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決勝戦

 


  ☆ □ ☆ □ ☆


  ――僕、鳥井 御幸は一般的に見ても恵まれていたとそう思う。

  優しくも厳しい両親、尊敬できる兄、大体のことは出来る要領の良さ、ルックス、大病院の息子という立ち位置。

  けれど、恵まれていたら嫉妬や妬み恨みつらみの矛先になりやすいのは自明の理。幼い頃から、人一倍悪意に触れていたような気がする。

  しかし、どれだけ他人に何か言われようとも家族は僕を認めてくれた。叱ってくれた。導いてくれた。そんな家族が僕は大好きだった。


  だが、いつからか周りから優秀な兄と比べられるようになり、一人の少年には重すぎる期待を背負わされた。

  「あの家の子だから」「流石は鳥井さんの弟くん」「このぐらい当然よね」「もっと頑張らないと、お兄ちゃんはもっと出来たのよ」


  そんな日々が続いていくうちに、いつしか家族の声に重なるように幻聴が聞こえるようになった。

「よく頑張ってるな(兄はもっと凄いのに)」「凄いじゃない! 偉いわね〜(この程度のことしか出来ないの)」「お、久しぶりに一緒に遊ぶか? (忙しいのに。大したこと出来ないくせに)」

  誰かに褒められても、認められても、何も感じなくなってしまった。何も思わなくなってしまった。自分を褒める言葉には、いつもどこか裏があるように思えて受け取れなくなってしまったのだ。


  だから次第に、僕は僕自身を自分で褒めるようになった。確実に裏がないことを知っているから。そうでもしないと、壊れてしまいそうだったから。


  ☆ □ ☆ □ ☆


  実況の声、歓声、様々な音が耳に入ってくる。

  けれど今だけはそれを全て遮断する。遮断して、瞑目して、そして一つ深く長い息を吐き出す。


「……よし」


  顎を引き堂々とした佇まいで、試合会場へ歩を進める。陽の光が目を眩ませ、試合会場はむせ返るほどの熱気で溢れていた。

  自身の一挙手一投足に視線が向けられているのが肌で感じられる。目の前には不遜な態度で佇むアロガンの姿。この前の試合では、真緒ちゃんが相手だったらしいが流石に厳しかったか。


「……おう。ちっとはマシなやつが出てきたか」


  ふんっと鼻を鳴らすアロガンの姿に、僕はふっと微笑み応戦する。

  僕が今からすることは、昔に戻るわけではない。かといってがらりと変わるわけでもない。ただ新しい道を歩き始めるだけ。昔と今の自分を合わせ、新しくも元と似通った自分となるのだ。


「随分なご挨拶じゃあないか。ならばご挨拶の返事という訳では無いけれどね、一つ教えてあげよう」


  アロガンを指さしながら、彼に負けず劣らず不遜な態度で言ってのける。


「僕は強い。そして、誰よりも美しい」

「……」


  ピクリと困惑げに眉が動く。僕とアロガンは睨み合ったまま、一歩も動かず、そして一言も発さない。

  そうしていると、両者の説明を終えた実況が試合開始の合図を出した。


「……」

「……」


  決勝の舞台は、準決勝の展開とは打って変わって静かな立ち上がりを見せた。互いに互いを睨み合い、どちらが先に仕掛けるか牽制し合う。

  誰も彼もが固唾を飲んで、試合の流れに注目する。


「……っ」


  先に動いたのはアロガンだった。

  彼は一瞬姿を消し、次の瞬間には目の前に現れていた。


「くっ……!」


  体を強引に動かし、何とか受け止める。両手に衝撃がモロに入り、落としそうになった木刀を必死に掴む。

  受けに回っていては押し切られると判断し、攻撃しようと意識を向けるが次の瞬間には姿が消えていた。


「まさか……!」


  反射的に横へ大きく飛び退くと、さっきまで立っていた場所が砕け散っていた。

  もしやこれは消えたんじゃないのか。


「『アイスエッジ』」


  氷塊を生成し、アロガンに向けて発射する。それをアロガンは避けることなく、正確に砕いてきた。


「『結晶』」


  砕け散った氷の欠片が結び付き、彼の足を氷漬けにする。……これでどう来るか。

  アロガンの足に注視すると、彼は小さく地面を何度か蹴った後、勢いをつけ大きく跳んだ。

  僕が前の試合でやったように、死角に入って消えたように見せるんじゃなく、消えたと錯覚するレベルの速さで動いているのか。

  おそらく地面を何度か蹴っているのは、最小の動きで最大限の速度を出すため。けれど、原理が分かっても真似できるかと言われると答えは否となる。

  感覚と身体能力が化け物に近いレベルでなければ、あれを行うことは不可能だろう。


「『アイスラッシュ』」


  こちらもアロガンと同じ高さまで跳び上がると、胸元へと木刀を突きつける。しかし、剣先は途中で止まる。


「……流石ですね」

「はんっ」


  木刀を掴んで、にぃっと笑ったかと思うと力任せにぶん投げてきた。僕は咄嗟に受身を取り、衝撃を殺しながら地面を転がる。

  その隙にアロガンは音も立てずに着地する。


「まだやんのか?」


  気だるそうにそう言って、頭を搔く姿からはやる気が一切感じられない。


「ええ、もちろん」


  にっこりと笑ってそう返す。

  身体能力では完敗。となれば、あとはスキル頼りになるか……。いや、それだけだと勝てない。となれば、虚を突くような攻撃で隙を作るか。

  笑顔の裏で、勝つための算段を立てるが勝機のある案がなかなか浮かんでこない。

  そうこうしていると、アロガンは面倒そうにため息を吐き出した。


「そういや、あの愚図が面白いもんやってたな」

「……何を」


  眉を寄せてそう尋ねると、片手で木刀をくるくると回してニヤリと笑った。


「おい雑魚。しっかり踏ん張れよ」


  一方的にそう言ってきたかと思うと、木刀を横向きに握って構えをとった。

  瞬間、得体の知れない威圧感が襲ってくる。何が起こるのか分からない。けれど、すぐに逃げないといけないと本能が告げてくる。


「『太刀筋』」


  ゴウっと風を斬る音がして、咄嗟に木刀を前に出して受けの体勢をとる。


「ぐぅ……っ!」


  景色が後ろから前へと流れていく。

  軽く地面を蹴って、浮かび上がり衝撃を緩和する。そして前から来る衝撃を使って、押し出される向きを少しだけ変えた。

  途中で、攻撃から逃れられさっきと同様地面に転がる。そして少し遅れて僕の今の立ち位置から少し後ろの壁が爆発した。


「おい、爆発したぞ!」

「これ、移動した方がいいかな!?」


  観客の悲鳴やどよめきが耳に届く。

  よろよろと立ち上がると、木刀でポンポンと肩を叩きながらこちらを見てくるアロガンと目が合う。


「どうする。まだやんのか?」


  余裕の笑みを浮かべてそう問いかけてくると同時にさっきの攻撃の反動か、アロガンの木刀が音を立てて砕け散ったのだった。


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