亀裂
☆ □ ☆ □ ☆
翌日。
王城の一室にて、ハガレ、御幸、グズヤ、ドロヤが集まっていた。それらの面々を順に見て、国王はうむと小さく顎を引いた。
「まずはミユキよ。此度の武闘祭にて優秀な成績を納めたこと、我は誇らしく思う」
「ありがとうございます」
跪き、礼を述べる。それを満足気に見下ろすと、国王はうむと頷いた。
「貴殿のこれからの働きに期待しよう」
けれど、その言葉への返礼はなくはてと国王は首を捻る。数秒ほど、沈黙が場を支配する。それを破ったのは、御幸だった。
「申し訳ありません。私事であり、身勝手な申し出であることは重々承知ではありますが、騎士団を辞めさせていただけないでしょうか」
予想外の言葉に、なっと言葉を漏らし目を見開く。またしても誰も何も喋らない時間が訪れるかと思いきや、口を開いた者が一人居た。
「理由を聞こうか」
低い声が場に響く。その声の主は他でもない、騎士団団長であるハガレだった。
「過去の戦友に助けを求められました。私は、友であり仲間である彼を助けたい、力になりたいと、そう思いました」
国王はその言葉を聞いて、奥歯を噛み締め拳を握る。
「……貴殿の思いは、分かった。だが、武闘祭が終わり、優勝した貴殿が騎士団を去るということは――」
「なるほど分かった。好きにしろ」
無礼にも、ハガレは国王の言葉を遮ってそう言った。
「陛下、ここは彼の頼みを聞いては貰えませんか。騎士団から除名、ではなく休暇という形で彼の友を助けさせてやってはくれませんか」
そう言うハガレの瞳は冷えきっていて、言葉は御幸のことを思う良き上司であれどそこに情はない。
そして、下手に出てはいても提案ではなく決定事項を突きつけているようでもあった。
「なっ、何をおっしゃるのですか! 貴方、正気ですか!?」
沈黙を破り、喚き散らしながら詰め寄ってくるドロヤをハガレは冷たい視線で一瞥する。
「正気だ。その方がいいと、判断した」
「本当に、何を言って――」
「分かった。ハガレの意見を聞き入れよう」
ドロヤの言葉を遮って、国王は重々しくそう告げた。大口を開けて驚愕を示すドロヤを見向きもせず、国王は御幸を見下ろす。
「貴殿はこれからしばらく、休暇を与える。全てが終わった後、戻ってきなさい」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる御幸。それを見下ろしながら、これでよかったのだろうと、半目でハガレを睨みつける。ハガレはパチリと目を瞑ることで、それに応じた。
「ミユキよ、下がって支度をしなさい」
「失礼します」
ドロヤの様子を見て、これ以上残すと面倒なことになると判断した国王は、さっさと立ち去るよう指示を出す。それに対し、丁寧に礼をすると御幸は堂々とした態度で部屋から出ていった。
「ハガレ殿、どういうつもりですか!?」
「もう決まったことだ。外野が騒ぐな。というか、貴様は別の案件で来たのだろう。陛下は暇ではない、さっさと要件を話すがいい」
憮然とした態度で、冷たくあしらい何事も無かったかのように無表情で前を向く。
「ぐぬぅ……へ、陛下。お見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ございません」
「ふむ。して、貴殿の用とはなんだ」
ドロヤは懐から一枚の紙を取りだし、国王に見せつける。
「この者に襲われ、数年前私は商品である奴隷を奪われました。そして、この男は先日の武闘祭に参加していたということが発覚しています。どうか、騎士団を動かしこの者を捕まえてはいただけないでしょうか……!」
ドロヤの訴えに、うむと呟き視線をスライドさせる。
「騎士団を動かす場合、我よりも団長であるハガレに決定権がある。貴殿はどう思う?」
「きちんと申請を通してもらえるのであれば、少々時間はいただきますが動かすこと自体はできます」
「ただ、」と続ける。
