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四号


☆ □ ☆ □ ☆


ざわざわとざわめく観衆。視線が、自身の一挙手一投足に向けられるのを感じる。

そんな中、その少女に激励の言葉をかけるものが二人いた。


「お嬢様ー! 大丈夫です、可愛いですから!!」

「きっと最後はお嬢様が信じて貰えますよ! だって可愛らしいですから!!」


視線を集めている理由が、ダミアンとマリアにあるとしか思えない。ただ、この場でそんなことを言えるはずもなく、口を真一文字に引き結ぶ。


「きゃー! 可愛いですよ、お嬢様!」

「分かっています! ちょっと黙っててくださいマリモさん!!」

「マリアですけど」


もうほんとやめて……。

今にも逃げ出したいほどの羞恥に見舞われながらも、なんとか台の上に立ち続ける。彼女、カトリーヌ嬢がこのような目にあうこととなった元凶は、今しがた爆笑中であった。


「す、凄いね……君の使用人は……!」


観衆たちにバレないよう、顔を隠しているとはいえ、ここからではバッチリと見えてしまう。……早く始まんないかなぁ、いつまでこの羞恥攻めは続くのかなぁ、もう自分から始めちゃおうかなぁと思っていると、ようやく笑いが収まったらしい四号が司会をし始めた。


「えー、今から行うことは……そう! 議論です!」


突如始まった演説に、観衆は困惑するかのようにどよめく。


「ここで話す内容としては、今の状況に対する領主様の対応、そして今後についてです。これからどうするかを知らなければ、安心して身を預けることが出来ませんからね」

「……そうですね。そこは同意致します」


少なくとも、ある程度の説明の義務はあった。それが、この場でなんの準備もなく、領主を娘というだけのカトリーヌ嬢がすることになっただけ。


「ちょっと待ってください!お嬢様はまだ子供です。そういったご説明は、領主様がなさるべきでは!?」


マリアはそう非難の声をあげる。


「確かにそうだね。でも、今は領主様は多忙で、説明の機会などないのでは無いのでは?」

「そうかもしれませんけれど……」

「もちろん、彼女が知らないことは知らないと答えてもいい。聞きたいのは、領主側の考えと対応だからね。別に謝罪が聞きたいわけじゃない」

「しかし……!」


なおも食い下がろうとするマリアに、カトリーヌ嬢は目配せをして指示を出す。すると、マリアは渋々といった風にこくりと頷き、静かになった。


「君にはこれを拒否する権利がある。この話し合いに参加するか、君が決めるといい」


白々しくも、四号はそう言う。

この台の上に立った時点で、彼女の選択肢は実質一択。こうやって前に出ている以上、黙って引き下がるわけにはいかないのだ。


「もちろん、参加させていただきます」


悠然と、そう宣言するカトリーヌ嬢。

人々の視線が彼女に向けられる中、カトリーヌ嬢は四号を堂々と見据える。


「いやあ、さすが領主様のご息女。では、まずは自己紹介から。私の名はフォース 、臨時でここのまとめ役をさせていただいております」

「私はヴィリニュス・ド・カトリーヌです」


互いの視線がぶつかる。先に口を開いたのはフォースと名乗った四号だった。


「では、まず聞いておきたいのですが、この異常事態に騎士団は何をなさっていたのですか?」


四号からの質問に、カトリーヌ嬢は凛とした表情で受け答える。


「重傷者の運び込み、避難先の誘導や賊の捕縛を軸に動いておりました」

「重傷者246人、死者89人。行方不明者も含めると、もっと増えるでしょう。それに対し、賊の捕縛率はゼロ。この結果について、どう思われますか?」


四号の発言に、観衆はざわめく。不安や領主に対する不信感が伝染する。


「……正確な被害状況は分からないはずです。それは確かな情報ですか?」

「もちろん、確かな筋からの情報ですよ」


にこやかにそう答える四号からは、嘘をついているようには見えない。それにより、観衆はさらに不安感を煽られる。


「まず、捕縛率がゼロであることについては、捕らえたとしても自決する例が多数挙がっています」


およそ半数が自決、もう半数は捕えられず殺したのだが、それはいう必要は無いと判断する。


「私が把握しているだけでも、およそ十数名を取り押さえることに成功しています。ですので、実際は賊の数はかなり減っていると……」

「賊の総数の把握はできているんですか?」


カトリーヌ嬢の言葉を遮って、四号がそう言った。


「もしも賊の数が千を超えていたのなら、そのペースだとこちらが潰れるのが先だよ」

「……ですが、今のところ確認されているのは九十人強。いたとしても、百人と少しだと予想されます」

「ですが、それは確認できる範囲で、ですよね。もしも隠れている賊や、増援に来られたらなんて考えないんですか」


もしも、の話になると際限がない。ただ、このもしもの話をするだけで、もう十数名の無力化に成功したから、まだ十数名しか無力化に成功してないという認識を観衆に植え付けることが出来る。


