プロローグ
まだ、昼の暑さも残る9月の夜。日もすっかり落ち、生ぬるい空気が溜まっているように感じる夜道を、一人の大学生くらいの女性が歩いていた。彼女は、何かに怯えるように始終あたりを見渡し、風の音や鳥の声に体をビクつかせている。彼女がこんなにも怯えているのは、巷で噂になっている口裂け女のせいだろう。
僕は、そんな彼女の姿に罪悪感を感じながら、特大サイズのマスクをつけ直す。緊張でキリキリと痛む胃を抑えながら、そっと彼女の背後に立つ。
「ねぇ、私を覚えているかしら?」
緊張で震える声を精一杯振り絞って出した裏声が相当気味が悪かったのだろう。振り返った彼女は、目に涙を浮かべ、かわいそうなほど震えていた。そんな彼女に追い打ちをかけるように、左側のマスクの紐を外す。
あらわになった、僕の口元は左側が不自然に耳元までパックリと裂けていた。
それを目にした彼女は、耳をつんざくばかりの悲鳴を上げ一目散に逃げ出した。
彼女の後ろ姿が完全に見えなくなったのを確認して、僕は重くて熱いウイッグを外す。ため息をつきながら、汗で張り付いた髪の毛をかきあげていると物陰から怪しげな男が現れた。その男は、糸目をさらに細くした胡散臭い笑顔で、拍手をしながら近づいてくる。
「助手くん、初仕事おめでとう。なかなかの名演技じゃないか!」
この、白い長い髪を三編みにして、茜色のスーツと宵闇色のマントをまとった、自称『都市伝説の管理人』が僕の雇い主だ。
普通の大学生だった僕がどうしてこんなことになってしまったのだろう…。
これかもよろしく頼むよと言いながら、僕に日給(2時間で1800円)の入った封筒を握らせてくる管理人さんを見つめながら思い返す。
始まりは確か…。