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足音

 

「弁当持ったかー?」

「元々ねえよ」

「ハンカチはー?」

「持ってねえ」

「財布は――」

「持ってねぇって言ってんだろ! 遠足か! 旅行前のオカンなのか!?」


  声のする方へ勢いよく振り向くと、「おー怖い」とわざとらしく体をさする真緒の姿があった。


「おいおい。緊張をほぐすための真緒ちゃんの粋なジョークじゃねえか。笑って流せよなー」

「そういうお前は持ってんのかよ」

「あったりまえだろ」

「逆になんで持ってんだよ……」


  木製の弁当箱やらくまの刺繍が施されたハンカチやら、財布やらを取り出して見せつけてくる。


「今日は祭りを楽しむ暇はないかもなんだぞ」

「分かってるって。楽しめるうちに楽しまねぇとな!」

「分かってないじゃん……」


  こんなんで大丈夫かなとため息を吐いていると、横から水筒が差し出される。


「水ですがいります?」

「ありがとう。貰っとく……」


  水筒を受け取り、ちびちびと水を飲む。


「にしても、すごい人だな」

「そりゃあ、準決勝決勝なんだから観に来る人は多いだろ」

「屋台も昨日より多いからねー」


  焼きそばやら串焼きやらを食べながら歩く人たちを横目に見ながら、俺たちは試合会場へと向かっている。


「……ちなみに言っとくが真緒、遅刻した場合は不戦敗だからな」

「わ、分かってるって! いやー、わたしのこと信ろっての!!」

「やっぱり私、真緒さんの方に付いてくことにしようかな」

「そうだな、うん。頼むわ」

「は!? いや、ちょっ、流石のわたしも今回ばかりは遅刻しないって!」


  慌ててそんなこと言ってくるが、俺らはそれをまるっとスルーする。普段の行いからして不安なんだよお前は。


「レイちゃんがそんなにわたしと居たいって言うなら別だけどよぉー」


  ニヤニヤとからかう様な言葉に、レイは「はいはい」と受け流す。


「兄ちゃん、最近レイが冷たいだけど」

「安心しろ。レイが暖かかったことはない」

「なんでここで私を弄る流れになっちゃうの……」


  まったくと呆れたような態度が面白かったのか可愛かったのか、唐突に真緒がレイに抱きついた。


「そんな顔すんなって! ほらほら〜」

「はあ……」


  どうにかしてくださいこの人と、無言で助けを訴えかけてくるが俺はそれに気付かないふりをしてスルーする。それは俺にも無理だ。でもその、こいつ使えねぇ……的な目はやめて頂けると助かるのですが。

  そんなことを話しながら歩いていると、突然レイが立ち止まり服の裾を引っ張ってきた。


「おん? どうし――」

「サトウさん、あの鬼のお面付けて」

「りょ」


  声から焦りの色が感じられたので、俺は理由を聞くことなくすぐさま鬼のお面を付ける。そして、レイは真緒の背後に隠れた。


「……進むか?」

「ここで止まる方が目立つので、進むのが無難かと」


  真緒に目配せをしてこのまま行くぞと伝えると、彼女はこくりと小さく頷き足を前へ前へと進める。それに俺たちは、近すぎない程度に寄ってついていく。

  それから少し経って、レイが何故鬼の面を被れと支持してきた理由がわかった。


  恰幅のいい体型に、ジャラジャラとこれみよがしにはつけている貴金属、そして細く垂れた目。何年も前に一度だけ見た、レイを連れていた奴隷商人が俺たちの横を通り過ぎた。


「……俺たちのこと忘れてるってことないよな?」

「未だに手配書が無くなってないんだから、忘れてはないでしょ」

「だよなぁ」


  見えなくなったのを確認して、コソコソと俺とレイは二人で話し合う。それを不満げに眺めているのが一人。


「なあ、結局なんだったんだよ」


  どう答えるか一瞬だけ悩み、言葉を慎重に選びつつ返答した。


「ちょっと俺らのことを目の敵にしてる奴がいてな」


  レイが奴隷だったって言うことは、わざわざ言うようなことでもないだろうと思い、言及を避けるよう、含みのある言い方で返す。

  それを察したのか、真緒は「ふぅん」と気のない返事を寄越すだけでそれ以上聞いてくることはなかった。


「そういえば聞いてなかったけど、アロガンって奴強いのか?」


  話題を変えるようにそう聞いてきた真緒に、「ああ」と答える。


「ナツミさんのお墨付きだ。『真正面から戦ったら、真緒でも無理だ』ってよ」

「ほー……」

「真正面からってことは、別の方法なら勝てるかもって事ですよね」

「まあ、そうなるな」


  とはいっても、基本的に真緒の戦闘スタイルは変化球を投げまくるやり方なので、元々真正面から戦うってやり方じゃないんだけどな。


「そこんとこ、どうなんです? 真緒さんや」


  横目で見ながら水を向けると、何事か考え込んでいた彼女は一瞬だけ間が空いた後、口を開いた。


「……ま、なるようになるだろ」

「なんだそれ」


  投げやりな言葉に、呆れつつもそんなものかと納得する。今さら焦っても対策を練る時間も準備もない以上、下手に自信を失うようなことは考えない方がいいだろう。

  というか、今はこちらよりも……。


「ナツミさんの方は大丈夫かねぇ」

「あっちは無理すんなって言ってるが……」

「無茶しそうですもんねぇ」


  三人共に多少の不安は抱いたが、ナツミさんがいるし大丈夫だろうと思い直す。そうやって話しているうちに、俺と真緒それぞれの試合会場が見えてきた。


  ☆ □ ☆ □ ☆


  「ねーえー、もう行こーよー……」

「……」


  静まり返った路地裏で、セシルの声が辺りに響く。


「どっか行ったんだよ、きっと」

「……それはそれで不安なんだが」


  ……約束の時間はとうに過ぎ、これ以上待っても仕方が無いかとため息を吐く。


「それじゃあ、あれはほっといてさっさと――」

「――置いていくだなんて、酷くないでございませんか?」


  ちっと軽く舌打ちをしつつ、声のした方を向いてみる。先に振り向いていたセシルが、げぇと嫌そうに顔を歪ませる様を視界の隅で捉えながら、遅れてきたそいつを責めるべく目を細める。


「遅刻してきたのはそっちだろうが」

「ま、ちょっと予定がありやがりましてね」


  飄々とした態度で受け流す姿を見て、これ以上言っても無駄だと思い諦める。そんなことよりも、さっさとやる事を終わらせる方が先決だ。


「それじゃあ、魔族の目撃情報があった場所に向かうか」

「はいはーい」

「へいへい」


  あたしがそう言い先行すると、温度差のある返事があった後それぞれの足音が耳に届く。


  それぞれの足音は、たまに重なることはあってもすぐにバラつき散らばって。けれど、進む方向だけは同じだった。そうやって重なり散らばりを繰り返していくうちに――


  ――いつの間にか足音は一つ減っていた。


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