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黒になる

作者: 夏城燎



 この世界の人間は区別できる。


 数年前から爆発的に広がった『白花黒花病(バイオタキシス症候群)』は、

 今やかかっていない人間がいないくらい当たり前な物となった。


 その病は『ポジティブ思考』や物事をあまり深く考えない人間の頭に『白色の花』を咲かせ。

 その病は『ネガティブ思考』や物事を深く考える人間の頭に『黒色の花』を咲かせると言う。

 まるで小説の世界の様な、ファンタジーな病気だった。

 原因は未だに不明だし。

 分かっていないことが大半だけど。


 病は爆発的な広がりにより、ある意味それは人の体の一部になった。


 僕はもちろん、白い花だ。


 一本の緑の茎に花びらを四枚つけている植物は、いつも僕の頭からぽつりと生えている。


 触っても何も感じない。

 引っ張っても抜けやしない。

 そんな奇妙な物が、鏡に映った自分と一緒に揺れていた。


「――――」


 僕は自分が白い花を持っていることをある意味誇りに思っている。


 白い花は。すなわち、ポジティブ思考の証明。

 持っているだけで。

 ある意味『いい人間』なのだ。

 だから僕は今日も。


「おいナツ!! 俺の昼飯も買ってきてくれよ」


 ポジティブに生きるんだ。


「うん!! 分かったよ!!」



――――。



 高校のクラスは白-1組だった。


 青空を飛んでいる鳥は暖かい風を自由に下り、

 校舎を見下ろせる屋上へ足をつけた。

 その鳥の足元に教室があって、

 四階の一番端の部屋が僕のクラスだった。


 このクラスには白色の花を持っている人間が集められていた。


 黒い花を持つ人間と、白い花を持つ人間。

 同じ人間だけど、もちろん考え方や価値観はまるで違う。

 だから区別される。

 争いを起こさないようにだ。


「これでよかったかな?」


 僕は買ってきたパンを袋から取り出し、

 目の前の男子に差し出す。


 すると男子は僕を見て、眉間にしわを寄せて。


「あー? 声がちいせぇぞナツ」

「こ、これでよかったかな!!」


 この時間のクラスは騒がしい。

 なんせお昼休憩だからだ。

 色んな人物が席を移動し、友達と夕食を過ごす。


 まるで青春を写し取ったような教室だったし、みんなの頭には白い花が揺れていた。


「え? 明太子パンって。お前俺の好み分かってねぇな」


 そう僕の机に足を乗せながら、カースト上位の男子は唾を吐く。

 どうやら僕は、彼の怒りを買ってしまったらしい。


「ごめん。好みを教えて貰えれば、次はそうするよ!!」

「ん、とりまよこせ」


 僕の自腹の明太子パンを乱暴に奪った彼は、

 袋を開けて、

 握りつぶしそうな握力のままパンの匂いを嗅ぐ。


「うぇ」


 彼の右手は脱力し、パンを床に捨てた。


「今度からはカレーパンにしてくれ、分かったなナツ」


 彼はまるでパンを作ってくれているおばあさんに何の罪悪感のないように、頭の白い花を揺らしながら冷たく言った。

 僕はその捨てられたパンを見て。

 すぐにそのパンを僕は拾って、


「分かったよ!」


 そうだね。次があるから大丈夫だ。

 次にこの間違いを活かせばいい。次に同じ間違いを犯さないようにすればいい。


 次こそは捨てられないように、がんばるぞ~。


「駅まで鞄持ってくんね?」


 そうだね。そのくらいやらなきゃ、友達じゃないよね。


「ねえナツ~ウチのマニキュアここらへんで落としたからさ、探しといてくんない?」


 そうだね。落としやすいもんね。

 前はここら辺だったけど、どうやら今回は違うらしいし。

 きっと彼女も、ミスを次に活かそうとしているだろうし。

 僕も次に活かして頑張ろう!


