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竜の姫は虚弱のようで

竜の姫は虚弱のようで『後日話:ルイ』

作者: 雨砂木

【後日話:竜の姫は虚弱のようで】

竜の番として心を通わせたリュドシエラとルイ。

ルイはリュドシエラの後継者でもあるアルマリクに、彼女への想いや今後を惚気るのだが……。


本編完結済み( https://ncode.syosetu.com/n9214hl/ )

※内容は本編を読んでいただくと、読みやすいかと思います。

 心が欠けた状態とは、どのような心持ちなのだろうな……。

 ああ、いや。

 嫌味に聞こえたなら申し訳ない。

 そんなつもりではないんだ。

 ……うん、なんだ。仕事はいいのか?

 ふふ。なら、筆休めにすこし話をしようか。


 先ほど言ったのは、竜も人も、自分の欠けた何かを埋めるために、誰かや何かを探しているのだなという意味でね。

 感傷的だろうか。

 ただ、種の生存に関わる竜と、それ無くしても命を繋ぐ人とはその「何か」への重さが違うだろう?

 だからこそリュドシエラに恋している私には、色々と複雑でね。


 卑屈になどなっていないよ。

 私を好いてくれる彼女をそんなことで不安にさせるつもりはない。

 リュドシエラが私に費やした時間や負担、広がった傷はそれほど大きいからね。


 そのせいで自身への過小評価を懇々と否定してやっても、しばらくはかかるだろうな。

 とは言え。殆ど畳み掛けるような力押しで口説き落とした私が言うのもあれだが。

 ……ああいや、そういう意味の力押しじゃないよ。


 で、なぜこんな話をアルマリク殿にしているのかというと。

 相手の気持ちを知りたいと思うと、どうにもその根幹まで気になってしまうものでな。

 彼女の感情からのものか、竜の本能からの行動か、とか。

 こんな面倒くさい嫉妬心など、直接本人には聞けないだろう?


 粗探しとは違うと言いたいが……生きて来た歳月や背負ったものの差分、別のなにかで埋めたいと思ってしまうのは、自然なことではないか?

 寂しさや足りないものを埋めるような何かが欲しいと。

 ……いや、違うよ。本当に、そんな意味じゃ、……なくもないか?


 私のこんな考えは重いだろうか?

 ……そなたから見て、シエラも相当?…………そうか。


 えっ。

 アルマリク殿には、まだ番が……そう、だよな。すまなかった……気まずい思いを。

 か、貸し一つ?まあ、うん……。



 そ、そうそう。

 彼女の弱体化の原因については、アルマリク殿の予想が当たっていたよ。

 彼女自身、全盛期ほどの力は今後戻って来ないようなことも言っていた。

 時を渡る代償とは、竜であってこそ支払えるものかもしれないが、…………本当に、本当に生きていてくれてよかった。


 ……あ、ああ、それも貸し?

 はあ、……分かった分かった。

 アルマリク殿だって、これまでシエラと公爵領を支えてくれたものな。

 後継者だけに、大変であったろうに。

 弱体化した彼女の代わりに、力仕事はそなたが奔走してくれていたのも、色々知った今なら想像もつくよ。

 私ができる事なら協力しよう。


 ありがとう。本当に。

 今こうしてシエラを繋ぎ止めていられるのも、そなたがいてくれたからだ。

 え?あ、はは。貸しいくつ分だろうか……。

 いっそ友人としての頼み事という体の方がよいのではないか。

 こうして、そなたと面と向かって話せているのも不思議なものだな。


 心から礼を言うよ。


 うん?どうした。私が変?

 まあ、確かにずっと余裕はなかったな……。

 正直そなたとシエラとの距離感に嫉妬もしたが。

 しかし助けられて、こうして他愛無く話せるなんて想像もしていなかったよ。

 それに彼女の可愛らしいところをたくさん見たし知ったから、私も満たされ--。


 え……?

 ええっ!い、いやいや!!誤解しないでくれ。

 多少体調が持ち直した程度で、シエラに無体など出来ないよ!

 誓って、あんなに華奢な体にそんな……。

 は!?ちっ……!

 違うっ!手を出したくない訳がないだろう!?

 あれほど可愛い人に、したくないわけがっ--!


 ……………………んんっ。


 まあ、うん。

 近親者のそういうものは、確かに気まずいよな。

 ああ、私にも身内に開放的な者がいるから分かる。

 うん、すまない。

 それとシエラにも言わないでくれ。

 流石に恥ずかしい……。



 なんだ……いつから記憶が戻ったって?

 なぜそう思うんだ?


