2032年 夏
その日は特に暑い夏の日だった。
最高気温42度、最低気温36度。
京都の夏は暑すぎる。
「ねー。
やっぱり田舎のおばあちゃん家に行こうよー」
柚月は、買い物袋を車から下ろすのを手伝いながら、
同じく額に汗をかいている父にぼやいた。
「今はなつちゃんの休みが取れないんだから無理やって。
正月にまた行こう。な?」
「ぶー」
このくだりは、この夏五度目である。
毎年、佐久間家では、
母の実家がある福岡に一家で里帰りしている。
柚月は今年も行く気満々であったが、
母が仕事の休みを取れず、
今年の夏はどこへも行かない夏となった。
「ばあちゃん、そろそろ会いに行かんと、
ぽっくり死んじゃうんやないー?」
口を尖らせながらぼやく柚月を、
父は諌めることも咎めることもせず、肩をすくめて家に入った。
「とーはほんま、かーの言いなりやなー」
柚月は不満顔のまま、
買い物袋を少し乱暴に揺らしながらドアを閉めた。
「ポカリはー?」
父が台所から顔を出す。
「アイスー!バリバリバー!」
柚月が主張する。
「ええから、先に手洗っといでー」
父に急かされ、洗面所へ向かう柚月。
佐久間家は、家事育児の主体を父の輝秋が担っている。
母は医者としてバリバリ働き、
父は昔ながらの小さな書店を経営している。
経営、と言っても客はほぼおらず、
営業時間も父の気分で変わる。
その緩さもあり、
柚月の学校行事には必ず父が顔を出した。
友達の家は両親が揃って応援に来る運動会も、
我が家の場合は父が大きなクーラーボックスを抱えて応援に来る。
母は仕事があるようで、
毎回一瞬顔を出しては、知らぬ間に居なくなっている。
手を洗い、台所へ向かうと、
父が冷凍庫を漁りながら苦笑いをしていた。
「ゆず、ほんまごめんやけど……」
「やだ!」
「アイス、切れてた!」
柚月の拒絶と父の悲報が重なる。
「ごめんごめん。
カード使っていいから好きなん買ってきてくれん?」
父は少し申し訳なさそうな顔をしたが、
柚月はカードを使っていいという言葉に心の中でガッツポーズをした。
「もー。しょうがないなー」
柚月はさっとカードを受け取り、
足取り軽く家を出て、外の暑さに呻いた。
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コンビニから出ると、柚月はアイスの袋を破き、
ゴリゴリバーの形が崩れないよう、慎重に中身を取り出した。
日射はだいぶ和らぎ、もうすぐ夕暮れだ。
アイスを舐めながらの道すがら、
柚月はあと10日しかない夏休み、何をしようかと考えた。
宿題はほとんど終わっている。
まだ高校1年のため、特に塾などには行っていない。
父は母がいなければ、旅行に行くことはない。
「暇だー」