「ナツ、むしゃくしゃするから殴らせろ」

「………」


 そうだね。次があるから大丈夫だ。

 次こそは殴られないように、がんばるぞ~。









「………」


 これが僕。

 懐村なつむらナツ。

 高校一年生だ。


 人通りの少ない河川敷で、片方のほっぺを赤く染め夕日の光が届かない線路下で息を吐く。

 上の橋で電車が通過して、下にその振動が伝わってくる。


「――――」


 こんな惨めな気持ちは毎日感じている。

 でも僕は、それでも僕は、白い花でいなきゃいけない理由があった。


「次がある。うん、あるんだから」


 頑張ろう。明日も。

 この日々を少しでも変えるために、努力しよう。

 努力……っ。


「オエェ」


 もうそろそろ、嫌いになりそうだ。


 努力と言う言葉が。


 僕が惨めで、僕が耐える。

 でも耐えなきゃ、僕は黒になってしまう。

 黒になったら、今の教室からも変わり黒いクラスへ行かされる。

 もう入学から半年経ってるんだから、馴染めるわけない。

 そう、中学もそうだった。馴染めないんだ。

 だから白でいなきゃ。

 だから、白でいなきゃいけないんだ。


 あ……。


「駄目だ、ポジティブに」


 今日はいい天気だなぁ。

 今日も学校疲れたし、早く帰って、ご飯を作って、課題して、寝て。

 また明日も学校行かなきゃなぁ。


「大丈夫ですか?」

「え」


 思わず小さな声が飛び出す。

 唐突に、上の電車と共に吹き抜けて来た言葉は、恐らく半年ぶりに聞く単語で。

 僕はいつの間にか両手を地面に付いていたから、僕は自分の重い顔を上げた。


「気分が悪いなら病院に」


 黒いワンピースが夕日に照らされて、鞄についているストラップが音を立てる。

 視線を上に流していくとだんだん見えてきたのは、いや、逆光のせいでよく見えなかったけど。

 黒いショートカットで、耳にピアスをしている。

 美女だった。


 見惚れるとはこのことなのだろう。

 男でも女でも、美形の人間は目の保養だと昔父が冗談めかしく言っていたけど。

 その理由が何となく分かった。

 実際僕は、きもいけど、9秒くらい見惚れてしまったからだ。


「じろじろ見すぎですよ」

「え、あっ! す、すみません」


 思わず僕は飛び上がり、すぐに視線を逸らす。

 さ、流石に気持ち悪かったのだろう。それもそうだろう。

 ああ、なんてことを。


「で、体調は大丈夫なんですか? さっき、川に吐いてたから」

「えっ、あ、ああ。大丈夫、だと思います。ただ酔っただけなので」

「電車酔い?」

「おそらく」


 そっか、河川敷の堤防を登れば、駅がすぐそこにあるんだった。

 確かにそれなら電車酔いと間違われても仕方がない。のかな。

 まあいいか。

 それの方が都合がいいし。


「酔い止めがあるので使いますか? 私も電車苦手で」

「そうなんですね。じゃあ、お言葉に甘え――」


 僕が受け取ろうと立ち上がった時、今まで見えなかったそれが視界に飛び込んできた。

 ユサッと音を出し、僕と僕の白い花は立ち上がると同時に。

 僕は彼女の頭の物を、見てしまったのだ。


「……ろ」

「この酔い止めで楽になってくれればいいんですけど」


 彼女の頭に揺れていたのは、紛れもない黒の花だった。


「……ありがとうございます。すみません、用事があるので僕はこれで帰りますね」


 思わず思考が停止したけど、また動かなくなる前に理性が働いた。

 その理性は呪いのように、僕は彼女とすぐさま離れた方がいい耳打ちしてくる。

 だから僕は酔い止めを少し乱暴に受け取り。


「さようなら」


 とくに彼女の言葉を待たずに、僕は彼女を追い越して、堤防を登った。


 登ってから気が付いたけど。

 多分さっきまで、暗い場所にいたからだろうけど。

 やけに背中を夕日に差されているような気がして、心に圧迫感を感じて。


 とんでもなく心が重くなったのを感じた。



――――。



「――なる」



 僕がどうしてここまで白い花であることを意識しているか。

 始まりは遡る事三年前。

 中学に上がる頃だった。


 春風が気持ちよく、これから始まる新世界に希望を抱いている時。

 飛び交う桜の花びらが届けてきたのは、新しい世界の門出と、カッコイイ黒の制服と、


「………え?」


 父親の事故死だった。


 居眠り運転をしてしまったトラックが、青信号を突っ切り父を轢いた。

 即死だったらしい。


 父は『黒い花』を持っている人物だった。

 母は『白い花』を持っている人物だった。


 珍しいカップルであり。

 白と黒は基本的に相性が悪いとされているのに、僕の両親は結ばれ、子供を作った。

 大きな段差がある土地で、気を抜くと坂から転がり落ちそうな道路の前に一軒家を構え。

 僕ら家族は暮らしていた。


 母と父は仲が良かった。

