役割分担
☆ □ ☆ □ ☆
「役割分担おかしくないですかね!?」
悲鳴に近い絶叫をあげつつ、荒い息を整えて少しでも先にと足を前へ送り出す。ちらっと後ろを見てみると、追いかけてきている三人の姿が。
「クー、これはチャンス」
「ロー、追いかけっこみたいだね」
「追いかけっこ……楽しい」
いつぞや今みたいに追いかけっこを繰り広げた双子に、獣人の少女。何故かこの三人に見つかって、追いかけっこに巻き込まれていた。とはいっても、普通の追いかけっこと違い、捕まって待っているのは死のみだが。
「なんでまあ私ばっかり……!」
恨みがましげな声が漏れるも、それを拾ってくれる人はいない。
ギリっと奥歯をかみ締めつつ、走りながら位置を確認する。レイはやたらめったら適当に走っていた訳では無い。
レイのスキルは、条件を設定しその条件を達成した際に攻撃が行われるというもの。その条件の難易度によって威力は変わってくるが、条件への制約はない。例えば、『同じ場所を短時間で二度踏む』といったものでも。
「『矢の雨』」
三人を中心とした半径五メートルの位置に突如現れた矢が降り注ぐ。けれど、彼女らは直感的に矢を察知して、右へ左へ動き回り回避する。
レイは舌打ちしそうになるのをグッと堪えた。悪態をついている場合じゃない。他の人たちもかなりギリギリ、ここでこの三人を野放しにした時の被害は想像もつかない。
「……」
ピタッと足を止め、クルリと振り返る。突然逃げるのを辞めたレイを訝しみ、三人も釣られるように動きを止めた。
ダメだ。逃げてちゃ、何も解決しない。いずれ追いつかれ、殺される。なら、少しでも勝てる可能性に賭けるべきだ。
ギュッと胸元を掴んで、深呼吸。
自分には彼ら彼女らのような力は持っていない。でも、それでも、彼から託されたのだ。託してくれたのだ、彼が。
三人を相手取るなんて、無茶だと思う。実力を考えれば、一人が相手でも負ける可能性が高い。だから、三人を相手取った時の勝率は1パーセントにも満たない。
「なら、それを100パーセントにすればいいのですよね」
レイは例えるなら、トラップ使い。
罠を仕掛け、フィールドを自分のものとする。
何も仕掛けてない状態だと、一般人と大して変わらない。けれど、準備が整ったその時、己の力量を遥かに上回る相手を倒すことも可能だ。
「戦闘フェーズといきましょうか」
――準備は整った。
そこには、彼によく似た嫌な笑みを浮かべる彼女の姿があった。
☆ □ ☆ □ ☆
「ふんぬぅ!」
巨体がくるくると回転して、壁に激突するとようやく止まる。
「げふんごふんっ! なかなかやりおるの、お主」
にやりとニヒルな笑みを浮かべながら立ち上がる八代。
「はあ。そういうのいいから、さっさと死んでくれね?」
そんな八代を見下ろしながら、冷たい目と言葉を投げかけるのは憤怒。
「悪いが、それを了解するわけにはいかぬ」
「そうか。なら死ね」
「むはぁ!!」
瓦礫を手にして、ぶん投げる。瓦礫は地面に突き刺さり、壁に突き刺さり、けれど八代には当たらない。
「ちょこまかと……!」
見た目の割には動ける八代に、彼女は小さく舌打ちをする。
「鍛え抜かれたこの逃げ足! 捉えられぬだろう! もはははは……うわちょっ!?」
憤怒は一歩踏み込み、距離を詰める。たった一歩。その一歩で、何十メートルと離れていた距離が無くなる。
脳天目掛けて拳を振るえば、八代はそれをギリギリのところで屈んで避けて。それに合わせてかかと落としを繰り出せば、横に転がりそれも避けきる。
「伊達に頭領やってねーってこったな」
「いや、あの、頭やり始めたら逆に逃げ出しづらくなったんで、それはないです……」
「キャラどうしたキャラ」
うーむ、長かった……。いやほんと、ここまで来るのに長すぎる道のりだった。一週間に一回は何か面倒事に巻き込まれてたからね。何? 週一放送のアニメなの?
