偽物の答え
火照った頬を冷えた風が撫でつけられて、気持ちいい。
「時代の変わり目に現れる存在……ねぇ」
ナツミさんが話していた内容を思い出す。
不幸を呼び寄せる的なことは、絶対にセシルには言えないなと、心の中でそう呟いた。
酒場の喧騒はここからでもうっすらと聞こえてきて、それはまるで別世界のことのように思える。身震いをして、壁に寄りかかり瞑目する。
あの事が本当ならば、俺はどうするべきなのだろうか。そんな形のない悩みが、頭の中でぐるぐると回る。
「うおっ!?」
不意に頭が重くなり、驚きの声をあげる。一気に目を見開くと、視界が開き、そこには真緒の姿があった。
「なにしてんの!?」
「ん? グラスをあんたの頭の上に置いてんの」
「ほんとになにしてんの!?」
分からん……本当にこいつの行動が全く読めない。
呆然としていると、彼女はふっと微笑み、俺の頭に乗っけていたグラスをこちらに突き出してきた。
「飲むかい?」
「……ああ」
俺はその問いかけに、一つ頷きグラスを受け取った。
「真緒は……あの話、どう思った?」
グラスを呷りながら、そう問いかける。
口の中いっぱいに広がる苦味を感じながら。
「んー、わたしは別にって感じだな。セシルっつーやつと関わりがあった訳じゃねーし。ふーん、って感じ」
「まあ……そうだよな」
大半の人がそうだろう。
ただ、俺はそうやって結論づけることも出来ず、かと言って他の結論がある訳でもなく、セシルとどう接したらいいのか決められなかった。
「……別に変える必要はねぇよ。そいつが変わったわけじゃねぇんだろ? そいつがそいつ本人である以上、お前は関わり方を変える必要は無いだろ」
それは、言外にお前は元の真人とは違うと責めているのだろうか。……いや、違うな。どうにもネガティブな発想しか湧いてこない。
彼女は俺の表情を見ると、呆れたようにため息を吐いてわしわしと頭を掻き回してきた。
「……なにすんだよ」
「おめーは複雑に考えすぎんだよ。世の中、単純なことの方が正しかった、なんてこと腐るほどあるんだぞ」
「多いからと言って、今回がそれに当てはまるかは別だろ。あと、そろそろやめろ」
手を振り払い、ジトっとした目で睨みつけると、真緒は楽しそうに笑った。
「悪い悪い」
「そういうの、あんまするもんじゃないぞ。人によっちゃ嫌がられるし」
同じことを男がしたら、ドン引きか気持ち悪がられる案件なんだよなぁ。そんなことを思いつつ軽口を叩くと、彼女は瞳孔を開いてじっとこちらを見つめてきていた。
「……? どうした」
なんかまずいことでも言ってしまったのかと聞くと、なんでもないとばかりに横に首を振った。
「……いや。ま、そうだよなーって思っただけだ」
「そうか」
引っかかるような態度だったが、真緒の表情を見てそれ以上言及することをやめた。
「真緒、お前に頼みがある」
「おう。言ってみろ」
さっきまでの雰囲気とはうって変わって値踏みするように、視線を細めてこちらを見てくる。その視線を真正面から受けとめて、ゆっくりと口を開いた。
「旅に……いや、復讐に、協力して欲しい」
言い切ると、彼女はスっと責めるような目つきに変わった。
「……誰に対する復讐なんだよ」
「現魔王、アーロゲンド・カレッジ」
「なんでまた、今更」
何故。そう問われて、どう答えるか逡巡する。
復讐をすると決めた理由は、前魔王を殺したのが現魔王だから。だが、その情報の出自を聞かれると、亡霊のことまで話さないといけなくなる。
「そりゃもちろん、不当な解雇に対する講義に決まってんだろ!」
「は?」
だから、――誤魔化すことにした。
「いやな、理不尽な理由で解雇しやがったんだよ……! 退職金出さずに! 退職金を出さずに!!」
「なんで二回も言ったんだよ……」
「大事なことなので」
しらっとした視線を真顔で受け止めそう言うと、はあ……と呆れたようにため息を吐いた。
「そんなことのために復讐すんのか」
「もちろん。というか、その他にも無実の罪着せられたし……」
「ん? なんかやらかしたのか?」
「やらかしてねぇよ。無実って言ったろ」
そう。それが原因で俺は魔王軍からの追われるミとなったのだ。
「爆破の犯人だとよ。勝手に決めつけやがって」
「魔王城爆破したのか。やるな」
「なんで魔王城になるんだよ」
「防衛塔に決まってんだろ」と言うと、彼女は何言ってんだこいつとでも言うような表情で、こちらを見てきた。
「いやいや。普通、爆破の犯人扱いって言われたら、魔王城爆破したと思うだろうが。なんだよ、防衛塔って。あそこ、結界張る以外に使い道ねぇし魔族もほとんど居ねぇじゃねぇか」
「だから俺はそんなことしてないって……」
何故か責めるような口調で言ってくるが、そもそもとしてそんなことしてないので責められても困る。
「そこは置いといて、だ。真緒、俺と一緒に来てくれないか?」
緩みそうになった雰囲気を、俺は打ち切り彼女に手を差し伸べた。真緒はじっと差し向けられた手を見つめると、少しの間瞑目して真剣な目でこちらを見つめてきた。
「その返事の前に、もう一度聞かせてくれ。――お前は、誰だ?」
今日この日この時間。それまでの一ヶ月という時間の間で、何度も何度も頭の中で繰り返されてきた問いかけだった。
けれど、一度としてこの問いかけに対する模範解答が出ることは無かった。いつだって曖昧で、不確かで、実体のない、自分自身のようなモヤモヤとした考えのみが浮かんでは消えていっていた。
