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嫌い

 

  ☆ □ ☆ □ ☆


  ボクは昔から、失敗ばかりを繰り返していたように思う。

  そんなんだから、母と義父からは厄介者扱い。中学に上がると、わざわざアパートの一室を借りてまで追い出された。

  けど、そんなボクの人生もそう悪いことばかりじゃなかったと思う。何もなかった中学生活で、唯一心を許せる、通じ合える人と出会えた。その人は――その人は――どんな顔をしていただろうか。


  チャリンと、微かに金属がぶつかる音が聞こえてきた。薄らと目を開けると、手を伸ばせば届く位置になにかの鍵が転がっていた。どこの鍵なのだろうか。もしかすると、この手錠の鍵だったりするのだろうか。

  そう思いはするものの、中々行動に移せない。


「…………」


  逃げ出してどうするのか。そもそもとして、自分に生きる価値などあるのかと、そんな卑屈な疑問が頭に浮かんでは消えていく。

  そんな時、遠くから何かが倒れる音が聞こえてきた。それは、固い物体が落ちたというよりも、人が倒れたかのような音だった。


「……」


  なにか別段思うところがあった訳では無い。ただ、誰が倒れたのか確認しようと思った。ここで人といえば、自信をここに監禁したやつだろうと思っていたのだ。

  手錠の穴に鍵を入れると、すんなりと回り手錠がとれる。手首を擦りながら立ち上がると、音のした方へゆっくり歩いて向かう。


  ――ボクは昔から、失敗ばかりを繰り返していたように思う。もう少し早く動いていたらとか、もっと力があったらとか、もっとしっかりしていればとか、そんな後悔を何度もしてきた。――そして、そんな自分が昔から嫌いだった。

  だからこそ、今回のことも自分がもっと早く動いていたら防げたものなのだろうと後からそう推察するのだ、きっと。


「……!」


  それを見て、ボクの瞳は限界まで開かれる。動悸が早くなり、それを認識して脳が処理することを拒む。


「ぅ……そ……」


  乾ききった口から、掠れた声が漏れ出てくる。

  後悔と絶望、無力感。様々な感情が頭の中を渦巻き、ぐちゃぐちゃになる。

  ふらふらと、ふらつく足を必死に前へと押し出してその人物の下まで辿り着く。信じたくない光景に、無意識で目を瞑ってしまおうとするのを無理やり抑え込む。

  間違いない。ボクは、目の前で倒れている彼女を知っている。


  その人物は、頭から血を流しながら横たわっていた。床にはここまで這って来たのであろう跡が見受けられる。

  どうして、もっと早く動かなかったのか。後悔の言葉が自分を責めたてるように次々と思い浮かんでくるが、今はそれらを全て横に退かせて彼女の首を触る。


「ま……だ、息……ある」


  生きている。

  その事に少しだけ安堵を覚えつつも、すぐに動かなければと気合を入れる。


「……失礼します」


  一言断りを入れて、彼女を背負う。彼女は小さいながらも呼吸をしっかりしており、それを感じながら気持ち早めに足を動かした。

  ――急がなければと、その一心で。


「東堂寺さん……耐えて……!」


  そんな悲痛に満ちた声音が、真っ暗闇の廊下の中に響き渡った。


  ☆ □ ☆ □ ☆


「ちょ、兄ちゃん、どうしたのさ」

「まずいことになった」


 朱色の髪をした男は、辺りを警戒しながら急ぎ足でどこかへ向かう。それに引っ張られる形で、少女はついて行くがどこに行くのか説明もないまま連れてこられたので、何度も説明を求めていた。


「モンク、一つ聞いていいかァ」


  モンクの方を見ないよう意識しつつ、シモンはそう問いかける。


「……まあ、いいけど」


  兄のいつもとは違った態度に、多少訝しみつつもこくりと小さく頷いた。


「もしもオレが、魔王様に喧嘩売るって言ったら、お前はどうする?」

「それって……」


  言いかけた言葉を、しかし彼女は首を振り飲み込んだ。わざわざ聞くまでもなく、この状況はそういうことなのだと察したから。


「一つ言っとくよ、兄ちゃん」

「……なんだァ」


  なおも振り返ろうとしない兄の顔を両手で挟むと、強制的にこちらに向き直される。意思の宿った真っ赤な瞳に、不安げで頼りない兄の姿が映し出される。


「わたし、別に魔王への忠誠心とか情とかぶっちゃけゼロなんだけど。ってか、個人的に言うなら魔王のこと嫌いだし」


  あまりにぶっちゃけた、上司に対する心情にシモンは思わず息を飲む。

  そんな兄の姿を見て、はぁと深くため息を吐き出しピっと人差し指を立てて話を続ける。


「わたしにとって重要なのは、兄ちゃんと一緒にいられることであって魔族の繁栄とか、人類を滅ぼすとかどうでもいい。だから、どっちにつくかとかいう質問なら、答えるまでもないよ」


  はっきりとそう言いきった彼女の瞳には、嘘や冗談などといった感情は見られない。


「はァ……」

「わたしってそんな強くないから、大事な人のみじゃないと、守りきれないだろうし……って、兄ちゃん聞いてる?」

「聞いてる……立派になったなァと思ってよォ」


  ガチ泣きする兄に引きつつも、しょうがないなーと背中をさする。他の人の前ではちゃんとって言うか、ガサツなのに二人きりになると頼りなくなるのだ、この兄は。喜ぶべきか、呆れるべきか、複雑なものでなにか言葉が出てくることなく、口元をもにゅらせた。

  次第に感情が収まってきたのを察すると、それでと続けて問いかける。


「結局、今誰に狙われてるわけよ」

「……わざわざ狙ってきてんのかは知らねェが、お前を始末しようとしてたってのは確かだぜェ」

「狙われてたの、わたしなんだ」


  てっきり兄が狙われてたと思っていたモンクは、目を丸くしてそう反応する。それに首肯を返し、シモンは続けた。


「あのままケイダイさんの感じを続けさせて、助けに来た連中に殺られんのが魔王様の考えだったらしい」

「それでわたしを連れ出したと」

「そうだ。ただまァ、わざわざ狙ってくるのかは謎だし、魔王城に戻らずにこのまま身を隠そう」

「ラジャー」


  端的に説明を終わらせると、再び辺りを警戒しながら先を急ぐ。どこへ向かうか明確な目的地は決めぬまま、進む兄と妹はいつしか暗闇へと消えていった。


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