きく揺れた。


「あ、スイ、危ない!」

「え?」


 カランカランと机の上を転がり、テーブルから自由落下を始めてしまい、とっさに手を伸ばした。

 伸ばした手の中にに硬い感触が落ちてきて、ほっと安堵の息が漏れた。

 ダメかと思ったけど、なんとか間に合ったみたいだ。


「あっぶなかった……」


 なんとか受け止められたことに安堵しながらカップをテーブルの上に戻す。

 カップが割れなかった事はどうでもいいが、あのままカップが割れたらスイがきっと落ち込んでいただろう。

 案の定、横のスイはあわあわと僕とカップの両方に手を伸ばしてどうしていいかわからなくなっていた。


「ご、ごごごごめん、ノエル。余、見る余裕が無くて!」

「はいはい、大丈夫だよ、スイ」

「本当にごめん、ノエル……慣れない事で見れてなくて、ノエルがケガをしてほしくないって思って、えっと……」

「ほらほら、目が泳いでるけど落ち着いて。僕もケガをしてないし、カップも割れてないから。ね?」

「う、うん」


 スイを慰めながら、今のは本当にファインプレーだったなあと自画自賛する。

 どうも、過去になにがあったかは知らないが、スイは失敗に大差る罪悪感が半端じゃない。


 現に今も、自分の失敗を重く受け止めすぎて深刻そうな顔で僕を見ている。

 練習なのだから、費用なんて気にせず失敗してもいいのにとは思うけど……。そこは貴族と平民の違いなのかもしれない。


(ただ、困ったなぁ。これだと下手に外の人は呼べそうにないし、治癒士はしばらくお預けかなぁ)


 ただ、今の問題はスイを引き留める方法だ。

 失敗をここまで恐がられると、自信をつけてくれるまで彼女の指導を他人に任せるわけにはいかない。

 幸い屋敷の人間は優しいみたいだけど、これで外の誰かにボロボロにされて屋敷をやめられても困る。


 こうやって目の届く位置でわたわたしているのは非常に可愛いけど、絶望した表情までされてしまうと心が痛くなってしまうのもあるし、最低でもこの屋敷では怖がる必要はないとちゃんと教えてあげないといけない。


「ほらほら、スイ。落ち着いて? とりあえず、僕の手に集中、集中」


 意識されてないのをいいことにさりげなく彼女の手をとる。

 スイの手の感触と押さえつけるような震えが伝わってきた。

 緊張と恐怖で冷えてしまっている手先をさすって温めてあげながら、冷静に諭すように話しかける。


「ほら、カップと僕の手を見てスイ。カップは割れてないし、僕の手も毛が一つないでしょ」

「ほ、本当か? すり替えたり、ルナールや魔族の魔法で幻覚だったりしないのか?」

「魔族ってそんな魔法使えるんだ……。それはともかく、僕は人間だし、奇術師でもないのは知ってるでしょ?」

「う、うん。ノエルは、人間だ。とっても優しい人間様」

「お、おお、うん。ちょっと過剰な誉め言葉で照れるけど、落ち着いたみたいだから、一回休憩しようか」


 へにゃっとした笑顔を向けられて逆に僕が照れそうになり、椅子を引っ張ってきてスイを座らせてあげる。

 彼女が練習用で入れていたポットを取って、カップにお茶を注げば、僅かに茶葉の香りが広がった。


「ん、初めて入れたのに香りが出てる。十分すごいよ、スイ」

「そ、そうなのか?」

「うん。あ、スイのお茶はスイが自分で淹れたのを飲んでみて」

「わかった、ありがとう、ノエル」


 練習のためにポットの中身に入っていたお茶も残りのカップに注いでいき、スイが最初に入れたカップを、最後に入れたカップを自分の元へ持っていく。

 ポットに残していた"最後の一滴"は初心者には渋いし、せっかくスイが淹れてくれたので僕がもらうことにした。

 座ってくれたスイにカップ渡して僕も椅子に座る。


 僕が紅茶に口をつけると、スイが遅れてカップを口にする。

 毒味……ってわけじゃなくて、スイは僕が飲むのを確認してから口をつけたから、もしかしたらスイの里のマナーなのかもしれない。

 かわいいなあって思いながら観察をしていると、スイがお茶を口に含んだ途端、渋そうに眉を寄せているのが見えてくふっとカップの中で噴き出しそうになった。


「紅茶というのは、渋いんだな……」

「あはは、味よりも香りを楽しむ者だから、慣れてないとそう感じるかも。僕が子供のころも渋いなって思ってたし」


 本当は毒味を交わさずとも毒を判断しやすいとか、作られる茶菓子に合わせているとか色々事情はあるんだけど、それはまあ後で教えればいいかな。


「ノエルでも渋いと思ったのか?」

「うん。といっても、湿地の薬草茶程じゃないし、砂国とかにはミルクと合わせるためにもっと渋いお茶とかもあるから、慣れかもね」

「そうか……。でも、この紅茶はもっとおいしかった。ノエルが淹れてくれた物より色も匂いも薄い……」


 素人のスイが香りと色の違いに気が付いたことにへえと驚く。

 思ってたよりもスイは目端が利くのかもしれない。

 ……いや、気がついちゃうから落ち込みやすいのかもしれない。


「大丈夫、初めて挑戦したのなら、色が出せてるだけでも十分だよ。蒸らしと保温は季節にもよるし、難しいから」

「蒸らしと保温……。うん。紅茶を入れるのがこんなに難しいなんて初めて知った」

「あはは、お茶の道は一日にして成らずだね。立派なメイドになるのはまだまだ遠いよー?」


 現に僕も知識はあるものの居れた回数もあってキッチンメイドと比べると腕は落ちる。

 お茶に限った話じゃないが、どの仕事も経験と知識が物を言うものは多い。

 ランドリーもキッチンも専門分野だし、接客知識と見目が必要なパーラーだって専門だし、執事はある意味オールワークス……すべてを兼任する仕事だ。


 彼女や彼らと比べると僕だって立派なメイドには程遠い。

 ……いやまあ、僕はそもそも男だし、メイドじゃないんだけど。

 黙ってスイのお茶を堪能していると、スイがカップを下げて膝の上に手を置いてしまうのが見えた。


「ノエルはすごいな、本当に」

「……どうしたの、突然」

「余は役立たずだし、失敗ばかりで先輩メイドにも世話をかけてる。ノエルはお茶も入れられるし、掃除も出来るし、服もメイドたちに選んでくれると聞いた。それに、余たちメイドの管理や食糧庫の在庫確認に、薬まで作ってるだろ?」

「まあ、おおむねそう、かな?」

「余がメイドの仕事を一所懸命にやってる間に、ノエルはたくさんの事をしてる。そう思ったら、ノエルは本当にすごいな、と……」

「え~? スイにそこまで言われるのは嬉しいなあ」


 純粋に好ましく思ってる子に褒められるのは癒しとしては最上級だ。

 ただ、今日は僕のためのお茶の訓練じゃなく、スイのための訓練だし、ちゃんとスイに自信を持ってほしいので少しだけ考えさせてもらう。



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