「奪われたのが不法な方法で手に入れた奴隷だったりとした場合であれば、難しいですが」
「な、なな、わ、私が犯罪行為に手を染めていると言うのですか!?」
「いえ、そういうわけでは」
しらっとした目をしながらも、ポーズとしては疑っていないと主張する。
「その態度だとまるで、私が不法な手段で奴隷を入手してるみたいじゃ――」
「よう口が回るよなぁ、おどれは」
ふてぶてしく、彼は初めてこの場で声を発した。
彼の存在は、ドロヤにとって何故この場にいるのか疑問ではあった。だが、彼をこっち側だと認識していたので問題ないと切り捨てていた。しかし、反旗を……否、元々こちら側になど居なかったのだと遅れてドロヤはそう理解する。
「聞いたで、先日何者かに襲われ教会に運ばれてきた奴がいたって」
その言葉を聞いて、ドロヤの口の端はヒクつき額から汗がダラダラと落ちる。それを見てグズヤはにやぁと笑みを浮かべる。
「犯人は男三名。一人から話を聞けたが、おどれに頼まれたって言ってたぜぇ」
実際は、襲われたのは件の奴隷の娘ではなくその連れで、しかも襲った犯人である男三名のうち二名は死亡、一名は瀕死の状態だったらしいが。
しかしそれらは伏せて、都合のいい部分だけ切り抜き反応を見る。反応は上々、少なくとも襲撃を計画した、もしくは命令したのはドロヤだと確信を持つ。
「そ、そんなわけないだろう!? き、きっと、私を嵌めるために何者かが……!」
「そういえば、昨日の夜偶然その奴隷の娘に会ってなあ。まあそこで聞いた話じゃあ、相当苦労したらしいなあ」
白々しく、そう言うのは黙ってこれまでの話を聞いていたハガレ。それに便乗するように、グズヤはハガレの隣に立ち並ぶと人差し指をピッとドロヤに突きつけた。
「ま、そこでワシが色々調べてみたんだがよう。戦争孤児を保護せず奴隷にするのは、正当なのか? ん?」
威圧的にそう問われ、ドロヤは何とも答えられずにひゅっと息を飲む。
「んでもって、それ繋がりで調べてみりゃあグレーだの真っ黒な案件が出るわ出るわ……。ワシ的には、そっちよりもこっちの方を調べた方がいいんじゃないかと思うんですが、そこんとこどうなんです? ハガレさんや」
「外部、内部問わず摘発があれば我々で調査することは可能だ。……陛下、我々でこの件を調査してもよろしいでしょうか?」
国王に水を向けて判断を任せる。国王がそう命じたという事実があれば、本格的にかつ大規模に調査することが出来る。根元まで潰すにはそっちの方が手っ取り早い。
ここに来て、ようやくドロヤは自分が嵌められたことを、そして国王はこれが茶番だということを理解した。
「そうだな。では、騎士団団長ハガレ。貴殿にこの件を一任する」
「はっ」
跪き、仰々しい態度で返答する。そして数秒ほどその体勢をとったあと、何事も無かったかのように元に戻った。
「貸一だぞ」
「その貸しはワシにこの事頼みに来た奴に言えや」
本音を言うと、この件に関してグズヤは積極的に関わりたいだとか悪を倒そうなどという気は一切なかった。けれど、昔馴染みであるカトリーヌから頼まれたのだ。サトウ・マヒトを助けてやってくれと。
苦々しげに、手紙を思い出すグズヤの顔を横目でハガレは見ていた。その瞳は、空虚ではあったがほんの微かに温かな光が宿っていた。
ある者は呆れたように、ある者無感情に、ある者は苦々しげに、ある者は顔を青くして。その場で誰一人として言葉を発しない時間が再び訪れ、そろそろ解散しようと、国王が口を開きかけたその時。大きく音を立てながら、部屋の扉が開け放たれた。
何事かと一同の視線が集まる中、息を切らした一介の兵士が国王の下へ駆け寄り跪き、口を開ける。
「ほ、報告します……っ! 水の都市、ミルカンディアが壊滅しました!」
ほとんどの人間は知らないが、裏で進められていた人間と魔族の和平計画は、今この時をもって修復不可能なまでのヒビが入った。