「して……汝のスキルは如何様なものか」
「言うわけねーだろ」
それもそうだ。
八代は心の中で同意する。それと同時に、相手のスキルについて意識を向けた。
先程跳ね飛ばされたあの感じは、おそらくはスキルによるもの。となると、ものを跳ね返らせるスキルか。もしくは、念力系統か。
「おいおい、ぼーっとしてんじゃ、ねぇ!」
憤怒は脚を蹴りあげる。
「ぬぅ……!」
両手で脚を受け止める。両腕に負荷がかかったものの、折れることもなく受けることに成功。掴んだ脚を力任せにぶん回す。ぐるぐると二回、三回と振り回すと、勢いそのまま壁へ投げた。
空中でくるくる回りながら、憤怒は体を丸める。そして――壁にそのまま激突した。
「……」
パラパラと壁が崩れ落ち、憤怒が瓦礫に埋まっていく。手応え的に、あの程度で死ぬような相手ではない、と分かっているので崩れゆく壁を凝視する。
一秒、二秒、十秒、一分。
一向に憤怒が動き出す気配がない。もしや、あれで死んだのでは……と、そんな思考が頭を過る。
いや、さすがにそれは無い。その程度で終わる相手にしては、強すぎる。
顎に手をやり、早々に可能性を潰していく。
であるならば、ほかの可能性は……。
「ぬぅっ!」
ようやくもう一つの可能性に思い至り、その場を飛び退く。すると、先程まで立っていた位置の真後ろに憤怒の姿があった。
「ちっ、あと少しだったのによお」
「甘いな……気配が消せてないぞ」
背中につっと冷や汗が伝うのを感じながらも、八代は余裕ありげにそう言い放つ。
「それにしても、普通に壁に激突したな?」
「……それがなんだよ」
ふふん、と笑うと憤怒の視線が厳しくなる。
「出来なかったのか、あえてしなかったのか。さて、どっちだ?」
「答えるわけねえだろうが」
どちらにせよ、それなりにスキルの候補は絞れてくる。おそらくは、系統としては自分の重力操作と同じ、念能力系統。候補としては、反射の力を増すスキルか、もしくは――。
「何笑っていやがる」
「これは失敬」
さて、スキルの候補が絞れたとて、それが我が勝てる確証に繋がるわけでもなし。ならば、どう行動すべきか……。
思考を巡らせて、最善策を考え抜く。そうして、八代が導き出した解答は、
「あ、何逃げ出してんだよ!!」
戦略的撤退。
いわば逃走だった。
☆ □ ☆ □ ☆
「弱い弱い弱いっ! なんだってんだ、おい!」
動かなくなった兵士の一人を何度も何度も踏み付ける。肉が押しつぶされる音を立てながら、足に地面に血が飛び散った。
「こんなんじゃ俺様は満足しねーぞ!!」
地団駄を踏むその姿は、子供のようで、けれどもその威力からは巨人を連想させられた。兵士の肉片が飛び散り、地面は破壊され、辺りは小さくだが揺れる。
「まるで餓鬼だなぁ、おい」
「誰だお前」
十号の視線の先には、スキンヘッドの大男、グズヤが立っていた。
「誰だっていいだろうがよ。それよかおどれは、強いヤツと戦いたいんだよな?」
「は?」
「弱すぎるって喚いてたじゃねーか。それともなんだ。弱いものいじめしかしたくねぇタイプか」
「喧嘩売ってんのか?」
「煽ってんだよ」
瞬間、十号はグズヤの喉元へ掴みかかった。一秒にも満たない時間で、グズヤに肉薄する。常人であれば、反応することはもちろん、動きを感知することさえ難しい。けれど、喉元に手が届くその瞬間、十号は腕を掴まれる。
そして、ぐるんと視界が回り次の瞬間には地面に叩きつけられていた。
「強いヤツと戦いてぇなら、儂がその願いを叶えてやろう」
にっと、あくどい笑みを浮かべながらグズヤは十号を見下ろすのだった。