「そ――」

「ですが、もしもの話をしてるとキリがありません。次の話に移りましょうか」


四号は即座に話題を変えて、蒸し返すことの出来ないようにする。

まずいですわね……。カトリーヌ嬢は奥歯を噛み締め、考え込む。さっきの話を蒸し返し、突くことは出来るが、そうするとこちら側の心象が悪くなってしまう。

隙を覆い隠し、こちらの攻撃を無効化してあちら側の攻撃を受けさせる。下手に口を出すと、反撃をくらってしまう。


「では、領主様はこれからどのような対応をなされるのか、その事については知っておられますか?」


尋ねてはくるが、この選択肢は実質一つしかない。ここでノーと答えれば、相手は好き放題言ってこちら側をサンドバッグにする。

かと言って、イエスと答えたところで口撃を受ける側に回るのだが、この際ダメージが少ない方を選ぶ他ない。


「はい。私どもとしましては、屋敷への避難の完了後、門を閉じて籠城をするという考えです。どうにか他の街や都市に連絡がつけば、どうとでもなりますから」


言いながらも、この案の穴を自覚する。

連絡が本当につくのか、耐えきることは出来るのか、そもそも助けに来てくれるのか。様々な不安要素はあるものの、ここで一番の懸念事項は――。


「……屋敷にこの街全ての人は入りきるのですか?」


やっぱりそこを突きますのね。


「ええ。私の見立てですと、入りきりますわ」


にこやかにそう答える。

だが、実際は怪我人の手当で屋敷の部屋の半分以上が使われており、全員が入るには廊下や庭も使わなくてはならない。

だから、嘘をつくことにした。自分個人の見解だという保険もかけて。


「しかし、屋敷に避難した者は殺される、という噂があるのですが、それは事実ですか?」


四号がそう言った直後、今までで一番注目されたような感覚に陥る。きっと、彼ら彼女らが注目するポイントはここなのだ。ならば、引き下がるべきではない。


「全くのデタラメです。そのような事実はございません」

「ですが、それを裏付ける証拠も根拠もないんですよね」

「ですが、それを言い出したらキリが――」


しかし、カトリーヌ嬢の言葉が最後まで言い終えることは出来なかった。四号は天を仰ぐように手を広げ、大袈裟までに大きく動きながら話し出す。


「我々は指示通りに動くような人間ではありません。どちらが危険なのかを判断し、動くのです」


その声を皮切りに、四号の意見に賛同する声が場に流れる。


「俺も、前々から領主様怪しいと思ってたんだ。なんでも、怪しい連中と取り引きしてる姿を見たってやつがいるらしいぜ」

「あら、それ私も聞いたわ。相手は魔王軍の手先らしいわよ」


それを聞いた人々は、一気に疑心の目をカトリーヌ嬢に向けた。そして、彼ら彼女らは口々に彼女を非難する。


「おい! どういうことだよ、噂は本当だったのか!!」

「私たちを売る気だったのね!」

「人殺しっ!」

「……皆さま、落ち着いてください。そのような事実は一切ありませんわ」


努めて冷静に、弁明をする。しかし彼女の言葉も、観衆たちがカトリーヌ嬢に対して不信感を持ってたがため、火に油を注ぐような結果となる。


「うるせぇ! ガキは黙ってろ!!」

「領主を出しなさいよ! 子供じゃなんにも分からないわ!!」


人々の反応を見て、四号はほくそ笑む。ここにいる大半はカトリーヌ嬢、もとい領主に不信感を抱いている。となれば、最後にもう一押し。


「ですので、領主様方はわれわれに干渉しないでいただきたい。我々は、自分自身の意思でここで自身の身を守ると決意しましたので!」

「そうだ! お前らの力なんて借りるか!」

「私の身は自分で守るわ!!」


四号はここにいる者の総意としてまとめた。

空気はある種の一体感を生み、カトリーヌ嬢という異物を排除しようという空気へと移り変わる。不信感から、敵意へと変わる。


「そ、そうよ! フォースさんの言う通りだわ!」

「領主はなんにもしてくれねぇ、うちの息子なんてあの賊に殺されちまったんだぞ!」

「どう責任とってくれるんだー!」


敵意という名の悪意が、少女の小さな体へとぶつけられる。


領主は敵だ、フォースは味方だ、排除しろ、排除しろ、ハイジョシロ――!