 時々喧嘩をしたりしていたけど、必ずすぐ仲直りをするくらい。仲が良かった。

 母は明るく、父は髭を蓄えやつれた顔をしていたのを覚えてるけど。

 もう随分時間が経ったから、父の顔を鮮明には思い出せない。


 でも、いい父親だった。

 じゃなきゃ死んだとき、僕はあんなに号泣はしなかっただろうから。


 父が死んだとき。

 母は少しメンタルがおかしくなった。

 白い花の癖に、母はどこか、落ち込んでいる時の父に似ていた気がする。


 母は言った。


「あなたは、ポジティブに生きなさい。黒くなっちゃダメよ。常に次に活かそうと努力しなさい」


 そう、母は父を否定するようなことを譫言うわごとの様に発していた。

 正直に言ってその当時の母は気味が悪かった。

 でもまるでその言葉が。

 トンカチで強く釘を打た様に、言葉は僕に突き刺さった。


 丁度その時から、やっと白と黒でクラスを分けるようにと制度が変わり。

 僕の中学生活は、最悪なスタートを切った。


 黒くなっちゃダメだと言う焦燥感は最初こそ小さかった。

 でもお見舞いに行くたびにそう言ってくる母は、

 さながら孫はまだかと帰省するたびに言ってくる姑のようだった。

 徐々に嫌になっていって、でもそう考えると白が染まってしまうと思ったから。

 僕はいつの間にか、母の言葉を受け入れていた。


 それでも、どれだけ母の状態が悪くても僕はお見舞いに行った。

 まだ忘れられなかったからだ。

 あの一軒家に暮らしていた時の事を。



 すっかり日が落ち、まだ蒸し暑い道を歩いた。

 向かった先は僕の住処のであるアパートで、僕は一人暮らしをしていた。

 母は現在、精神病院で過ごしている。

 僕は街の役所から色々と気をつかってもらい。

 今はここで暮らさせてもらっている。


「明日はゴミの日か」


 荷物をソファーに投げて、制服のままキッチンに立ちゴミの整理をする。

 そう言えば今日捨てられたパン、学校の鞄の中に入っていたんだった。


「いらないなら握りつぶして落とさなくてもいいのに。僕が変わりに食べたんだけどなぁ」


 流石に床に落ちた物を食べるわけにいかなかったから。

 僕は鞄から出したパンの残骸を明日出すゴミ袋に入れた。


「あ」


 すると鞄からポトッと落ちて来た物があった。


「これは……」


 床にあったのは、河川敷で黒い美少女から貰った、酔い止めだった。

 その存在を見てまた焦燥感を感じた


「僕、箱ごと奪っちゃったのか」


 最悪だ。

 こればかりは流石に擁護できない。

 彼女も電車酔いすると言っていたのに、僕は酔い止めを彼女から奪っていた。

 なんて事だろうか。

 謝りたい。


「――――」


 でも会う資格はない筈だ。

 だって僕は、彼女の善意を踏みにじったからだ。

 例えポジティブ思考に生きようと思っても、こればかりは自分でも擁護できなかった。

 もしかしたら酔い止めは、彼女にとって生命線だったかもしれないのに。

 僕はそれを一方的な感情で奪ってしまったのだ。


 穴があれば入りたい。存在を消せるなら消したいと思ってしまった。


 ――あ、黒に成る。


「次に会った時に返せばいい。次に会った時に謝ればいい。次に会った時に話せば、いい。次に会った時にお礼を言えば……言えば」


 無意識にゴミ袋を強く握る。

 反射的に何も持っていなかった手を床に振り下ろす。

 途端に気持ち悪くなって、腹の底が凍えたように冷たくなって。

 嫌な汗が垂れてきて。


「次ってなんだよ……っ!」


 黒く成る、黒く成る。黒に成る。黒と成る。

 白にならなきゃ。


 咄嗟に僕は落ちていた酔い止めに手を伸ばした。

 箱の中からゆっくり取り出した袋を開けて、中の錠剤を水もなしに口に放り込んだ。


 ……なぜかそんな時間も経たないうちに、楽になった。



――――。



 学校はいい場所!!

 今日も僕は登校して、作り笑いをしている先生の横を通り。

 校門の中に足を踏み入れる。


 少しずつ暑さも消えて来て、もうそろそろ肌寒くなりそうで。

 季節の変わり目だから。体調を崩さないようにしなきゃなと。

 今日は珍しく朝早くから登校しています。

 何故なら今日は、日直の日だからです。


 朝早く教室へ行き、職員室でクラス手帳を貰って、そして今日一日のクラスの様子を書かなきゃいけない。

 そんな仕事です。

 だから僕は今日、早めに学校に来ています。


 僕の教室は四階にあり。一番隅っこにあります。

 白-1組が僕の教室です。

 僕は教室に入ろうと入口に手をかけました。


「中々うまくいかないもんだよねぇ~」


 クラスの中でクラスメイトが会話していました。

 確か彼らは、ここら辺に家があって、近いからという理由でこの高校に来た人たち。

 だから朝早くから教室にいるのですね。

 勤勉です。


「白花を黒花に無理やり染めんの、もうそろそろ飽きてきちゃったなぁ」


 ん?


