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鬼ごっこ


☆ □ ☆ □ ☆


視界が霞む。喉は乾き、足は限界を迎えていた。しかしそれでも、セシルは走り続けていた。

足を止めないのは正義感からなのか、責任感の強さゆえなのか。――いいや違う。彼女を突き動かしているのは、生存本能だ。


「無理じゃん! えっ、ほんとに無理じゃん! ボクは君たちと違って一般じ……ゲホッガホッ! あー、水飲みたい……」


半泣きになりながらも、決して足は止めない。止めたら死ぬ。それが、彼女は分かっているのだ。だって――。


「足が早いね! おねーちゃん!」

「楽しいよ! お姉ちゃん!」


血塗れの鉈と棍棒を持った姉妹が追いかけてきているのだから。

こうなった原因は、数分前に遡る。



「へ? ぼ、ボクがあの二人の注意を引きつけるの!?」

「うん。こんな危険なことを頼んで、申し訳ないと思ってる」

「いやいや! 危険なのは全然良いんだけどさ、逃げ切れる自信はないよ?」


セシルが囮になって逃げ回っている隙に、レイがこの場所へ準備する。それが、彼女の作戦。

あの少女たちを取り押さえに来た騎士たちはほぼ全滅。こちらを標的に定めるのも時間の問題だろう。


「大丈夫だよ、サトウさんも『あいつはいい脚を持ってる』って褒めてたから!」

「えっ、キモ……」


いや、多分レイの言い回しがあれなだけで、彼は足が早いことを褒めているんだろうけど、うん……。


「あはは……。お願いしてもいいかな?」


彼女にしては珍しく、申し訳なさそうに聞いてくる。きっと、これがいかに危険なのかを理解しているからなのだろう。

セシルはそっと瞑目する。そして、在りし日の姉の姿を思い浮かべた。


「……うん、いいよ。ボクに任せて!」


ぱっと目を開けると、胸を叩いてそう宣言した。



――そして時は今現在。


「やっぱ無理だってー! お姉ちゃーん!!」


何度も転びそうになった、何度も諦めそうになった。けれど、彼女は今もなお走り続けていた。


「絶対に良い思いしてやるー! レイに甘やかしてもらうー! ナツミさんに膝枕してもらうー! あいつにはどっか連れてってもらうんだー!!」


そう叫んで自分を鼓舞しないと、諦めてしまいそうだった。

そうして走り続けていると、ようやくこの地獄の鬼ごっこが始まった場所へ戻ってきた。


「限界……けほっ……れ、レイー!」


大声でレイを呼んでみるが、なんの反応も返ってこない。


「どうして……」


もしかして逃げたんじゃ……。

そんな考えが頭に浮かんでくる。しかし、すぐに頭を振ってその考えを打ち消した。


「あー……ボクってば、場所間違えちゃった……」


走る気力が湧いてこず、ふらふらと歩き回る。後ろから、こちらに向かってくる足音が聞こえてくるがもうどうでもいい。


「あ、は……はは」


何もかも諦めて、目をつぶった。

――誰かに、腕を引っ張られた。


「ぶわちょっ!?」


横へ倒れ込み、勢い余って顔を地面に激突してしまった。


「へ!? なに!」

「いてて……。大丈夫!? セシル!」


目を白黒させるセシル。そんなセシルの顔を、心配そうに覗き込んだのは……レイだった。


「呼んでも返事なかったし、見えてなかったっぽいし、大丈夫!?」

「へ? ……ちゃんと、いた……?」

「……? 作戦通り、ずっとここで準備してたけど……」


ということは、ボクの早とちり……?