『ここが安全だってのは、なんの確証もないし、なんなら、話し合いで今はここを襲わないよう頼んだだけだから、別に安全って訳でもない』


敵意と悪意の感情が爆発しかけたその時、四号の声に似た音声がその場に響いた。


『あと、屋敷へ言ったら殺されるってのも、私が広めた嘘』

『そんな……! それでは、まるで貴女はこの街を滅ぼそうとしているかのようではないですか!』

『ふふっ、そうだよ』


その音声が流れている間、さっきまでの騒々しさが嘘のように場が静まりかえる。


『私は、この街の人間全員を皆殺しにしに来た一員だからね』


音声が止まると、数秒の間がその場に生まれた。誰一人動かず、声も発さない。ただ、その沈黙は四号の感心するかのような短い息により破られた。


「へぇ……録音してたの、あの会話を」

「ええ。それを、マリアとダミアンに良いタイミングで流すよう指示を出しました」


カトリーヌ嬢が横目で見る先には、鉄で出来た大きな口を持つ筒のような物に小さな録音機を繋いでいる二人の使用人の姿があった。


「……これを聞いて、まだ何か言いたいことがありますか?」

「……」


余裕があるように装いつつ、そう問いかける。

彼女の手札はもう切った、これ以上四号がなにかしら難癖をつけてくるのであれば、完璧に対応できる自信はない。


「……いや、やめておこう。認めるよ、これが私の声であり、今の音声の内容は事実だって」


いやにあっさりと認める四号に、カトリーヌ嬢はじっと四号を睨みつける。


「否定したり、はぐらかしたりなんてしないさ。必要ならそうしたけど、今回はそうじゃない」


その言葉に、カトリーヌ嬢は警戒を強める。だが、彼女の思いとは裏腹に四号は観衆へと向き直ると、深々と頭を下げた。


「みんな、ごめんね。さっき流れてた音声、全部本当のこと。そして、さっきまで言ってたことはだいたい嘘」


空気が、凍った。


「いやー、それにしてもやるね。わざとこのタイミングで流すようにしたでしょ」


信頼度が高いほど、裏切られた時の失望や怒りは大きくなる。それを知っての行動だったが、四号はそれすらも読んでいた。


「……あっさりと認めるんですのね」

「まあ、別にどうしても生き残りたいとかたくさん殺したいとかじゃないし、いいかなって」


ケロリとなんでもない事のように言う四号。そうしていると、今までフリーズしていた観衆は我に返った。


「そ、それが本当だってことは、俺たちを騙したのか!」

「うん、そうだよ。上手く騙されてくれるもんだね」


悪びれることなくそう言うと、さっきまでカトリーヌ嬢へ向けられていた敵意は、何倍にも膨れ上がって四号へと向けられた。


「ふざけるな!」

「嘘つき! 人殺し!!」

「この詐欺師が!」


ありとあらゆる罵詈雑言が、四号へと降りかかる。過激なものでいえば、物を投げつける人もいた。

しかしそんな中、四号は笑った。それも盛大に。


「あっははは! 見事な手のひら返し! 根拠もなく、ただ空気を読んで、多数派に属そうとするからそうなるんだよ!」


四号は心底おかしそうに笑った。自分を信じた彼ら彼女らを嗤った。


「こんなおかしな状況の中で、たった一つの噂に踊らされ、耳あたりの良い言葉を並べるだけの存在を信じる君らが馬鹿なんだよ!」


そう言うと、大きく腕を振り下ろした。


「こんな状況だ。ネガディブな噂なら簡単に広められる」


四号の意見を真っ先に賛同していた男が、喉をナイフで掻っ切る。


「多数派が正義だと誤認する。集団は、そういうところが脆い」


そして、カトリーヌ嬢を大声で罵った女は自身の胸にナイフを突き刺した。


「というか、その場に賛成派が多かっただけで、全体では少数派かもしれないっていう不安はなかったのかな」


続いて、広場で噂を大声で広めていた男が頭にナイフを突き刺した。


「要は、異常事態な時こそ客観的に物事を判断しようってことさ」


総意だなんて、意見をまとめられると多数派に属する人はそれが自分の意思だっておもいやすいからね。

言い終えると、振っていた腕を止めた。


「……ああそうそう。一つ聞いてもいいかな?」

「……なんですか」

「いつから私の計画を知ってたのかな?」

「最初からです。ある人に聞いて」


頬が強ばるのを自覚しながらも、警戒を解くことなくそう答える。


「では、私からも質問よろしいですか?」

「どうぞ」

「貴女の目的はなんでしたの」

「人がそこそこ集まったら、さっき死んだ彼らに虐殺をしてもらおうと思ってたんだけど、無理だったね」


楽しそうに笑ってみせるが、彼女の目は一切笑みは浮かんでいない。


「ちなみに言っとくけど、私あんまり好きじゃないんだよ。他者を貶めて自分の信頼度を高めるやり方」


そう言い訳するように呟くと、カトリーヌ嬢の方へと顔を向け、にっと笑ってみせると。


「おめでとう、ヴィリニュス・ド・カトリーヌ。貴女の勝ちだ」


そう言って、爆音と白い閃光とともに四号の体は弾け飛んだ。その光景を目のあたりにして、カトリーヌ嬢は呆然と立ち尽くしていた。

そう、その光景を見たカトリーヌ嬢には、観衆の悲鳴や絶叫、ダミアンとマリアの呼びかる声が、別世界のもののように感じていたのだ。


――ただ、カトリーヌ嬢の脳裏には、四号の最期の笑みと爆発の光景が何度も何度も繰り返されていた。


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