「でも手ごたえあるぜ? もう少しで俺らノーベル賞っしょ」

「この病気自体まだまだ分かんないことが多いんだから、これで成功したら、もしかしたら世紀の大発見だったり?」

「あっるー!! うちら新聞に載ったらさ、お金とか貰えるんかな?」

「そりゃもうたんまりと貰えるでしょ、だって」



「無理やり花の色変えれるのが証明されれば、きっと世界も平和になるだろうし!!」




 何を言っているのだろうか。




 僕には理解できなかった。


 血の気が引くとは、このことなんだろうか。


 目の前が見えなくなって、視界が霞んで。


 僕はただ、腹の底から湧いて来たその感情を噛みしめる事しかできなくて。


 その感情に名前を付けるなら。


 憤怒だった。




 ――あぁ、黒に成る。




――――。



 クラスメイトは数日後には転校していた。

 僕自体もだったし、他のクラスメイトが証人になってくれて。

 いじめの事実は明るみになった。

 知っていて黙っていた先生は早いうちに学校から消えて、

 もう何度見たか分からない校長先生の土下座も見飽きた頃。


 僕はクラス変更を言い渡された。


 黒-1組に。




 精神的疲労が見られるのでと、精神病院からの進言により、僕は一定期間、学校を自由に休んでいい事になった。

 と言っても、家にいてやることも無いから。

 僕は適当に街を散歩していた。


「――――」


 黒い花になったからと言って、何か精神的な変化は無かった。

 強いて言うなら、解放されたって感じだ。

 今まで我慢を続けて来たから。

 その解放感で一日中は笑って過ごせた。

 でも笑えたのは一日だけで、すぐに僕は笑えなくなった。

 でも不思議と、本当に不快感がない。

 これが本来の自分だと思えるくらい。体が軽く思えた。


 街を散策した。

 初めて知ったけど、この時間に外で出歩いている人は、黒い花の人が多かった。

 僕がいつも学校に行くために外に出るときは、白と黒の割合は五分五分くらいなのに。

 不思議と、この時間に歩いている人は、みんな黒色だった。


 公園に入った。

 遊具で遊んだ。

 駅の前を歩いた。

 河川敷まで歩いた。


 私服で歩く外は、制服の時より少し違ったものに感じた。


 河川敷のあの場所を見て。僕は少し後ろめたい気持ちになった。

 あの黒い花の人は、何をしているのだろうか。

 酔い止めを奪ってしまったのを謝りたい。

 昔の白い僕なら、そうは思わなかったのかもしれないけど。

 黒く成った僕なら言える気がした。

 会おうと思えた。


 でももちろん、物事は上手くはいかない。


 そこに来たからと言ってあの人に会えるわけでもなく、僕はそのまま家に帰った。


 一応、捨てずにとってある。あの酔い止めを。

 捨てられるわけがなかった。

 人の善意を。



「あ」

「え?」


 河川敷から帰ろうし、横断歩道を渡り、駅の前を通った瞬間。

 僕は思わず、「あ」と驚いてしまった。

 何故ならそこには。


「あの時の!」

「え、あれ? ……あ! あの河川敷に居た少年か!!」


 疲れたような顔をしており。

 黒いコートに白いシャツを着ており黒い帽子にマスクをしていたけど、両耳に銀色のピアスで誰か判断できた。


 そう、あの酔い止めをくれた女性が今目の前に立っていたのだ。

 僕は驚きながらもすぐに持っていた手提げ袋を開いて、

 中からずっと渡そうとしていた物を取り出した。


「あ、あの時焦っていて。箱ごと奪ってしまい、本当にごめんなさい!!」


 僕は飛びこむ様に頭を下げると共に、思ったより大きな声でそう叫んでしまっていた。


「いいよいいよ! 私も好きであげたんだし、それで酔いが醒めたならね私も善行を積んだって訳だし」


 マスク越しでも分かる笑顔でそう諭してくれる。

 でも僕はあの時の無礼を含め、まだ頭を上げるわけには行かなかった。


「お、おーい」

「………」

「少年―!?」

「…………」

「おねがいだから頭上げて!! 場所かえよ!! 人目がっ!」

「えっ、あっ!」


 周囲の視線が痛い事に気づかず、僕はどうやら、彼女に恥をかかせてしまったらしい。

 本当にごめんなさい。



――――。






 少し日が落ちて来て、学生たちが帰ってき始める時間になった。

 僕と彼女は駅から少し離れ、さっき遊具で遊んだ公園へとやってくる。

 この時間になるとどうやら。

 学校帰りの小学生が白い花を揺らしながら遊びに来ており。その様子は微笑ましい物だった。

 そんな風景を背景に、僕と彼女はブランコにぶら下がっていた。


「まず名前を聞いてもいいかな?」

「分かりました。僕の名前は懐村ナツです」

「私は刺原さしはらサクラって言うの」


 刺原、不思議な名前だな。覚えやすい。


「改めて、この前は本当にごめんなさい」

「しつこいのは嫌われるよ。お姉さんはもういいよって言ったんだから、今度から自重しようね」

「すみません」

「次から気を付けてくれればいいんだ」


 次から……。

 あれ、おかしいな。

 特に何も感じない。


 これも、黒い花になったからだからなのかな。


 あ、そう言えば。

 僕って初めてだ。黒花の人とちゃんと喋るの。

 一応お父さんは黒花だったけど。

 中学上がる前だから三年も喋ってないことになる。

 だから、何だか不思議だ。

 不思議なことだらけだな。


「まず私から聞かせてもらうね?」

「はい」

「君、前は白花だったよね。どうして黒くなったの?」

「えっ、覚えてたんですか?」


 人に自分の花の色を覚えられていると言うのは、知らない人に名前を覚えられていたような気恥ずかしさがあるな。


「君もそうだと思うんだけど、こんな世界になっちゃってさ。人の第一印象でその人の中身を大体掴めちゃって、面倒な世の中になったと思わない?」


 他人に対する評価は第一印象が大切とテレビで見た事があるけど。

 今この世界はその第一印象が頭の上の花を見れば何となく分かった気になってしまうのだ。


「それはそう思います。頭の花の色だけで、人をある程度測れてしまう。少し生きづらいですよね」

「……君、白花だったのに考えが深いね」


 褒められたのだろうか?

