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接敵


☆ □ ☆ □ ☆


「ロー、一生の不覚……がくし」

「ロー! しっかり!」


何だこの茶番は。

レイは二人の少女のやり取りを眺めながら、そっとため息を吐いた。ついさっきまで命の取り合いをしてたとは思えないほど、気の抜ける会話。


「うへへ……可愛い……」

「セシル、顔。あと、油断はしないでよ」

「うっ……わかってるよ……」


だらしない顔をしているセシルを窘める。

こんな無害そうな少女たちだが、実際数名の騎士とこの街の住民を殺しているのだ。気を抜くことは出来ない。


「それで、ローたちはどうなるのですか。ローとしましては、丁重なもてなしを要求したいのですが」

「さすがにそれは無理だよ、ロー」

「あはは。そうだね、私から言えることってあんまりないんだけど、それはさすがに無理かなー」


レイは笑って適当に流す。刺激しないように、監視を続けなければ。


「どうする? どちらかが屋敷に行って、騎士の人たちを連れてくる?」

「うーん、信じてくれるかなぁ……」


連れていくのがベストなのだが、下手に動かすとスキルが解けてしまいそうで怖い。

どうするか決めることができず、長い間二人して考え込んでいた。そんな時、凛とした声が耳に入る。


「レイさん、セシルさん、大丈夫ですか!?」


息を切らしてここまで来てくれたのは、カトリーヌ嬢。そして、その後ろにダミアンが続く。


「屋敷に避難しておいてって言いましたのに!」

「あはは、ごめんね。でもほら、無事だし」

「そういう問題じゃありませんわ! 貴女方はもう少し自分の身の心配もするべきではなくて!?」

「ほんとにごめんねー」

「ううぅ……怒られた。……すみません」

「……で、ですが、貴女方の功績は凄いですわ! 捕縛に成功したんですもの!!」


しゅんと項垂れ謝るセシルを見て、語彙力が低下しながらもなんとかフォローに入るカトリーヌ嬢。

セシルはそれを聞くと、ふふんと得意げに胸を張り、ビシッとサムズアップした。


「まあ、ボクたちにかかればこんなもんだよ!」

「なんでそんなに簡単に調子に乗れるのか……」


そんなセシルの姿を見て、頬をひくつかせながらではあったが、パチパチと手を叩いて褒め称える。そして一通り褒め終えると、レイを見据えて纏う空気をガラッと変える。


「レイさん、この少女二人の身柄は私どもで管理してもよろしいでしょうか?」

「うん。私らだと、どうすればいいか分かんないからね」


カトリーヌ嬢からの問いかけに、レイは頷き肯定する。


「それではダミアン、彼女たちを連れていってください」

「分かりました」


カトリーヌ嬢が指示を出すと、ダミアンはテキパキとそれに従って動き出す。そこで、レイは先ほど懸念していたことを唐突に思い出した。


「下手に動かすと、スキルが解除されて――」


だが、それを最後まで言うことは出来なかった。言葉の途中で、しゃがれた低い声が空から降ってきたからだ。


「ヒーローごっこは趣味じゃねぇが、ここで見逃すほど腐っちゃいねぇよな」


突然の乱入者へと、この場にいる全員が注目する。彼は、それぞれに値踏みするような視線を向けると、一つ頷いた。


「ガキ、貧乳、平均よりちょい上か……巨乳はいねぇのかよ」


男は吐き捨てるようにそう言うと、そのまま続けてこう名乗った。


「お初にお目にかかります。俺の名前は五号。気軽に五号様とでも呼びやがれ」


☆ ☆ ☆


『お前は、誰なんだ』


さっきから、同じ言葉と同じ声が、頭の中で繰り返される。


「……そんなもん、俺の方が知りたい」


俺は、八代やセシルが呼んでいる真人ではない。真人を模した、何か。

そうやって自身の分析をすると、知らず知らずのうちに重たい息が吐き出していた。人気のない街道を、ただただ前へ足を送り出し進み続ける。

どこかを目指しているわけでもなく、ただ無意味に、無意識に。

いつから、真人の代わりにここにいるのか分からない。前魔王の記憶は確かにあって、前魔王が死ぬ前までの八代やナツミさんとの思い出もある。


「……」


ただ、思い出そうとすると白い靄に覆われて鮮明に思い出すことが出来ない。だから、もしかしたらこの記憶は植え付けられたものなのではないかと、なんとなく思っていた。


「……教会」


神なんぞ信じたことは無いが、その時俺はなにかに導かれるように教会の中へと足を踏み入れていた。


「誰もいないな」


教会の中は静まり返っていて、誰かがいる気配はない。人の気配のない教会は、どこか夜の学校に似た不気味さがある。

禍々しい姿形をした魔物と、無駄に豪華な鎧を纏った翼の生えた人型の何かが戦う絵をバックに、優しげな表情で目を閉じている男の像が一番奥にあった。しかし、それよりも異質感溢れる物に目がいってしまう。


「なんでここに車椅子が」


辺りを見回してみるが、人の気配は一切しない。ならば、この像へと続く椅子と椅子の間にできた道の真ん中にある車椅子はなんなのだろうか。これの持ち主は既に死んでいると考えるのが妥当だろうが、それにしては血や争った形跡が全くないのは不自然だ。


「ここには、何かがいるのか……?」


そうだ。よく考えれば、この状況は不自然である。

教会は、街が襲われた際には避難場所となるケースが多い。それは、食料の備蓄が十分にあり、街や都市の中では広い部類の建物となることが多いからである。そうでなくても、熱心な信徒がいるのならば、こんな状況だからこそ祈り続けている人がいてもおかしくない。

誰もいない、ということはここには何かがあるということ。危険だから近づかないのか、この街の住民全員がこの場所から意識を逸らされているのかは分からないが。


「とりあえずは、レイとセシルとナツミさんと合流しよう」


考えごとはその後だ。ナツミさんに聞けば、何かが分かるかもしれないし。

そう決断した時だった。一つの足音が、教会内に響き渡ったのは。


「……!」


ばっと振り返り、最大限警戒する。

足音は一定間隔で聞こえてきて、相手がこちらに気づいているのか伺えない。そして数秒後、その足音の主が視認出来る位置までやってきた。


「なんで……どうして……!」


彼女がここにいるはずがない。


息苦しくなって、短い呼吸を繰り返す。


生きているはずがない。


額から汗が滲み出て、それを拭うのすら頭から抜け落ちていた。


だって――だって――!


目を見開いたまま、相手を凝視する。なぜという問いかけが、答えが出ないまま頭を埋め尽くす。


――彼女は、俺が、







殺したはずなのに。




だらりと全身から力が抜けて、膝をつく。視界がぼやけ、ほとんど動いてなかった思考も停止する。

キメ細やかな黒髪が、一歩進む度に僅かに揺れる。宝石のような黒瞳が、俺の無様な姿を映し出す。柔らかそうな唇が、貼り付けたような微笑をたたえていた。


「こんにちは。初めましてですよね」


それが喋ると、今までに感じたことのないほどの嫌悪感が溢れてくる。


「えっと、三十(さとう)は三十号って言います」


――気持ち悪い。

昔の記憶と何も変わらない声で、顔で、それ(三十号)は喋る。


「こんなところで何してるんですか?」


気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


「だ、大丈夫ですか?」


それ(三十号)は、心配そうな顔をして手を伸ばしてきた。

そして俺はその手を、


――振り払った。


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