少しずつ、戦いの火種は広がってゆく
☆ □ ☆ □ ☆
「これ本当に来るのかよ」
「さあ? でも、来なくても金貰えるんだしいーじゃん」
くだらない話で盛り上がっている冒険者たちの声を聞き流しながら、ちらりと横目でナツミの方へ視線を向ける。
「どう思うよ」
「来る。ってか、向かってきている」
「そーなのか?」
断言するナツミの言葉を信じて、真緒は目を凝らしてみるがそれらしき影はない。
「向かってきているだけで、まだ近くまてま来てねーよ」
「あ、そうなの?」
照れくさそうに誤魔化し笑いを浮かべ、真緒は目を凝らしてみるのをやめた。
今この場には、真緒とナツミと十数組の冒険者しかいない。他の連中はそれぞれでチームを作り、持ち場についている頃だろう。
「あ、そーいや聞こうと思ってたことがあるんだけど」
なにか思い出したかのようにそう切り出した真緒に、ナツミはちらと横目でなんだと問いかける。
「ミルカンディアがなんで狙われたのか、心当たりあるか?」
傷を抉るようなことになってしまうのは分かっているが、それを聞かずにはいられなかった。なぜ、わざわざあのタイミングでミルカンディアを襲ったのか。それは下手したら、今回の戦いに関わる重要なことかもしれないと思ったから。
「……多分だけど、あたしが作ってたクローンを狙ったんだろうと思う」
「クローン……?」
おそらくは、なんでそんなものを? というよりもなぜ、それを奪ったのか? という問いに近いニュアンスで真緒は問い返す。
「これは推測の域を出ないが、おそらくは――」
瞬間、真緒はナツミの腕を掴んで後ろへ大きく跳躍する。
「……っ!」
殺意でもない、敵意でもない。けれど、はてしなく大きな、そしてどす黒い何かが真緒たちが立っていた付近を覆っていた気がしたから。
だから彼女は大きく跳んで、その場から離れた。そしてその判断が、間違っていなかったと分かるのはそれから三秒後のことである。
「な……っ!?」
さっきまで彼女たちが立っていた場所が音もなく抉れ、くだらない話で盛り上がっていた冒険者たちが消し飛んだ。いや、音もなくという表現は正しくない。音は、遅れてやってきた。
「おいおいまじかよ……」
呆然と、そう呟く。真緒にしては珍しい、険しい表情で。
「やっぱりか」
その姿を見たナツミは、口の中でそう呟いた。
「前回は、一人の人物のスキルによって蘇っていた存在が、クローンという媒体を使って受肉した」
それが、ミルカンディアを襲った理由。
「つまり、どういうことなんだよ」
「簡単に言えば、前回より強くなった。……いや、元の強さに戻ったって感じかな」
二人が視線を向ける先に現れるのは、真緒にとって一度は相対した敵。重そうな鎧を身に包み、神々しい大剣を持つ大柄の女性。
「……一号か」
歴代最強の存在が、再び彼女らの前に立ちはだかる。
☆ □ ☆ □ ☆
「そっちはそっちで好きにしろって言っただろう」
「たまたま僕の持ち場と重なっただけさ」
ふっと微笑む御幸を見て呆れたようなため息を吐き出すハガレ。
「ただ、その偶然を感謝した方がいい」
あちら側へと視線を向けて、自信満々にそう言い放つ。
「いやはや。騎士団ナンバーワンツーがお相手だなんて、感激の極みですよ」
その言葉を受けて、にこやかにそう返すのは黒い服を身にまとった男、二号。
「ふっ。本当にその通りさ。この僕に倒されることを光栄に」
御幸はそこで言葉を区切って剣を抜く。その瞬間、鉄と鉄がぶつかり合う音ともに重い手応えが。
「話している最中に攻撃だなんて、騎士道に反する行動だね」
「口だけじゃねぇってことか」
さっきまでの穏やかな口調はどこへやら、冷めきった声が二号の口から発せられる。
「いいね、楽しめそうだ」
強い敵は大歓迎だと、二号はにぃっと嗤った。
☆ □ ☆ □ ☆
「四号のネーチャン。おめェさんは、どうなると思う?」
無精髭を撫でながら、隣に並ぶ彼女へ声をかける。
「本領発揮された彼らは確かに強い。だが、人数の差によって押し切られるだろうさ」
阿鼻叫喚の地獄絵図を眺めながら、彼女は冷静にそう分析した。一人一人の質で言うのであれば、こちらに分がある。けれど、如何せん人数差は大きく、そしてあちら側の戦力も弱くはない。
それだけを見るならば、戦況は魔王軍が不利だと言わざるを得ない。
「ま、それは一桁の連中がいなければの話だがなあ」
特に一号。
なんなら彼女だけで、この国を落とすことは可能なのだ。時間はもちろんかかるだろうが、それが可能と言い切るほどの力が彼女にはある。
「とはいえ、今回の命令に強制力はねェ。あちら側に寝返るやつも出てくるだろ」
「まあそうだね。でも、そうだとしたら今連中に襲いかかっている彼らはどう説明するんだい?」
「そうだよなァ」
今回、受肉を果たしたことで彼らの主である怠惰からの命令に強制力はない。だから、魔王軍を寝返る輩が現れてもおかしくはないのだが、今のところそういった気配はなかった。
「どうせ最後になるなら、暴れておこうって考えだよ。あとは強いヤツと戦いたいとか、楽しみたちとか、ね」
「相変わらず性格が終わってやがる」
どの口が言ってるんだか。そんな彼らと同類だから、自分はここにいるのだと、内心で毒づく。
「寝返るとしたら、三号ぐらいか」
「七号はないのか?」
「七号が? まさか。あれは、自分の利益しか考えていなタイプ。相手だけが得をするようなことなんて、しないさ」
奥底を見せない彼女の姿を思い出し、ぺっと唾を吐き捨てる。あのタイプは四号にとってはもっとも嫌いな部類に入る。だからこそ、制御しやすいのだけれど。
「三号ってェのはなんか根拠でも?」
王都の上空を跳びはねる三号を視界の端で捉えながら、五号は四号に問いかけた。
「あいつだけは私が理解できないからだ」
「は……?」
「変人奇人という呼び名さえ不相応な異常者集団の中で、唯一まともな感性を持ち続けている異常者」
「まともなやつを異常者扱いするのかよ」
「事実、異常者だろう。そもそもとして、私らと同類な時点でどうかしている」
ハンっと鼻で笑ってそう言い切る。
「というか、私からしたらあんたはどうなんだって話だよ」
「俺か?」
「戦えない訳でもないのに、どうしてここにいるんだい?」
ここは敵も味方もいない、街のはずれの高台。そんなところに、わざわざ彼は何しに来たのかと首を傾げてみる。
「……一応俺ァ、この国の騎士だったんだ。他の街ならいざ知らず、昔守ると誓った場所を壊す気はねェよ」
「何年前の話かな、それは。そんな昔の話に、義理を通す必要なんてないでしょうに」
揶揄うようにそう言うと、「うるせェ」と悪態をつきながら首筋を掻きむしる。
「暇なら、一緒に来ないかい?」
「どこに行くんだ、嬢ちゃん」
怪訝な目で見てくる五号に、四号はにぃっと笑ってみせる。
「行ったことがある場所さ」
そう言って彼女は一歩を踏み出す。散りゆく命など興味が無いとばかりに背を向けて。
「……へいへい。お供しますよっと」
五号は後ろを一瞥すると、四号の命令に後を追う。
彼女たちが向かう場所を知るものはまだいない。