 前向きに受け取っておこう。


「で? 答えは」


 ……別に秘密にした方がいい話でもないし、いいかな。

 そう考え、僕は黒花になる経緯を一から全部教えた。

 思えば、一度しか会って話したことのない相手にこんな個人的な問題を話すのは少し気が引けるけど。

 少なくとも刺原さんは最後まで何も言わずに聞いてくれた。


「なるほどねぇ。白が黒になる話は聞いたことあるけど、身近で起きるとは思わなかったよ」

「身近?」

「あぁ、こっちに話だから気にしないで。なるほどね、辛い事があったんだね」

「今はもう落ち着いているので元気なんですけど。やっぱり、あの頃の僕は異常ですよね?」


 何が何でも白花を保とうとしてた。

 白花でいる事に誇りを持っていた。

 何に怖がっていたのか今になっては分からないけど、黒花になった僕から見たら、あれは異常としか言えなかった。


「異常と言えば異常かもしれないけど、理由のある狂いは違う異常だから大丈夫だよ」

「違う異常とは?」

「それはね。例え家族でも、他人の願いを最後まで叶えようと必死になって異常になっていたんだから。それは異常な人ってより、優しい人だよ」


 優しい人か。

 そうなのかな。

 自分じゃ、わかんないけど。

 でも優しい人って。


「優しいなら、どうして黒花になったんでしょう」

「少年。それは君の認識違いだよ」


 刺原さんは人差し指を僕に向け、少し強めな口調で言ってくる。


「確かに世間一般では白花はポジティブで優しい人、黒花はネガティブで面倒な人と言う認識があるけれども。実際、それは違うんだ」

「違う?」

「君も身をもって実感しているんだろう? 君をいじめていた人は、何色の花だった」


 あ……。確かに。

 僕の認識だと白花の人はポジティブ思考であり、楽しそうに日々を過ごしているから優しい人だと思っていた。

 違うんだ。

 そうだ、そうだった。

 優しい人の意味を勘違いしていた。

 多分この世で言う優しい人は、物事を深く考える人、つまり。


「黒花の聖人率は高いんだぞ少年。お姉さんのようにね」

「そう、だったんですね」

「だからね。元々君は黒花向きの性格だったんだ。それをよくもまあ、白花で三年も過ごしたね」


 そうなんだ。

 でも、うん。よく考えればそうだ。

 よく考えないように今まで生きて来たから。知らなかった。


 今まで反射的に自分の身を守る為に黒花を避けて来たけど。

 今思うと本当に酷い事をしていたんだな。


「キッカケはどうあれ、黒花になった君の今はとても穏やかそうだ。良かったね、とは言えないけど。ようこそ、とだけは言わせてほしいな」

「……お姉さんって。結構大人ぶるタイプなんですか?」

「高校生に大人ぶっているって言われんのまあまあ傷つくんだがね?」


 でもそう見えるんだから仕方ない。

 最初の河川敷の時の態度と、少し違う気がするからだ。


 多分だけど、これが黒花の人なんだろう。

 自分がそうだから同類に合わせられる。

 それが黒花の人の長所だと思う。


「じゃあ僕が聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「お姉さんはどう思います? 僕は、どうすべきだと思いますか?」

「好きにすればいいじゃないか」


 即答だな。

 いや、僕の聞き方が悪かったのかもしれない。


「言い直しますね。僕の母にこのことを話すか話さないべきか、どうするべきだと思いますか?」

「好きにすればいいじゃないか」


 あれ。


「そんな重要な事は自分で考えなさい。小さな悩みとかの助言は聞けるが、大事な事は自分で決断した方が大人になれるぞ」

「えぇ……」

「そう言うもんだよ。大人ってのは」

「子供っぽいお姉さんに言われてもなぁ」

「どこか子供っぽいんじゃ。こんなに大人ぶってると言うのに」

「そこですが」


 僕がそう言うと、刺原さんは少し顔を染めた。

 と言うか、どうして僕は年上の人とこんな流暢に喋れているのだろうか。

 というか。僕はこんなに冗談を言う人間だっけか。


 もしかしたら、これも黒花の特徴なのかもしれないな。


「他人の家庭の事情に口出しは出来ないから、私は何とも言えないよ」

「そうですか……」

「まあでも、私なら話すべきだと思うよ」


 そう言うと、彼女はブランコから立ち上がった。

 被っていた帽子を脱いで、彼女は自身の花をさらけ出す。

 少しダークでカッコイイ黒花が揺れ、彼女は少し前に進んで、目の前にある川を見ながら彼女は言った。


「一度腹を割って話してみるのもいいんじゃないかな? 家族だからと言ってテレパシーがある訳でもないんだし、対話が一番いい方法なのは歴史で何度も証明されている」

「……本当にそれは正しいのでしょうか」

「正しい正しくないの話をするなら、『今ではまだ分からない』が答えだよ。と言うか、正しいなんて結果論で。最初から答えなんてないんだから」

「――――」



「どの道が正しいかじゃない。その道を正すのは君の力だ。正しい道なんかない、道を正解にするのは、君の努力と力量と勇気なんだよ。だから信じろ。君が踏み入ったこの世界を、君自身を信じるんだ」