 ……ははあ、竜の感覚はやはり侮れないな。

 彼女にも言っていないのに。

 うーん。……さあ、正直どこまで戻っているかは分からないな。


 リュドシエラに関わる悔いや共感、それから慕情。

 そういうのが、ふっと強く生じたところから情景が浮かんでくる感じかな。

 だからと言って、仮に過去の私の記憶が全て戻ったとしても、そちらに寄ってしまうことはない筈だよ。


 そもそもあまり自分の記憶という感じではないからな。

 もっと客観的で、多少感情移入できる一場面というものか。


 あれは、根は私だが、別の生き方をした人間だ。


 私だって彼女に知って欲しくないことがあるのさ。

 未熟な『ルイ』には、心底嫌悪しているからな。

 過去の自分が役に立つとしても反面教師がせいぜいだろう。


 聞きたいのか?

 ええー……。

 教訓としてなら、か……?

 ……んー……うーん。はあー……わかった。



 ……愚かな男の話は、美しい人に守られるばかりの己を恥じるような、情けないものだったよ。


 最初はただの憧憬だった。

 なんとかして自分を求めてくれた美しいリュドシエラにふさわしくありたい。

 しかし強引な政略婚のために、後ろ盾も地盤もない異国の第三皇子に力などなかった。

 思い通りに行かず、彼女に甘えた結果が、本意ではない言葉や感情をぶつけ挙句に傷つけること--。

 未熟な恋とも呼べない心を他者に付け込まれた末。結局彼女に負担をかけてしまう。


 そんな愚かな夫に「わたくしの大事なルイ。何があっても守るわ」と愛しげに囁かれるのだ。


 少しでも支えたい。助けになればと沼を探っても、何もしなくていいのだと清らかな水で全てを洗い流される。

 竜としては当然の言動だとしてもだ。

 夫としての意義や自尊心は削られ、無力感に苛まれた。


 --あんたのせいだっ!!あんたなんて大嫌いだっ!!

 --ぁ……っ。


 挙句の果てには、言葉一つで傷つく彼女自身に対して愉悦と快感まで抱いてしまった。

 嗜虐の笑みを浮かべた己を知ったあの瞬間ほど、自分に心底失望したことはない。

 ……ああ、流石にアルマリク殿でもそんな顔になるか。

 あのような轍は二度と踏みたくないよ。

 番が最も言ってはいけない悪語だな。


 全くもって、最低な男だ。

 我ながら吐き気がする。

 あんな男でも愛していたシエラに、私が嫉妬したり不安に思っても可笑しくはないと思わないか?

 ……その分、いや、それ以上を目一杯、愛してやらないとも。


 二人の交わらぬ情が結果的に国を壊せてしまうなら、それ以上のものを彼女に注いでいかなくてはな。

 幸い、時間は彼女が作ってくれた。

 どれだけ共にいられるかはまだ見通せないが、少しずつ回復してくれている。


 最近は「また明日」「次は」と言ってくれるんだよ。

 もう少し体力が戻って来たらどうしようか、どこへ行こうかとそればかりだ。


 いまだ照れる彼女を揶揄って愛でて抱き寄せる程度は、子猫がじゃれつくのとそう変わらないが。

 リュドシエラも私に注げなかった愛情分は後悔していると口走っていたから、私もそれに応えないとな。

 あの膨らんだり細くなったり豊かに変わる瞳孔を見るのが、私はことのほか気に入っているんだ。


 ううん。ならば、やはり彼女の回復は最重要だな。

 アルマリク殿。

 彼女と同じ竜としてつかぬことを聞くが、唇や肌などはどこまで触れ合えばシエラも早くに元気になってくれるかな。

 ……なぜそんな顔を?


 ん……?

 国を壊す?…………ああ、言い方を間違えたようだな。すまない。

 はははっ。あの女神のように慈悲深いリュドシエラが国を壊すなど大それた事をするわけがないだろう。


 --仮にそうだとして、全盛期ほどの回復は見込めない。

 そなたも言った事だ。

 ふふ、だからあり得ない心配をしなくてもいいんだよ。


 まあ、私とそなたは友人だから、どれが事実だったかは流石にわからないか。

 ははっ!そう、つれない事を言ってくれるな。


 私は彼女のもので、彼女が私のものであることは今後変わらない。

 それが番というものだろう?


 --ああ、そろそろ時間か。

 私はこれで失礼するよ。

 仕事中に悪かった。

 ではな。


 …*※*…


「はあ……」


 執務机の椅子に姿勢よく腰掛けていたアルマリクは、ルイが部屋を去った後、足を伸ばしながら背もたれにズルズルと身を預けた。

 発達した聴覚から、部屋を出てからの男の軽い足取りが聞こえる。

 どの部屋に向かったのかも分かりきっていた。

 時間というのも、アルマリクの小休憩の時間を指しているのではないことも。

 銀縁メガネを外して目頭を揉み、何度か瞬きしたその目は、澄んだ青い瞳に縦長の瞳孔があった。


 深いため息に込められたのは、自身のいつかへの期待と不安か。それとも、リュドシエラが得たものへの羨望と同情か。


「…………何が歪んでいるものですか」


 成る可くして成っただけのことではないか。

 キュウっと彼は縦長の瞳孔を細くして、あの虚弱な竜の姫が番からの愛情に窒息しないかと懸念するのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

雨砂木

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