約束
第四話
お互いがベルを持ち始めたので、より
身近なやり取りが出来るようになった。
短い文章のやりとりだけではあるが、
近くに電話さえあれば、ほぼリアルタイムに
メッセージを返す事ができた。
双方向のやり取りがより身近に感じられたのだ。
(当時はこれが今のメールL○○Eのような
ものだった)
電話で声をきけるのは、もちろん楽しくて
うれしいのだが、時間や周囲に気をつかう事を
しなくていいのでポケットベルもとても便利だった。
もちろん、声は聞きたいので
たまには電話で話しをする事はしていた。
ポケットベル・電話での付き合いも2か月を過ぎ、
季節は秋になっていた。
その頃には人は贅沢な生き物で、話だけでも十分と
思えていたのだが
次第に欲がでてきて、声だけはでなく
会ってみたいなと思っていた。
美佳はそんなそぶりは一向になく、私もそれでも
十分満足していた。
しかし意外にもその機会は美佳から言ってきた。
「パパ、会いたいね?」
「直感で私の自惚れと言われるかももしれないが」
「ハイ!」
(と、嬉しく返事したいところをぐっと押さえて )
「誰と?」といかにも冷静に聞き返す 。
「パパとに決まってるでしょう」
(やったー!と心の中で叫ぶ)表向きは冷静
(けどドッキドッキ)
かと言ってうれしく無いように言うと
嫌われてしまう。
なんとも難しい受け答えだ !
「僕と?うん!会いたいな」「会えるかな?」
「うん!会えるよ」
「ずっと考えていたんだ~」
「今度の土曜日に夜こっちに来れる?」
こっちというのは美佳は六甲山の南で
岡本のお店から車で10分ぐらいの東灘区内に自宅
私は六甲山の北、神戸市北区の北の方に自宅
お互いは六甲山を挟んで北と南に住んでいた。
「僕はいけるけど、美佳は大丈夫?仕事でしょ?」
「うん、お店終わったぐらいの時間・・
夜の7時ぐらいからだと大丈夫」
「お店終わってから時間つくれるの、
旦那さんは許してくれるの」
(旦那さんは少し束縛するとは聞いていたので
心配だった)
(それより、あきらかにこれは情事だという事を
心配するべきだった)
「うん、実は大阪の本社で午後から
打合せがあるの、 それは夕方には終わるから
その帰りにいくの」
「ケンちゃんには、お店終わってから本社で
ミーティングがあるから遅くなるって言うの」
「そっか、そしたらそうしようか!」
(私は慎重派だから、本当に大丈夫かなと
考えていたが、美佳は逆にいつも楽天的だった)
「うん、そうしよう、楽しみだね」
「待ち合わせはどこにしようかな」
「どこがいいかな~ポートライナー三宮駅の
南側の道路にしようか?」
「いいよ、車だからどこでも行くよ」
「パパは車でしょ、どっちから来るのかな?」
(もう2か月もしゃべているから
なんでも知っていると思っていたが)
(実は顔は知らない、大体の背格好は聞いて
いたが 全く想像はつかない)
(当てにはまず、ならないが
「誰に似ている」なんてお決まり事も聞いた
事はなかった)
「美佳ってわかるかな…」
「私は、淡いピンクのカーディガンを着ていくね」
「それとパパの車は?赤だったよね、
上がオープンになる…なんとかって…」
「そう、赤のキャンバストップの○○○」
「私がパパの車を探して近寄るから」
「ピンクのカーディガン着てた人が来たら声を
掛けてくれる?」
「ぜったい知らない人に声かけたらダメだからね
ナンパなんかしたらだめだよ」
「約束だよ」
「バーか!なんでそんな事するんだよ(笑)」
いよいよ、はじめて、美佳と会える事になった 。
この時の、なんとも言えない感情は言葉には
言い表せなかった、緊張?嬉しさ?不安?
ただどちらかと言うと不安だった。
それは、初めて会うが嫌われたらどうしょうか
という至ってシンプルな不安だった。
実際に会って、その不安より心地よい気分に
包まれるとは思ってもいなかった。
ただ、
これからの二人の運命が変わってしまう事を
この時は知る由もなかった。