 その言葉は僕の胸に深く突き刺さった。

 釘が打ちつけられたような衝撃が走って、何だか胸が熱くなって。


 僕は覚悟を固めたのだった。



――――。



 白い壁を見ていた。

 どこかツンッとした刺激臭がして、何だか落ち着かなかったけど。

 僕の目の前を通る人がみんな笑っていたから。

 何だか安心できた。

 でもこの後の事を思うとやっぱり緊張してしまった。


「懐村さん、面会の許可が下りました。一応私も同行しますね」


 看護師さんが言うに、僕の状態を母が見てしまったら、もしかしたらパニックになるかもしれないと言っていた。

 もちろん看護師さんは。母の譫言を知っている。

 だから僕が黒い花になったことによって、母が取り乱すことを不安視していた。

 と言う事で僕と看護師さんは一緒に、母の部屋へ向かった。


「わざわざありがとうございます」


 僕は付いてきてくれている看護師にそう告げる。


「いえいえ、仕事ですからね。ちゃんとお母さんに伝えられるといいですけど」


 看護師さんは寂しく笑った。

 一応、僕が黒く成った経緯は看護師さんに話している。

 話を通しているから。少し心強かった。


 病院のエレベーターに乗り込み、四階へ進む。

 エレベーターから降りて。看護師さんの案内でいつもの部屋に行く。

 部屋は一番隅の部屋。

 白い床に白い壁、そして太陽光が良く差す廊下だったからか、照明は付いていなかった。


 しばらく歩くと目的の部屋に辿り着いた。

 『懐村ミサキ』と言うネームプレートが見えて、いよいよだと固唾を飲み込んだ。


「覚悟は大丈夫ですかね」


 看護師さんはそう聞いて来たから僕は無言で頭を縦に振る。


 僕は持参した帽子を被って、部屋の扉を開けた。



――――。



「あら」


 まだ暖かい夏風が、扉を開けた瞬間全身に当たった。

 僕は揺れる病室のカーテンの裏に居る顔を見て、またあの一軒家の事を思い出した。

 母は優しかった。

 母はずっと暖かくって、料理が上手で、幼少期の僕の憧れだった。

 今思えば。白花が優しい人と言うイメージは、母から来ていた物だと思う。


 そんな母は、揺れるカーテンの向こうで、白い花を揺らしながら、あの時のままの笑顔で座っていた。


「先週来られなくてごめんね。母さん」

「いいのよ全然」


 先週は忙しかった。

 この病院に一人できたり、学校の先生と話し合いをしたり。

 親が母親しか居なくて、その母親が精神病棟に居るんだから。

 本当なら親が聞くような話を僕一人だけで聞いていたんだ。疲れもする。


 母は僕が来た時だけ、正気に戻る。

 僕がいない病室生活の最中では、前述した譫言をずっと呟いているだけらしい。

 でも僕がこの部屋に来て、母に認知されると。


「今日は突然どうしたの? 学校は?」


 母は、母親になる。


 部屋に入っていき、僕は布団の前の椅子に腰を下ろす。

 後ろで看護師さんは扉を閉め、一緒に部屋に入って来てくれる。

 本当に心強い。


「少し色々あってね。それを話に来たんだ。母さん」

「学校の話をしてくれるの? 母さん嬉しいわ」

「そんなに楽しい話じゃないよ?」

「いいのよ別に。ナツの事を聞くだけで、母さん嬉しいから。それに」


 それに?