セシルはそう気づくと、じわっと涙が溢れてきた。


「ぶぇっ、ごべんねぇ、」

「危ない!」

「ぶべっ!?」


またしてもレイに引っ張られて、顔から地面へ倒れ込む。


「立って! 一旦距離を取ろう!」

「ゔん、ばがっだ……!」


顔をぐちゃぐちゃにしながら、レイについて行くセシル。


「……というか、なんで泣いてるのさ。そんなに怖かった……?」


心配するように声をかけてくれるレイに、セシルはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「ばんべぼない、だいじょぶ」

「そ、そう……」


その泣き顔に、レイは一瞬何かの扉を開きかけたが、今はそんなことをしている場合ではないと自律する。


「おねーちゃん、泣いてる。いじめた?」

「ロー、あの子可哀想」


逃げ回る二人の後ろをついて回る六号と九号。


「大丈夫なの! これ!?」

「ふっ、私を舐めてもらっちゃ困るね。セシルを危険な目に合わせた分、しっかり仕込んでおいた」


ブイっとピースをしつつ、そう言ってのける。

彼女の脳裏には、ここに来る道中の会話が想起させられていた。



「はーっ、あんたのスキル、めんどくさいね」

「やっぱりそうですか……」


頭を掻きながら、ナツミさんはそう言った。


「肉弾戦向きじゃないのは明確だし、条件が厳しすぎる」

「となると、やっぱりスキルよりも身体能力向上に力を向けた方がいいですかね?」


自分のスキルは、直接戦うのに向いていない。ましてや、トドメを刺すなんて出来るはずもない――そう思っていた。


「いんや、使いこなせればいくらでも光る。ただ、少しばかり頭を使うがな」

「というと?」

「格ゲーは強技を叩き込むのももちろん大事だが、コンボを決めるのはもっと大事だ」

「はい?」

「つまり、そういう事だ」

「はあ……?」


レイのスキルは、罠を設置することである。

もちろんそれはただの罠ではない。お手軽簡単に設置することが出来る罠だ。しかし、欠点は存在する。


「つまりだ、レイのスキルの厄介なところは罠の発動条件。対象が設定した行動を取らなければならないというところだ」

「それはまあ、知っています」


しかも、その設定が複雑であればあるほど威力が増すときたもんだ。


「だから、まず最初に軽い罠で相手の動きの選択肢を狭める。そして、その選択肢の行動の中に次の罠への条件を含ませる。簡単だろ?」



簡単に言ってくれる。

レイはセシルを引っ張りながら、苦い顔を浮かべる。前提として、罠の後の行動を予測しなければならない。しかも、そこからの行動ごと予想通りにならないと最初からときたもんだ。

だから、レイは、凡人であるレイは、この場所の至る所に罠を設置することにした。


「これ、水!」

「ああ、ありがとう……!」


渡した水を飲みきると、セシルの顔に生気が宿る。


「ぷはぁ、生き返るー! それで、これからどうするの?」

「やる気だね」

「ここまで来たらやるしかないでしょ!」


純粋なその表情を見て、レイは自分の心が暖かくなるのを感じる。自分にはこんなにもいい友がいる。それだけで、少しだけやる気と元気が湧いてくるような気がした。


「それに、これで成果あげてあいつをこき使ってやろう!」

「こき使う……いいね、楽しそう」


ふっと一度笑い、作戦を話す。

作戦と言っても、そうたいしたものではない。相手が条件を満たすように、逃げて、戦って、誘導するだけだ。

罠というだけで、綺麗な勝ち方だとも言えないかもしれない。しかしレイとセシルにはその戦い方しかないのだ。だから、持っている手札を使って、最大限の勝利を掴む。

互いに何度もピンチな状況はあっても、一人で勝ったことはおろか、レイとセシルのペアで勝ったこともない。


「それじゃあ……行こうか」

「ドーンっと任せてよ!」


レイとセシルの二人は、くるりと振り返ると六号と九号に相対する。すると、六号と九号の二人もピタッと止まった。


「あれ? もしかしてもう降参?」

「てことはー、ローたちの勝利ー!!」

「いや、捕まえようとしたら逃げようとするかも」

「えー、じゃあ、しっかり捕まえなきゃね!」


その二人は血塗れのそれぞれの武器を構えながら、無邪気に、明るく、笑うのだった。


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