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手紙

 

  ☆ □ ☆ □ ☆


  飛び散る血、肉が抉れる生々しい音。

  返り血に染まった君が、動かなくなった彼女に何度も何度も突き刺す。

  その姿を俺達は――。


「……っ」


  首を横に振って、過去の記憶を頭の片隅に追いやる。今は関係ない。今は今の自分の役割に没頭しろ。


「さて……」


  クラーケンの動きを確認しながら、周りを見てみる。とりあえずは、いい感じの位置にいるようだ。


「……」

「ん? どうかしたか?」

「ああいや。なんでもないよ」


  ニッコリと笑ってはぐらかす。

  バレないように見ていたつもりだったけれど、気づかれてしまったか。秀一は心の中でサトウの警戒を強めつつ、彼がおかしな行動をし始めた時すぐに動けるよう気を張っておく。


「kururaa!!」


  クラーケンが周りに威嚇するように鳴く。この行動は、おそらくは周りにいるであろう魔物への牽制。

  どんな場所であれ、大抵は一枚岩ではないのだ。


「そろそろ始めっぞー」


  サトウの掛け声が聞こえてきて、秀一は改めて気合いを入れ直す。

  作戦は至って簡単。触手が同時に潰されると、再生力が鈍るので、それぞれが一本ずつ、ほぼ同時に切り落とす。ただ、触手は全部で八本なので一番初めに潰す人が七本目、二番目が八本目を担当するといったものだ。

  六本潰すことが出来たなら、再生にかかる時間はおよそ五秒(推測)。これだけの時間があれば、何とかなるだろう。


「――開始っ!」

「『断裂』」


  開始の合図とともに、秀一は触手を切り落とす。特に抵抗もなく切れたそれの断面部分は今にも元に戻りそうになって……しかしそれより先に、もう一本が切られる。


「うおっし! 二本目!」


  声が聞こえてきた時にはもう、走り始めていた。


「三本目完了!」

「よ、四本目何とかいけたよ!!」


  サトウとレイの声が続く。

  空中に漂っている透明な触手を目掛けて、最大限まで目を凝らして飛び上がる。


「こっちも終わったぞォ」

「六本目しゅーりょう!」


  六本目が切り落とされて、透明な触手の動きが途端に鈍る。あと少しで確実に斬れると思ったその瞬間、触手はゆっくりと秀一から離れた。


「――っ! 『断裂斬』」


  刃の向きを変えて、空を切る。ギリギリのところで届いたようで、七本目の触手が切り落とされた。

  これは、まさかこちらの意図に気付いているのでは……!?


「真人っ!!」


  横目でこちらの動きを見ていたのであろうサトウと目が合って、彼はこくりと小さく頷く。見れば七本目の触手は、遠くへ遠くへ移動している。――残り時間二秒。

  さすがにもう無理か。ただ、光明は見えたのでこれを主軸に作戦を練り直せばあと二、三回で……。

  一応動いてはいるものの、もう無理だろうと内心では諦めていた。だけど、彼は違った。


「ルノーっ! 頼む!!」


  主の声に呼応するように、ルノーは大きく跳び上がる。その上に乗り込んで、ルノーの背中を踏み台にしてもう一段高くサトウは飛び上がった。

  なぜ、とそう思う。聞いた話だと、まだ時間に余裕があるらしい。けれども、彼の動きには焦りがあった。それはきっと、捕まっているという彼女のことを心配してるからこその焦りで……。


「よしっ! 八本目ぇぇ!!」


  弾丸のように飛び出した彼は、遂に空中に逃げる触手を捕らえて切り落とした。とりあえずは、これで――。


「いや、まだだ!」


  失念していた。触手の破壊は再生力を低下させるものであって、クラーケンを倒すことではない。

  モンクさんに攻撃の準備をしてもらうべきだったか……! 自身の迂闊さを呪いながら、彼が必死になって繋いたチャンスを失わないよう、全力で本体に向かって跳び上がる。


「『具現化』っ!」


  真緒がハンドガンを生成して、本体に向かって撃つ。しかし効いてはいるものの、クラーケンの自体がでかいためそこまで効果は見込めていない。


「『断崖』」


  久しく使っていなかった技を発動させる。秀一のスキルは、所謂何でも切れるというもの。それは目に見えないものでも効果はある。

  秀一とクラーケンの距離を切り取ると、空間がねじれる。けれどすぐにそれを直そうと空間がうねる中、秀一は飛び上がり続ける。

  すぐ目の前には何も見えない。けれど、透明な何かは確かにそこにいる。距離を切り取った代償は手に持っている最後の剣。ピキリ、と音を立てて砕け散る。

 

  つまり今、秀一の攻撃手段は自分自身の身の一つのみ。


「うぉぉおおおお!!」


  力が上手く入らない空中で、せめて下に落とせばどうにかならないかと思い、透明な体にしがみつく。

  重力に引っ張られ、落下していく。けれど、――これでは間に合わない。八本潰したが、そんなに長く再生力が落ちることは無い。今にも、完全に回復してもおかしくは無い。


  ――時に、美味しいところだけ持っていく存在は稀にいる。


「『隕石疾走(メテオドライブ)』」


  昔に聞き慣れた声。それが聞こえた瞬間、秀一は手を離していた。手を離し、クラーケンと距離が開く。そして――


「kururaa!!」


  クラーケンの断末魔と、風の音が混ざり合い辺りに響く。次の瞬間には、クラーケンだったものが押しつぶされ、クレーターが出来上がっていた。



「ふっ、我参上」


  ポカーンと、皆一様に目を見張り、まさかの登場に驚きを隠せないでいた。そして少し間を置いて、ここにいる全員がサトウへと視線を向けてこいつ何とかしろと圧力をかける。


「あ、あー……、ひ、久しぶり……だな?」

「うむ! 久しぶりだなぁ、盟友よ」


  サトウに話しかけられて、嬉しそうな八代。いや、なんでいるんだよと言いたい気持ちをぐっと堪えて、サトウは再び口を開いた。


「えーっと、さっきのはナイス」

「良いタイミングに来てしまったような気もするが……まぁ結果良ければ全てよし! というやつだな!!」


  あの状況からではどうしようもなかったので、素直に褒めようかと思っていたサトウの気持ちが急速に萎んでいく。


「……で、なんでここにいんの?」

「うむ、貴様宛に手紙を預かっているのだ。まあ、勝手に置いていった、というのが正しいが……」

「あん? 」


  苦虫を噛み潰したような表情で手紙を渡す八代。それを怪訝そうな顔ながらも、サトウは受け取ると中身を確認する。


「……」


  中身を見た途端、サトウはいっそう険しい顔で唸り始める。一通り読み終わり、顔を上げると彼は開口一番こう言った。


「ちょっと行くところができた」


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