「今のナツが、何だかあの人みたいで、懐かしいの」


 あの人。あの人か。

 そう言えばそうだった。

 僕の幼少期の憧れの人は、母だけじゃない。

 父もだ。


「で? 話したい事って」


 話したい事。

 そうだな。

 うん。話したいことだし。聞きたいことでもあった。


 僕はずっと疑問だった。

 母の心を知りたかった。

 僕は母に囚われてこの三年間苦しんだ。でもその結果、こんな末路を辿った。

 もういじめられていたことに憎悪とか、怒りはないけど。

 いや……ないと言ったら嘘になるけど。

 もうあれは過去の事になったんだ。


 キッカケはどうあれ、僕は違う世界に踏みいれた。


「母さん。僕は黒色になったんだ」


 帽子を外して。僕は頭の花を見せた。

 ずっと白くて美しかった花だったけど、黒く染まっており。

 黒く成っていた。


 母は目を見開いた。

 母は唇が震え始めた。

 母は、右目から涙を流した。

 そして母は言った。


「ごめんね。母さんのせいだよね」

「え?」

「何となく分かってたの。母さん、多分、ナツの重荷になってるなって」

「………」


 否定はできなかった。

 事実、そうだった。

 僕は母の譫言に釘を刺され、あそこまで異常になっていた。

 でも。


「でもね母さん。黒い花も、少しカッコよくて綺麗じゃない?」

「……たしかにね。何だか見ていると力を貰えるわ。お父さんみたいね」


 後ろの看護師さんが少し驚いたのを背中で感じる。

 母が、黒花に対して肯定的な意見を出したのだ。

 いつも母を介護してくれている人なら尚更、それは驚きなのだろう。


「母さん、聞いてもいい?」

「なぁに?」

「どうして僕に、黒く成ってほしくなかったの?」


 この三年間。僕の呪縛だった花。

 鏡に立つと必ず写って来た体の一部。

 どうして母は、僕に黒花になってほしくなかったのか。

 ずっと真意が分からなかった。

 腹を割って話すと言うのは、こういう事なんだろう。


「………」


 母は少し考えるように窓の外を見つめる。

 夏風が窓からまた吹いてきて、僕のくせっ毛が風に煽られる。

 僕の黒花も風に煽られる。


 そして母は、小さく口を開いた。


「あなたの父さんは、小さな女の子をトラックから守って轢かれたわ」


 え。


 語られたのは、僕でも知らなかった真実だった。


「最初はただの事故だと思われていたんだけど、本当に後になって、二人の親子が警察署に来たの」


「親曰く、自分の子供が男の人に助けられてたらしくって、

 その時子供は怖くてその場から逃げてしまったんだけど、お礼を言いたいと」


「多分その子、女の子だったんだけど。ずっと怖かったんだと思う。

 話によると、自分が投げたボールがたまたま道路に転がって、それを取ろうと飛び出してしまったって」


「自分のせいで他人が怪我したって言う状況が怖くて、逃げ出してしまった」


「でも最後には耐え切れなくなって、その子は親に全部打ち明けて、警察署に来たんだって」


 ……つまりは父さんは居眠り運転をしていたトラックに轢かれるとき、

 小さな子供を庇っていたと言う事?


 確か現場には目撃者はほとんどいなくって、何なら監視カメラすらない場所だったらしいし。

 通報自体も居眠り運転をしていた運転手がしたと聞いていた。

 ……そっか、つまり『目撃者が誰もいなかった』んだ。


 だから女の子が轢かれそうだったと言う真実が、女の子の勇気ある自白でしか判明しなかった。


「まずね、お父さんは、自分の事を勘定に入れていない人だったの」

「そうだね。お父さんは、そう言う人だった」


 父はいつも他人の事を気にかけていた。

 父を小さな時から知っているから、僕は心から言える。

 今の話、誰かを守るために父は死んだと言う話は、とにかく父の性格に合致していた。


 誰かが溺れていたら、泳げない癖にとびこむ。

 誰かがお金に困っていたら、見返りを求めずにお金を貸す。

 僕がこけたとき、冗談を言いながら僕を安心させて、優しく絆創膏を張ってくれる。


 それが父だった。


「お母さんはね、お父さんのそういう所が好きだった。でも、せめて、自分を大事にしてほしかった」

「……うん」

「お母さんは、お父さんに一回命を救われたことがあるの。住んでいたアパートが火事になった時、あの人は自分を顧みず火に飛び込んで、見ず知らずの私を助けた。だからお母さんからしたら、本当に大事な人だったの」

「………」

「だからお母さん。死なないでっていっぱい説得しようとした。自分をもっと大事にしてって、何度もお願いした。それで何回か喧嘩になったりした」

「――――」

「あんまりうるさく言うのも良くないかなって思って。死んでほしくないって言うのも、お母さんのエゴだから、押し付けるのも良くないなって思った。だから我慢した。お母さんにもう少し力があれば、お父さんを守れたのかもしれないけど。お母さんは臆病だから難しかった」