彼女の全てを見通すかのような、綺麗な瞳に俺の煮え切らない顔が映し出される。十秒、三十秒、一分と、無言の時間が続いても身じろぎ一つせず、ひたすらに俺の真意を問いただしていた。
……俺は、この問いかけに対する模範解答なんざ持っていない。けれども、愚直なまでに真っ直ぐに今の俺という存在を、証明することは出来る。
「……俺が誰かなんて、俺だってわからねぇ」
真緒に目を背けてきた問題を問われ、亡霊によって逃げも誤魔化しも否定された。
亡霊に否定され、問いかけられて初めて出した答え以上の答えを、俺は残念ながら持っていない。
「だが、誰でもないことは今はわかる。誰かの代わりでもない。……いや、違うな。最初っから、代わりなんて無理だったんだ」
記憶があっても実感がない。曖昧な感情で、不透明な立ち位置で、なぜ誰かの代わりに成れると思えるのか。
「今、ここに立ってんのは俺だ。佐藤 真人だ。だから、お前の問いにはこう答える。俺は俺だ、と」
拳を、真緒の方へと向けてニヒルに笑う。
「目標は復讐だ。そんでもって、ついでにお前らを越してやるよ」
お前らの中にはもちろん、こいつらの中にある真人という存在も入っている。
「……無理だろ」
俺の言葉を最後まで聞いた彼女は、そう言った。
「自慢じゃないが、あたしらは遥か高みにいる。偽物じゃあ、本物には届かねぇよ」
「届いてみせるさ」
真緒の無理だという言葉を、俺は真っ向から否定した。
「作り物の足でも、仮初の記憶でも、ツギハギして作った不格好な翼でも、お前らの所まで行って、越してやるよ」
「……それが、答えか?」
「答えなんて大層なもんじゃない。ただの意思表示だ」
「だから、」とそう続けた。
「ちゃんとした答えが見つかるまで、俺と一緒についてきてくれないか」
真っ直ぐ、彼女の姿形を視界に映す。
真緒はじっとこちらを見つめてきたかと思うと、たっぷり十秒もの間瞑目した。そして、ゆっくりと目を開けるとニッと、白い歯をチラリと見せて快活に笑った。
「……いいぜ。その頼み、受けてやるよ」
☆ ☆ ☆
「貴方達には本当にお世話になりましたわ」
恭しく、屋敷の前で使用人の人達の前に立ってこちらに礼をしてきたのは、年に似合わず大人びた顔つきをしているカトリーヌ嬢だった。
「いやー、あはは。照れちゃいますねー?」
チラと横目で同意を求めてきた彼女に対し、そうだなと軽く頷きを返した。
「本当に、行かれてしまうのですね」
「復旧工事は終わりましたので、これ以上の傷は部外者が立ち入れるものでもないですから」
そう言うナツミさんの傍らに立ち、無言でうんうんと頷く。
「わたしは金貰えるなら残ってもいいけどな」
「おい」
この前の言葉はどうした、この前の言葉は。
頷きかけた首をピタッと止めて、責めるような視線を送り付ける。しかし彼女はそれには一切動じず、ハッと鼻で笑った。
「ふふっ」
楽しそうな笑い声が聞こえ、そちらを見る。カトリーヌ嬢は口元を押さえながら微笑んでいた。
「仲がよろしいんですね」
「わたしらって仲良いのか?」
「さあ……?」
「おい」
二人して首を捻っていると、冷たい声と共に耳を引っ張られた。
「なにすんだよ」
「お前ら、一応あの人貴族の令嬢だぞ。もう少し態度とかをだな」
「つーっても、なっちゃん貴族とかでも遠慮なくないか? それなのにどうして今日敬語使ってんだ?」
ヒソヒソと、声が届かないように三人で集まりそう話す。
「一応使用人の前に立ってんだから、体裁とか必要だろうが」
ほー、あのナツミさんか気を使うとは……。
意外そうにしているのを表情から読み取ったのか、ジトっとした目を向けられた。
「……多少は気も使うだろ。色々あったしよ」
色々、の中には本当に様々なことが隠されているのだろう。自信に仕えてくれていた人物が裏切り者だったり、今回の騒動の責任者の一人として非難されたりと、一人の少女には重すぎる経験を今もなお積み続けている。
「どうかされましたか?」
「いえ、何も」
こちらを気遣うような問いかけに、ナツミさんはにっこりと笑ってそう返した。
それを微笑をたたえてる受け止めると、俺、レイ、セシル、ナツミさん、真緒、ルノーの顔をそれぞれじっくり見ると、手を組み、神に祈るような仕草をしつつ口を開いた。
「貴方達の旅が、安全で、より良いものとなることを私は祈っています」
手を組んでいたのをやめると、ぺこりともう一度彼女は頭を下げた。すると、ナツミさんはそれを真似するように頭を下げると、踵を返してこの場を去っていく。
それに俺たちは続いて、一度頭を下げると屋敷の敷地内から出ていった。
「さようなら」も、「また」とも言わなかった。けれど、きっと彼女たちの心の中では、奇妙に続いた関係に一つの区切りをつけることが出来たのだろう。
「よし、次の街に行くか」
そう問いかけると、彼女たちは一様に頷きを返してくれた。
――門の前まで来たその時、最後に一度だけ振り返った。
新しく塗り替えられた壁や床、それに少しずつ戻ってきている人混みを一通り眺めると、満足気に一つ頷いて踵を返した。
きっともう、この街は大丈夫だろう。
そんな漠然としたことを考えながら、俺たちはギアルガンドの街から出ていくのだった。
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