「そして、エゴを押し付けたくなかったから押し付けなかったら、彼は死んだの」



 それはもしかしたら、父からしたら本望な死に方だったのかもしれない。


 父がどうして他人に対し親切に接し、自分を勘定に入れなかったのかは分からないけど。

 父が『黒花』を持っていたと考えれば、少しだけ納得できてしまう気がした。

 でも、父の存在が、心から大切な他人からしたら。心配してしまうものだった。

 簡単に死にたいとか言う彼氏がいたら、きっと彼女は本気で嫌だろう。

 死にたいと言う彼氏が嫌な訳じゃない。

 本当に死んでしまったら嫌だから、嫌なのだ。


 母はきっと。

 父を説得できなかった後悔でおかしくなっていたのだ。

 もし自分がもっとエゴを押し付けていれば、もし自分がもっと強ければ。

 そんな後悔が積もって。壊れた。


 『あなたは、ポジティブに生きなさい。黒くなっちゃダメよ。常に次に活かそうと努力しなさい』は。

 僕に、父と同じ道を辿ってほしくないと言う。

 エゴの押し付けだったのだ。


「……そっか」


 全てを理解した。

 母の心を始めて知った。

 だから僕は、自然と、この言葉を言えた。


「母さん。ありがとうね」

「え?」

「僕さ、やりたいことを見つけたんだ」

「……聞いてもいい?」

「うん。きっと、まだいっぱい勉強しなきゃいけないんだろうけど、やりたいことが出来たから、それに向けて頑張ってみようと思う」

「――――」


 母は両目から涙を流しはじめた。

 ヒックヒックと言いながら、母は過呼吸になりながら自分の掛け布団で涙をふく。


 ――黒に鳴る。


 その様子を見て看護師さんが駆けつけてきて。

 母の背中を看護師さんは撫でる。


「僕は――」



――――。







「先生、これ描いたんだ!!」


 オルゴール調のメロディーが流れていた部屋に、ふと幼い声がすり抜ける。


 新規の子の資料を見ている時、背後から話しかけられた。

 僕が振り向くと、そこには青色の服を着た子供、名前は『坂口マサムネ』くんだったね。


 彼は一枚の画用紙を持ってきて、見てくれと差し出してくる。


「うん、見せてごらん」


 優しく受け取り広げてみると。そこに描かれていたのは。

 良く書かれた人の絵だった。

 歪ではあったけど小学三年生にしては上手く描けている方だろう。


「これは誰の絵何だい?」

「それは……お姉ちゃん。お姉ちゃんまだ学校行けてないから、プレゼントにって」


 彼、マサムネくんは中学生の姉がおり。

 その姉はいじめにより不登校となっていた。

 姉の後を追うように、勉強についていけていなかった弟のマサムネくんも不登校になり。

 ここへ通っていた。


「君はいい子だね」

「ふひひ」


 頭を撫でると、彼は嬉しそうな声を出した。


「ちょっと先生。うちのマサムネを甘やかさないで」


 突然部屋に乗り込んできたのはピンクの服に黄色のミニスカートを履いた女子で。

 上から目線で両手を組みながら、弟の行動を見下すように怖い顔をする。

 まるで思春期の女子って感じの女の子、『坂口アイ』だった。


 彼女とその弟はここに通っている。

 ここはフリースクール『はいいろ』だ。


「ふん、いいもん。お姉ちゃんにはこの絵見せないから」


 そうへそを曲げるマサムネくん。

 でも僕は知っているぞ、お姉ちゃんにプレゼントしようとしてるのを。

 素直じゃないなぁ。


「別に興味もないからいいし。そんな事より先生、刺原先生が懐村先生を探してたよ」

「え? 刺原先生が呼んでたのかい?」

「早く行ってあげた方がいいんじゃない? マサムネは私が世話しとくからさ」

「え~! もっと先生と遊びたいぃ!!」

「我慢しなさい!!」


 姉弟仲悪そうで悪くないの、何だか見ていて癒されるな。

 さてと。


 僕は椅子から立ち上がり。

 最後に「少しの間だけよろしくね」と部屋にいた二人に告げて部屋から出る。


 部屋から出て通路を進むと、窓から中庭で遊んでいる子供たちがよく見えた。

 ボールを投げて遊んでいる子もいれば、影で本を読んでいる子もいる。

 色んな子がいて、みんな頭に黒色か白色の花を揺らしている。


 僕はその様子を見て、少し嬉しくなって、微笑んだ。

 黄色い壁に飾られた、色んな色の花の折り紙を見て、その隣の部屋に僕は入った。


「やぁ」


 そうすぐに反応してきたのは、

 黒い花が生えており、

 黒髪のショートカットで疲れてそうな顔をしている美女。


 刺原サクラだった。


「用事とは何ですか、刺原先生」

「いやね、未来の結婚相手を上の名前で呼ぶんですか?」

「じゃあサクラで」

「……それはそれで恥ずかしいな」


 言わせといてなんて人だ。

 僕が部屋に入ると、彼女は気が抜けたように肩を脱力させた。

 忙しい仕事を任せているから仕方が無いか。


「新規の子?」


 僕は彼女が見ていたモニターを覗き込む。


「そうそう。結構問題ありで、流石にあなたにも資料を見てもらった方がいいかなって」

「分かった」


 どうやら明日来る新規の子供の件だった。


 ここ、フリースクールには何らかの理由で学校にいけない子が学校の代わりにやってくる場所だ。

 基本的にここにやってくる子供たちは。

 何らかの問題を抱えた子ばかり。

 その子たちの世話をするのが僕らの仕事だった。


「僕の横顔をじろじろ見すぎですよ、サクラ先生」

「いやね。あの河川敷の頃から成長したなぁって」

「何を言っているんですか。河川敷で会った時には既に僕の事を知ってたくせに」

「ふふっ、そーだね」


 彼女は楽しそうに笑った。

 全く、呑気な人だ。


「本当に驚きましたよ。病院の看護師をしていたなんて」

「大人ぶっているとか君に言われていたけど、別にちゃんと大人だっただろ?」

「……認めるの癪だなぁ」

「んだとぉ?」


 彼女、刺原サクラは。

 実は三年もの間、母の事をお世話していた『看護師』だったのだ。

 ヒントは少なかった。

 外で会う時は基本暗い雰囲気を纏っていたし、服の雰囲気とかピアスとかをしていたから。

 病院ですれ違っても、本当に気づかなかった。


 黒花の看護師が黒花に対してトラウマを持っていた母の世話をしていたのは少しどうかと思ったけど。

 思えば確かに、白い制服を着ている看護師は全員小さな帽子で花を隠していた。

 気づかないのも当然だ。


 カラクリが全部わかって、

 僕は改めて彼女に惹かれた。


 だって考えてもみれば、

 最後に母に黒色になったことを知らせに行くときに、

 ずっと彼女は傍にいてくれたのだ、


 僕はとにかくそれが嬉しかった。


 だから僕は彼女に惚れた。

 歳の差があったけど、そんなのどうでも良かった。

 沢山プロポーズをして。

 やっとオーケーを貰った時、沢山喜んだのを覚えている。


「中々複雑な家庭だね……気を付けて接しなきゃ」

「最初はナツくんが相手してあげた方が多分いいから」

「うん。そのつもりだよ」


 さてさて、また忙しくなりそうだ。






 今のこの生活が、僕にとってどれだけ幸せな事か。


 今のこの仕事が、どれだけの子を救っているのか。


 まだ分からない事だらけだけど。

 手探りで頑張ろう。懐村ナツ。






 僕は自分が黒い花を持っていることをある意味誇りに思っている。




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